第十六話 教育
村の治安が良くなると、姉のセーラがやってきた。
セーラは幼い三人の子供を連れていた。
恰好はボロボロで痩せこけており、昔の美しさはない。
苦労したな姉さん。
セーラは涙ながらに頼んだ。
「お願い、少しでいいの。お金を恵んで」
ユウトは人払いをすると、花器を持ってくる。
「これあげるよ。父さんのコレクション」
セーラは悲しい顔をする。
「花器ではなくお金をちょうだい」
これの価値をわかってないな。
ユウトはそっと花器の価格を伝える。
セーラは価格を知り、大きく目を見開いた。
「そんなにするの? ただの花器でしょ」
「半値で売っても姉さん一人なら三十年は暮らせるよ」
信じられないという顔をするセーラに釘を刺しておく。
「売る時に絶対足元を見られんじゃないよ。強気でいくんだよ」
姉さんは涙ぐんだ
「ありがとう、ユウト」
「ところで、義理兄のヨアヒムさんは元気?」
「夫は戦争にいったきり帰って来ないわ」
没落後、再起しようとして兵役に行った。それで、戦死か。
貴族も大変だな。
「姉さんさえ良ければこの村に住んでもいいんだよ」
セーラは悲し気に微笑む。
「私はダメ。街の暮らしに慣れ過ぎたわ。それに子供には良い教育を受けさせたいわ」
「村にも家庭教師はいるよ」
セーラは表情を曇らせた。
「ダメよ。田舎に引っ込んだお年寄りなんて。競争は激しいのよ」
「少しでもよい教育を、か」
子を持つ親ならわからん心境ではない。
マオ帝国で旧住民が上に行くためには、なによりも学が必要だ。
セーラは街の教育事情を語り続ける。教育熱は高い。
中流家庭は良い学校に子供を入れたがっていた。
たしかに、ここは所詮お年寄りと出稼ぎの介護要員の村。子供は五人しかいない。
教育の質を問われても仕方ないか。だが、俺も現状を知っておく必要があるな。
アイザックのところに行ってみるか。アイザックは低額で子供に学問を教えていた。
授業が終わったころを見計らって、アイザックの塾を訪れた。
ちょうど、子供たちが元気に挨拶して帰るところだった。
「先生、さようなら」
アイザックは子供たちをニコニコと見送る。
アイザックはユウトを見つけると挨拶してきた。
「庄屋様。なにかご用ですかな」
「ここの子供たちの学力って街の子と比べてどうですか?」
アイザックは胸を張った。
「ひけはとりませんよ。何せ私が教えてますから」
この人も自信家だな。凄い学者だから教えるのも上手いのかもな。
待てよ、歳で役に立たなくなった学者さんを集めれば儲けられるかも…。
質の良い教育が安く受けられるとなれば、若い世代も集まってくる。
「村に学校を作って、学者や官僚の養成をするってどうでしょう?」
アイザックの表情が曇った。
「止めたほうがいいでしょう」
「どうしてです? どこがいけないんですか? 官僚や学者に出自は関係ない」
アイザックは沈んだ顔で首を横に振る。
「官僚は頭がいいだけではダメなんですよ」
「なぜです?」
「頭の良さと同じくらい、出身学校がどこかということが重要になってくる」
いいたいことがわかった。
「出身学校による学閥があるんですか?」
アイザックは無念だがと、認めた。
「学者は官僚より少しはマシです。でも、学者にも学閥があります」
「姉さんが都会にこだわった理由は学閥か」
いい案だと思ったがダメだった。
いくら賢くなれても出世できないなら学校は流行らない。
秋の終わりは税金の季節。エリナが税を受け取りにきたので納める。
「庄屋に相談があります」
「税の値上げならご勘弁を」
エリナはムッとした。
「人を悪代官のように言わないでよ」
俺にとっては半分、悪代官なんだけどね。
ユウトの心の声など知るよしもないエリナは語る。
「村に特色を出したいわ」
「鉱泉水と大浴場がありますが」
「違うのよ。所持しているだけで誇れるものをと、領主様の命令よ」
なんだよ。偉い人のプライドを満たす事業か。感心しないな。
「福祉で我が村を超える村はありません」
エリナはきっとユウトを睨んだ。
「福祉なんて意味がないわ。金、軍事力、名誉が大事よ」
そんなこと言っちゃって…。俺がいるなら福祉は力であり富の源泉だぞ。
「具体案はあるんですか?」
「軍事施設か大学を作りなさい。領主様が望んでおります」
不安になったので確認しておく。
「予算はおいくらですか?」
エリナが当然だとばかりに言い切った。
「村で用意するのよ。当たり前でしょ」
半分、ではなかったね。俺にとっては完全な悪代官だ。
「次に私が来る時までに案を用意しておくのよ」
いいたいことだけ言ってエリナは帰っていった。
軍事施設も大学も作るだけで、大金がかかる。
当然、運営の経験もない。軌道に乗るまでの間、大赤字になるのが目に見えている。
以前と比べれば村は裕福になった。とはいえ、どこにそんな金があるんだ。
カクメイに相談にいく。
「軍事や謀略は得意じゃが、政治や経済は得意ではない」
素っ気なく断られた。
アイザックに意見を訊いた。
「治水や鉱山開発なら勝手知ったるじゃが、政治や経済は門外漢だ」
こっちも解決にはならなかった
ロシェにも悩みを打ち明けた。
明るい顔で即答された。
「造るなら男のロマンの城じゃろ」
問題外の答えだった。
敵がいつくるかわからないのに、馬鹿高い城は造れない。
家に帰って困っていると、ハルヒが尋ねる。
「なにかお困りごとですが、庄屋様」
「実は――」と悩みを打ち明ける。
ハルヒは明るい顔で教えてくれた。
「それなら、パメラさんに意見を聞きに行きましょう」
最近、引っ越してきた元冒険者だ。
治癒術士なので「なら、病院を」と答えられる可能性が大きかった。
福祉施設はダメって釘を刺されたからな。でも、ダメもとで訊いてみるか。
挨拶がてらにパメラに会いに行くか。
パメラは小柄な老女で髪は真っ白。白い髪は丸めてある。
緑色の野良着を着て植物の世話をしていた。
ユウトが相談すると、パネラはニコニコしながら答える。
「職業訓練校を作りなされ」
「冒険者ギルドと違うんですか?」
「冒険者ギルドは教育をせん。公営で基礎技術が学べるなら、これからの時代は流行るよ。やり方によっては国から補助金も獲得できるよ」
補助金がもらえるのはありがたい。経費を少しでも浮かせたいユウトには魅力的な言葉だった。
帰ってから、職業訓練校の案を策定する。基本はお年寄りの家に住み込みで技術を学ぶ。
だから大きな校舎は必要ない。事務所は空き家を改築する。教授は第一線を退いた人間だが、老婆・ロードの力があるので、質は高い。
受講生も住むところと食事が確保できる。形態は短期間の徒弟のようなもの。
教授役のお年寄りに払う賃金もそう多くは必要ない。
低コスト、短期間で、まずまずの技術が学べる。
いいかもしれん。あとは領主様が「うん」と答えるかだな。