第百五十七話 サジの奮闘 ユウトの決意
悲しむママルにユウトは提案した。
「ソナム家の若い者がなっていない、との話ですが、俺はそうは思いません。とはいっても、ママルさんが納得しないのであれば、他者の評価を入れましょう」
ユウトからの提案をママルは不安気な顔で尋ねる。
「どうなさるのです?」
ここまで落ち込んでいるママルは初めて見た。ママルには世話になりっぱなしなので是非とも元気になってもらいたい。そのためには犠牲も厭わない。
「カトウさん、ライエルさん、チョモ爺とサジさんを戦わせて評価してもらいます」
我ながら鬼のような意見だと思うが、これしかない。
ユウトの提案にママルは驚いた。
「我が孫では勝負にならないでしょう」
「勝てはしないでしょう。ですが、どの程度の強さなのかの客観的な評価は得られます」
ライエルにサジは一度負けている。だが、サジは成長している。同じ相手に二度も無様に負けない。負けるにしても、進歩を見せてくれるはず。
三人の強さをママルは知っている。サジでは頭から勝てないと踏んでいた。
「不安以外の何ものでもないです」
「もう少しサジさんを信じてあげましょう」
ユウトの提案でもあるのでママルは妥協してくれた。
「僧正様がそうおっしゃるのなら」
後はサジ次第だ。元はといえばソナム家の問題なので、家族間で解決してもらう。
さっそくサジに説明に行く。
「ママルさんの怒りを鎮める方法がわかりました」
ユウトの報告にサジの顔は輝いた。
「本当ですか、それは有難い。それで、どんな方法ですか」
「カトウさん、チョモ爺、ライエルさんと戦ってもらいます。それで強さを示すんです」
サジの顔が曇った。サジもまた三人の強さを知っている。
「庄屋様が挙げた三名はいずれも猛者ですよ。ソナム家の人間でまともに戦える人間はいません。当主の父より強いでしょう」
完全にサジが戦わされるとは思っていないようだ。
ユウトは心の中でサジに「御免ね」と謝ってから、明るい口調で告げる。
「強い人ならいるじゃないですか」
誰かわからないのでサジの顔に?が浮かんでいる。
いかにもできる、の態度で陽気に伝える。
「貴方です、サジさん。この三名と戦って強さを示せばママルさんといえどもソナム家の人間が弱いとは思わないでしょう」
さすがにサジも慌てた。
「いや、ちょっと、僧正様、それは無茶です」
狼狽えるサジだが、ここはがんばってもらうしかない。
怪我はするだろうが、死にはしないだろう。
「決まりました。存分に腕を振るってください。怪我の治療費は僧正として私が負担します。思いっきりやってきてください。あとこれは僧正としての命令です」
面食らったサジが黙った。
「じゃあ、そういう事で」とユウトはサジに背を向ける。
サジが背後でどんな顔をしているか、わからない。サジには悪いがママルのためなので、サジには泣いてもらう。奮闘できればママルとて、サジをもっと鍛えればいいと、考えを改めてくれる。
次の仕事に取り掛かる。遣いをサイメイに出した。
館で仕事をしていると夕方にサイメイがやってくる。
サイメイの顔は険悪そのものだった。なんの件で呼んだか理解しているようだ。
包み隠さずユウトは方針を教えた。
「マナディが経済戦を仕掛けてきました。マナディを抑えるためにテルマさんに動いてもらいたいが、どうでしょう」
サイメイの顔は苦り切っていた。
「私はマナディがこの世で一番嫌いです。ですが、テルマも次くらいに嫌いです」
人を試すテルマの性格だ。サイメイも無理難題を申し付けられて苦しんだのだろう。
「テルマさんとの交渉は俺がします。俺はサイメイも守りたいんです」
しっかりとサイメイを守る意思表示をした。だが、サイメイは露骨に疑った。
「本当ですか? そんな綺麗事を抜かして、最終的にはマナディに私を売るのではないですか」
本音を言えばどうしょうもない事態になればサイメイを手放す必要がある。
だが、今の時点ではサイメイを渡したくないのは事実だ。
「そんなことはしませんよ。ダメだったらまた策を考えます」
ユウトはハッキリと意思表示をした。サイメイの顔から疑いの色は消えない。
これまでの信頼があるので渋々だがサイメイは従ってくれた。
「でしたら、テルマに手紙を書いてアメイに持たせます」
サイメイからの手紙ならテルマは読まずに捨てたりはしない。
「テルマさんは動いてくれますか?」
冷静な表情でサイメイは見通しを教えてくれる。
「必ず動いてくれます。ただし、難題を吹っかけてくるでしょう」
タダでは動いてくれないのはわかる。何を言ってくるか不安でもある。だが、庄屋には引き下がれない時がある。それが今だとユウトは確信していた。
マナディとの戦いは規模が違い過ぎて勝てない。だが、テルマなら解決不可能な問題は命じない。苦労はするだろうけどテルマを頼ったほうが勝ち目はある。
ここでマナディを退ければロックがユウトを見る目も変わる。ロックは様々なものに投資するが、利益をもっとも産むのは人だと知っている。