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第百五十六話 ママルの涙

 ママルが涙を流すなんてただ事ではない。いきなりママルに事情を尋ねても教えてくれないと困るので、サジを探した。


 サジは庭の掃除をしていた。サジに呼びかけると振り向いた。


 サジの顔に殴られた痣があり、頬も腫れていた。

「どうしたんですか、その怪我? 誰にやられたのですか」


 力なくサジは笑う。

「これは父やられた痕です」


 サジの父親ならママルの息子だ。

「親子間で何かあったのですか」


「御婆様の九十歳の誕生日を一族で祝うために町に集まりました」


 長寿の祝いなら、おめでたい行事だ。なんでサジは殴られて、ママルが泣くのかわけがわからない。

サジは恥じらいながら語る。


「家族で話をしているうちに俺がどれだけ腕を上げたのか知りたいとの話題になりました。父と立ち会い勝負をしました。戦いにはなったのですが、敵いませんでした」


 ママルの息子なのだからサジの父は強い。修行の年数からいっても妥当な結果だ。武僧同士が本気で勝負すれば怪我もする。だが、なぜママルが泣いたのか謎だ。


「勝負が終わると父は褒めてくれました。ですが、御婆様は違った。父と立ち会って、父をボコボコにしました」


 これもわかる。今のママルが体力も技術も最高潮だ。並の達人でも相手にはならない。

「御婆様は父の不甲斐なさに怒りました。それで、その場にいた一族全員の腕も試すといい立ち合いになりました」


 無理だ。ソナム家の現当主であるサジの父親が勝てないのに、その他の家族が敵うわけがない。

「結果は庄屋様の想像通りです。叔父と叔母は手も足も出ず、孫一同は一発で失神です」


 お婆さんの長寿を祝いにきたのに、修羅場になったのか。

「御婆様は激高しました。自分がいないと、息子娘は言うに及ばず、修行を怠ける。お前たちはソナム家の名誉に泥を塗った。儂はこんな連中しか育てられなかったのか、と」


 ママルが泣いた原因が確定した。あまりにも子供や孫が情けなく感じたせいだ。

「皆さんは弱いのですか?」


 ユウトの言葉にサジは驚いた。

「とんでもない。御婆様には及びませんが、弱いわけはありません。俺からすれば御婆様の強さが異常なんです」


 自分のせいでもあるとユウトは苦く思った。ママルは老いの影響が消えて、成長しだした。元から才能があったので誰よりも強くなっていった。結果として、他の家族の実力との差が開いた。


 ママルは自分が強くなったと思わず、周りが弱くなったと勘違いした。


 サジについては最初から見ているので、情けないとは思いつつ育てていた。サジの成長は目まぐるしいので、ママルの実力との差は縮んでいったので『成長の遅い孫』の評価で済んだ。


「実家での鍛錬は大変でしたか?」

「大変でしたよ。でも、ここに来てからの御婆様のしごきに比べれば生温いでしょう。俺もこの町に来てから何度泣いたことか」


 ママルは鬼のしごきとは思っていない。才能がある人間にしてみれば、これぐらい当然の鍛錬だ。サジが逃げ出さなかったのは、どうにか従いていけたからだ。


 サジの周りにはサジより高齢の武僧が周りに大勢いた。サジにとって従いていけないのは恥と我慢したのだろう。


「でき過ぎる人間だからこそ、できない人間が許せないのか」


「御婆様が元気になった報告は家にしていました。ですが、あれほどとは家族の誰も予想していませんでした。だからこそ、家族も大きな衝撃を受けました」


 サジの家族は目標に追いついたと思った。なのに、少しの間を置いて再会したら見えないほど遠くに行っていた。


 サジの家族の気持ちもわかる。今のママルに勝てというのは酷だ。ママルの実力はバンパイア・ロードすら無傷で倒す域に達している。東の地は龍でもドラゴン・ライダーでも毎年のように襲ってくる。


 そんな場所で戦い続けていたら、ママルの感覚がおかしくなったのだろう。

「俺がママルさんを慰めてきます」


「僧正様、お願いします」


 家の裏に行くとママルがいた。ママルは背を丸めて泣いていた。


 ママルはユウトの姿を見ると、涙をぬぐう。

「申し訳ない僧正様、見苦しいところをお見せしました」


「信徒の悩みに寄り添うのも僧正の務めです。俺を僧正と思ってくれるのなら、苦しい胸の内を告白してください」


 これまでにないほどママルは落ち込んでいた。

「我がソナム家は腐ってしまいました。皆が鍛錬を怠けて弱くなってしまった。代々僧正様を御守りする家が、こんなに堕落するとは悲しい限りです」


 やはり予想通りだ。だが、ママルが強くなり過ぎたことを説明してわかってくれるだろうか。

「弱くなったのではなく、ママルさんが強くなったのだと思います」


「いいえ、そんなことはありません。私はもう高齢です。そんな婆一人にいいようにやられるなんて考えられますか」


 高齢だけど弱くならないのが俺の力なんだけど、秘密なんだよな。

「そうでしょうか?」


 ユウトの問いにママルは噛みついた。

「バルカン殿、マリク殿、キリク殿を見たでしょう。若くてもあれぐらいは、やれるんです。ソナム家の人間にできないなんて恥です」


 比べる人間がどうかしている。バルカンはロシェと戦えるほどに強い。マリクも猛将ダナムに勝っている。キリクはグリフォン・ライダー部隊を指揮している。


 ママルも天才だが、ママルが挙げた三人も天才である。バルカンと同等の人物をそこら辺の若者と一緒にしたら困る。


「あの三名は特別ではないでしょうか」


「カトウ殿、ライエル殿、チョモ殿を見てください。老体に鞭を打っても、あれだけの働きができる。なのに我が一族の若者ときたらまるでなっていない」


 ママルが次に挙げたカトウ、ライエルはレジェンド級と呼べる。チョモ爺にしても準レジェンド級の強さだ。


 狭い範囲で周りに凄い人が集まり過ぎた。ママルの普通の範疇が狂っている。ママルの認知の歪みを正さないと、ソナム家に不幸が降り掛かる。

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