第百五十回 西の村にて籠城
外に出る。館の門は閉じられていた。武僧の一人が物見櫓に登った。西の村には物見櫓以上に高い建物はない。裏の山の中は木々により死角が存在する。だが、町へと続く方角はしっかり見通せる。
敵に奇襲される危険は減った。サジが無事に町に着くなら救援がくる。
夜道では移動速度は落ちる。暗ければ、足元がおぼつかない。また、待ち伏せも予想できる。到着時間には幅がある。
早ければ日が落ちた少し後、遅くても明け方まで持ちこたえればどうにかなる。徹夜になるが、ライエルは言うに及ばず、武僧もユウトも頑張れる。
状況を敵も把握している。無理だと思って撤退すればいい。だが、今がユウトを討つチャンスとみれば必ず攻めてくる。
ライエルがユウトをビシッと見る。
「庄屋様は敵がどう動くと思いますか?」
ライエルからの方針の確認だった。同時にライエルはユウトを試している。
「敵はやり過ごしたかったが、無理とわかった。敵は考え方を変えるでしょう。現状は俺を討つ好機です。今なら逃げられますが、俺は逃げません」
危険は承知である。だが、餌がないと敵は西の村を一旦、捨てる。
いささか非難する口調でライエルは質問してきた。
「庄屋様は自分を囮にして敵を倒すおつもりですか? 無謀ではないですか?」
「邪教徒とは何度も戦ってきました。壊滅させたと思った過去もあります。でも、邪教徒は滅びなかった。まともな戦い方をしていては勝てない相手です」
邪教徒はしぶとい。誰が首謀者なのか依然、掴めていない。また、布教で仲間を増やせる。数が増え始めると、布教の規模も速さも増える。
「庄屋様は邪教徒を根絶やしにするおつもりですか?」
邪教徒には命を狙われている。だが、できることなら殲滅はやりたくはない。穏健なカタリナ教徒に戻ってくれるのが一番良い。
敵は放っておいても増えるが、味方は意図的に増やさないと増えない。発展する東の地を安定させるためには、味方を増やし続けないと危うい。
「邪教徒が武器を捨て、町人や村人に戻るとします。その時、俺は邪教徒をカタリナ教徒と呼びますよ」
人徳派と天哲教団の意志はユウトとまた違うかもしれない。改宗を拒めば今までの行いから処刑したいかもしれない。だが、ユウトが僧正の地位にあるうちはさせない。また、庄屋の地位があるうちは領主様とも交渉する。
ユウトの言葉を聞いて武僧の半分は顔を歪めた。ユウトの考えを甘いと思っている。だが、面と向かって抗議はしてこない。消極的な支持である。
幾多の戦争を経験してきたライエルはユウトの考えに否定的だった。
「戦争に正義を求めると終わりはありません。ですが、敵に温情を掛けても無駄です。敵は恨みを忘れません。戦争は利によって始め、非情によって終止符を打つものです」
ライエルの意見は軍事的には正しい。だが、統治者や政治家の立場であるユウトは受け入れ難い。
「ならば俺の傍でずっと見ていたらいい。俺が死んだら、ほらみたことか、と笑ってくれて結構です」
自分の考えに命を懸けられないなら、ライエルは従いてこない。
やれやれといった感じでライエルはぼやく。
「今度の雇い主の仕事は骨が折れそうだ」
ライエルに討論する気はない。ライエルには長い間の傭兵経験がある。雇い主と意見が違う時の対応もライエルは心得ていた。
なんだかんだと言っても、方針に従ってくれるのなら問題はない。また、ユウトにはない視点を持つのなら、必要な人物である。
武僧がテキパキと武器になりそうなものを集めてきた。集めた道具を使い即席の弓矢、投擲槍、投石紐が作れる。普段から戦いを意識している武僧なので、手際もよい。
素人に毛が生えたような冒険者だったら、こうはいかない。
敵が襲撃してくるまで時間的な余裕があった。簡易武器だが数は揃った。
物見櫓に立つ武僧が声を張り上げる。
「山側に敵影を確認。数は五十人」
「来たか」とライエルはニヤリと笑う。ライエルの顔には緊張も不安もない。それどころか楽しそうである。
邪教徒側の個々の強さは知らないが、武僧より強いとは思えない。攻守が逆なら苦労しただろう。だが、防衛能力がある館にユウトが陣取っているので負けるとは思えない。
ユウトはライエルに尋ねる。
「五十人は敵の戦力の全てでしょうか?」
「いいえ、まだいるでしょう」
ライエルによる敵兵数の読みはあながち間違っていない。邪教徒側がもっと多ければ、ドリトルはユウト一向を足止めする。ユウトたちが迷っている間に集結して数で押せばよかった。
ユウトはライエルに確認する。
「数による力押しにすぐ出なかった理由は、兵力に不安があったからですかね」
「兵の頭数だけの問題ではないでしょうね。たった五十名を集結するまでに時間が掛かり過ぎです。敵の中で意見が割れたのでしょう」
敵が一枚岩ではない理由は勢力が二つあるからと予測できた。一つは信仰で纏まった邪教徒側の信者。もう一つは、極東の国が邪教徒を軍事支援するために雇っている勢力だ。
邪教徒は憎いユウトを討ちたい。極東の国側は勝つかどうかわからない戦いには反対たった。結果、戦うか、逃げるか、の方針で敵は揉めた。
邪教徒は狂信者かもしれないが、馬鹿ではない。勝ちたいなら、ユウトを館から出せるかにかかっている。
ユウトはライエルに確認した。
「こちらは館を占拠している利点があります。だが、敵には人質がいます」
「ここから駆け引きが勝敗をわけると見ていいですか」
ユウトの考えを聞いてライエルの表情が和らいだ。
「話が早くて助かる。庄屋様にしても敵にしても逆転がある戦いです」
武僧が叫ぶ。
「敵が固まって、正面にまわってきます。人質と思わしき男性と女性を連れています」
ユウトは館の壁に設置された弓を討つスペースに上がった。男性はドリエルであり、女性はトリスタン卿の妻のアイラ夫人と予想できた。
ここからはユウトが試される。人質を救出してこその勝利だ。