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第百四十九回 ライエルは迷わない

 館の中を進む。先ほどと同じ道を歩いているが寒く感じた。緊張感が高まっていく。

 応接室にはドリトルが待っていた。


 ドリトルの表情は柔らかいが、先ほどとは違い、とても胡散臭い。

「どうなされました庄屋様?」


 何げない問いだが、ドリトルの立ち姿は戦時のものに見えた。いきなりユウトが斬りかかっても躱せる姿勢だ。全ては勘違いであってほしい。また、ドリトルが敵であってほしくない。だが、確かめないといけない。


「失礼ですが、貴方は本当にドリトル・トリスタンですか?」


 笑ってドリトルは肯定する。


「何を疑っているんですか庄屋様。私はドリトル・トリスタンと名乗りましたよ。なんなら、仮面を外して、見せましょうか」


「失礼なお願いとは心得ています。ですが、顔を見せてください」


 ドリトルが仮面を外そうとした時にライエルが動いた。ライエルの剣が一閃する。


 ライエルの一撃がドリトルの首を刎ねた。ドリトルの体から勢いよく血が噴き出した。ドリトルが敵なら斬らなければいけなかった。だが、今はまだ確認している最中だ。


 落ちたドリトルの顔から仮面が外れた。仮面の下には火傷の跡があった。


 ユウトはライエルが早まったと愕然とした。


 ライエルが冷静にドリエルの顔を見て鑑定する。


「子供の頃に負った火傷の跡にしては不自然だ。この火傷の跡は新しい。できてニ、三年だ。また、これは故意に付けた跡だな。犯罪で面が割れたからだろう」


 火傷を負った後に、傷がどう変わっていくのか、ユウトにはわからない。

 長年戦場にいたライエルには判別が付いた。戦場であれば、火攻めに遭う。また、煮えた油が上から降ってくる戦いもある。傭兵は最前線に送られるので、火傷についてライエルは知識がある。


 ドリエルが偽者の疑いが濃厚になった。だが、ライエルは仮面が外れる前に動いていた。

「どこからドリエルが怪しいと思っていたんですか?」


 器用にライエルがドリエルの服で剣の血を拭う。

「庄屋様は木の仮面を付けて生活したことがありますか?」


「いやないけど」


 ライエルはドリエルが付けていた仮面を拾う。

「この材質では蒸れてしかたないでしょう。剣の稽古の時には特に困る」


 館にはトリスタン卿の考えが反映されている。

 トリスタン卿は常に戦いの危険を忘れない。


「騎士の息子が剣の練習をしなかったら許さないな。でも、人に会う時だけ木の仮面を着けていたかもしれない」


「トリスタン卿の手は見ましたか。あれは剣を握りなれた手ではない」

 片目しか見えていないライエルだがユウトより多くの情報を得ていた。


 今後のためにユウトは質問を続ける。

「事情があって剣が握れなかったかもしれない」


「仮に剣が握れなかったとします。それでも騎士ならおかしいところは、いっぱいありましたよ。立ち姿、歩き方、座り方がまるでなっていない」


 商家の出なので、ユウトは騎士の日常生活はわからない。だが、戦場で幾多の騎士を見てきたライエルにとっては不自然な点がいくつかあったのだろう。


 長い議論をしたいのなら町に帰ってからすればいい。偽ドリトルを斬ったのだから、速やかに館を制圧しなければならない。


 バンと大きな音を立てて扉が開く。手斧や鉈を持った三人の使用人が襲い掛かってきた。


 ユウトも剣を抜いて戦おうとしたら、ライエルが怒られて。

「下がれ、邪魔だ」


 ライエルの雇い主だが、大人しく従った。ライエルは室内での戦いにも慣れていた。

 剣を天井にぶつけることなく一人一太刀で斬った。


 使用人の動きは訓練がなされたものだ。戦闘の心得があったゆえに敵は対応を誤った。隻眼かつ隻腕の老人なんて問題ないと見くびった結果、全員が斬られた。


 ライエルが剣の血を拭う。片腕のライエルだが、敵の服で血を拭う動作には無駄がない。


 ライエルは片腕でも人を斬り慣れている。ライエルを伴って室外に出た。


 天井をライエルが見上げた。

「上に人が複数いますね」


 ユウトには敵の足音は聞こえなかった。手紙が上の階から投げられたのだから、上には誰かがいる。人質がいるなら、見張りがいてもおかしくない。ライエルにはまるで敵も人質も見えているかのようだった。


 ライエルに従いて行くと階段があった。ライエルは階段をさっと見渡す。確認が終わると、ドンドンと上る。


 罠があったらどうするのか、とユウトは危惧した。だが、ライエルには罠がない状況がわかっている。


 二階に出るとライエルの歩みがゆっくりになる。警戒しているのか、と最初は思った。だが、ライエルは足音を消していない。


 小声でユウトは尋ねた。

「どこに人質が囚われているかわかりますか?」


 ライエルは声を落とさない。

「二つ先に部屋があります。あの花瓶がある前の部屋が怪しい」


 調度品がない館にある花瓶なので、怪しいといえば怪しい。花瓶には花が活けてはいない。花瓶は何かの目印なのかとユウトは疑った。


 ライエルが廊下を進む。一つ目の扉を通り過ぎる。いきなりライエルが振り向く。ライエルがユウトを突き飛ばした。ユウトが数歩、後ろによろけると、一つ目の扉から短刀を持った女が飛び出してきた。


 ライエルが躊躇いなく女性を背中から斬った。「二つ目の扉」が怪しいと発言したのは虚言だ。


 敵に攻撃のチャンスを与えて誘き出した。ライエルが扉の中を覗くと、そこには一人の女性がいた。女性はベッドの上で縛られて状態で座っていた。


 女性の髪は金色で肌は白い。女性は旧王国人だ。突如として現れたライエルに女性は怯えていた。トリスタン卿の娘のうちどちらかだとユウトは予想した。


 ユウトは人質一人を確保できたと安心した。


 ライエルはツカツカと女性に歩み寄る。縄を解いてあげるんだろうなと予想する。だが、ライエルは剣を振り上げて女性を斬った。


 ユウトが驚いていると、頭を割られた女性が倒れる。


 ベッドから短剣が落ちた。短剣の刃には黒い液体が塗られていた。女性は人質に化けた刺客だった。ユウトなら迂闊に近付いて刺された。だが、ライエルには無駄だった。


 下の階が騒がしくなる。ライエルが部屋を出た。従いて行くと、玄関には武僧がいた。


 武僧は二人の若い女性を確保していた。一人は黒い髪の女性で、もう一人は赤毛の女性だった。両方ともユウト齢はさほど変わりがない。


 武僧が報告する。

「僧正様、トリスタン卿の娘を救出しました」


 また偽者ではないのかとユウトは疑った。

 ライエルは女性の前に行ってじっと見つめる。


 二人の女性はライエルの容貌を見ても怯まない。

「こちらは本物のようだ」


 どうやって見分けているかわからないが、ライエルが言うのなら信用できる。


 廊下を武僧が走ってくる。

「トリスタン卿の奥方のアイラ夫人とドリエルがいません」


 敵は人質を一箇所に集めておかなかった。敵の手に落ちた人質を諦める選択肢もある。だが、見捨てればトリスタン卿には恨まれる。残りの人質をどう救出するかの難題が立ちはだかった。

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