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百四十六話 西の村 

 心地よい秋の風に吹かれての道程だった。予想通りに何事もなく西の村に到着する。西の村は土地が痩せており、気温もまた低い。小麦や米を育てるには不向きな土地である。主要産業は牧畜で馬産地として有名だ。


 遠くに馬に乗った人影が見えた。西の村の村人だ。村人はユウト一行を見るとさっと反転した。馬は村のほうに駆けて行く。村の貴族にユウトがきたことを教えにいった。


 目を細めてライエルがそっとユウトに寄ってくる。

「先の馬の動きは妙ですな」


 何が妙なのかユウトにはわからなかった。

「俺の到着を知らせに行ったのではないですか?」


「到着を知らせる、は当たっています。ですが、歓迎しているかはわかりませんよ」


 別に西の村の人間に悪いことをした記憶はない。ただ、ユウトは西の村に数えるほどしか来ていない。同行の武僧の顔を見ると、にわかに曇っていた。


 村の入口に着くが、一人も村人が見えない。昼過ぎの時間帯に人通りがないのはおかしい。さすがに人気のない村を見ればユウトとて異常を感じた。


 さっとライエルが辺りに視線を走らせる。

「人はいますね。隠れてこちらを窺っています」


 村人の中には余所者を警戒する人もいる。人見知りな者もいる。

 だが、村人全員が隠れているとなると何か訳がある。


 渋い顔をしてサジが対応を訊いてきた。

「僧正様。歓迎されていません。いきなり襲ってくる気配はないようですが、どうします?」


 知らないうちに西の村が山の民や極東の国の手に落ちていたなら危険である。だが、何が起きているかを知りたいのなら別だ。帰るのも躊躇われる。異変に対処しなくて手遅れになったでは、失態だ。


「注意しながら進みます。村を統治するトリスタン卿の家族に会いましょう」


 村の中を進むが誰も出てこない。昼食の時間帯なのに煮炊きの煙もない。

「本当に人がいるんですかね?」


 家々のほうにサジは顔を向けずに話す。

「確実にいますね。息を潜めている。殺意は感じられないですが、用心は必要です」


 ライエルもユウトに注意を促す。

「怯えの気配がしますね。下手に刺激しないほうがいい。恐慌をきたすと襲ってくるかもしれん」


 大人数ではあるが、別に武装して、軍馬でやって来てはいない。老いた武僧が糯米と臼と杵を運んでいるだけ。餅が怖いなんて馬鹿な話はない。それとも、西の村ではユウトの悪評が知らないところで広まっているのだろうか。


 貴族の館が見えてきた。高さ十二mのレンガの壁で囲われている。建物は木造の二階建てだった。館の屋根の上に小さいが物見櫓があった。館の敷地の広さからいって、村人が三百人くらいなら全員が逃げ込める。


 目を細めてライエルが鑑別する。

「館の規模は小さいが防衛施設を兼ねている。壁の厚さと高さから、野犬の群れや熊の襲撃なら充分に守れる。五十人の盗賊が相手でも一日では落とせない」


 元傭兵の意見なら当たっている。気になったのでユウトは尋ねた。

「敵が百人いたらどうでしょう」


 ちょういとライエルが肩を竦める。

「指揮官次第ですが、朝に攻められても夜までは持つでしょう」


 駐屯軍がいる町まで一般人の足なら徒歩で五時間。馬を走らせれば町までは二時間。出兵の準備に二時間。


 簡単な計算ではあるが、正しいかどうかをライエルに尋ねる。


「援軍要請から救援が来るまで七時間。トリスタン卿は援軍を頼めば、間に合うことを考えて館を整備したのでしょうか」


「東の地で百名もの武装した集団が動けばすぐに察知されます。ただ、少人数に別れて集合するなら別です。百名による奇襲は可能です。


 ライエルの見立てにサジが疑問を投げる。


「壁は石造りじゃない。煉瓦の壁は馬の侵入は止められるでしょう。だが、丸太をぶつけたら崩すのに一時間もかからない」


 ライエルの考えは違った。

「煉瓦の壁には少なくとも三つの利点がある。石壁より安い費用で建設できる。火によって燃えない。壁の中に鉄を入れられる。あの壁の中には網目状の鉄筋が入っているぞ」


 鉄筋が入っているのなら丸太でも簡単に崩せない。手間取っている間に、攻め手の頭上から煮えた油が降る。そうなれば、攻め手には地獄だ。


 トリスタン卿はできる範囲で村の防衛を考えている。


 問題があるとすれば、ライエルの指摘通りに指揮ができる人間が常にいるかだ。

 館の入口が見えた。門は開いている。門の幅は馬車一台が通れる広さだ。


「館の大きさの割に門の幅が狭いな」


 ライエルが教えてくれた。

「入口の広さを狭くしているのには理由があります。門が破られた場合に一気に敵に侵入させないためです」


 トリスタン卿は何かを恐れているのか、と疑いたくなる。

 門の近くまでくると、出迎えがいた。館から一人の人間が出てきた。西の村に着いて初めて見る人間だ。


 相手の人物は金色の髪の若い男性だった。服はクリーム色のシャツと青のズボンを穿いている。顔の半分には木の仮面を付けていた。武器は携帯していない。


 男が逃げないので、近くまで行って馬車を止める。男から挨拶してきた。


「私は不在の父の代わりに村を管理する者です。名前をドリトル・トリスタンと申します。当家にどのような御用でしょうか?」


 ドリトルが顔の半分に仮面を付けている理由がわからない。顔にある火傷の跡を隠しているのなら、エリナの事前情報とは違う。ただ、相手はトリスタン卿の館から出てきた。


 名前もきちんと名乗った。いきなり偽者扱いをしたら無礼だ。


 エリナの情報が間違っていたのなら問題が起きる。


「私は町の庄屋でユウトと申します。今日はトリスタン家の方と親睦を深めにきました。後ろの荷物は糯米です。よろしければ、餅を搗いて土産としたいのですがどうでしょう」


 ユウトが名乗るとトリスタンは困った顔をする。

「申し出はありがたいのですが、当家は問題を抱えております。素直に受け取れないのが心苦しい」


 ユウトを嫌って「帰れ」と命じるなら理解できる。だが、餅を受け取れない問題とは何か、理由が思い当たらない。


 ユウトが不思議に思っていると、ドリトルは中に招く。

「立ち話もなんですから、中にお入りください」


 土産の餅は受け取れないが歓待してくれるとはまた妙だった。聞けるものなら事情を知りたい。

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