第百四十五回 お隣さんの西の村
西の村はユウトの管理下ではないので情報が少ない。いきなりの訪問は躊躇われた。
まずは政治担当のサイメイに尋ねた。
「西の村を統治する騎士ってどんな人だかわかる?」
統治者の情報は政治に直結する。サイメイはきちんと押さえていた。
「名前はカール・トリスタンです。私は会った経験がないです。今は北の城の修繕を命じられ監督に当たっています」
北の城は領主様の居城にして、旧王国の都市への玄関口。先のマオ帝国との大戦では戦場になっていないので損傷はない。
ただ、北の城は旧王国時代からある由緒ある城である。老朽化による補修が必要だとしても理解できる。
「西の村は現在、誰が管理しているの?」
記憶しているのかサイメイがスラスラと答える。
「西の村は庄屋をおかず、代官も任命していません。トリスタン卿には息子が一人、娘が二人います。家族で統治しているのではないでしょうか?」
西の村は大きくはない。役料の必要な役人を配備せず、家族で管理しようと思えばできる。
「怪しい動きとか、何か問題を抱えているとかある?」
「いえ、何も聞いていませんね」
杞憂だとは思うが、次に諜報担当のセンベイを呼ぶ。
「西の村で何か不穏な動きはありますか?」
センベイの顔に不安はない。
「西の村と町を行き来する商人から情報を随時、仕入れています。特に問題になる情報はありません」
問題ないならいい。だが、南西の村の女将さんの話が気にかかる。
幸い領主様との見合話がある。領主様の人柄を尋ねる、との名目で訪れることはできる。
「近所付き合いも大事だな。一つ土産を持って挨拶に行くか」
土産といってもユウトは東の地では大庄屋と呼ばれている。土産に菓子折りが一つではケチくさいとの悪評が立ちかねない。
「糯米四俵を用意してください。お土産として持っていきます。あと臼と杵もです」
四俵の土産なら村人に餅を配っても充分な量だ。万一、村が困窮していても四俵もあれば数日は賄える。足りないようであれば、西の村の運営に手を貸せばいい。困っている時に助ければ、いざという時にユウトを助けてくれる。
しずしずとセンベイは提案する。
「陸路だと襲われる危険がございます。護衛兼餅搗き要員として武僧も手配しましょう」
ユウトは一人ならキリンで移動する。キリンは飛竜より速い。キリンに乗るユウトへの待ち伏せは不可能である。だが、陸路で牛に糯米を一緒に運ばせるのなら、襲撃は容易である。
武僧には餅を食べる風習がある。武僧であれば餅搗きのコツも心得ているし、体力もある。餅搗きで疲弊するなら、武僧なんて務まらない。お土産の準備算段はできた。
餅が嫌いな人はいないとは思う。だが、旧王国において餅を食べる人は稀だった。
諸々の確認のために次の日は南東の村に行き、エリナを訪ねる。元代官のエリナなら、トリスタン一家についても知っている。
キリンに乗ればエリナがいる村も日帰りできる。村の拡張作業を監督するために村にエリナは戻っていた。
エリナの機嫌は良い。理由はユウトが計画している老人ホームの二号店のためだ。
「庄屋がお金を工面して、村に温泉の整備と老人ホームを建ててくれるから助かるわ」
村で建築が進めば大工仕事が発生する。大工や人足が集まれば、宿泊や食事で金が村に落ちる。回り回って、エリナの懐も潤う。
「管理を任された庄屋としては村の発展をお助けするのは当然です」
謙遜しておいた。貴族のエリナに他の庄屋を任命されては困る。町の東側に位置する三村の維持は町を守るための防壁でもある。
「トリスタン卿が支配下に置く西の村に挨拶に行きます。トリスタン卿がお嫌いな物はありますか」
眉間に軽く皺を寄せエリナは思案する。
「トリスタン卿は今、西の村にいないわよ。息子と娘の好みはわからないわ。ただ、息子のドリトルに火を近づけてはダメよ。昔に顔に火傷して心に傷を負っているから」
さすがは代官から貴族に出世したエリナだ。この地の騎士についてよく知っている。
「他には気を付けることはありますか?」
「家族の話題は触れないほうがいいわね。息子のドリトルの母親と今のトリスタン卿の妻は違うわ。娘のメアリは今の妻のアイラの連れ子よ。リリアはトリスタン卿の養女よ」
先の大戦争で騎士も兵隊を多く亡くなった。親類を頼ったり、世継ぎを考えたり、は貴族なら当然する。さすれば、複雑な家庭もできる。
「顔に火傷をおったドリトルさんは人を避けますか?」
「人前には出てくるわよ。炎を恐れるけど、傷は母親がドリトルを守った時のものだからね。火傷の跡は母親の名誉だと誇っていたわ」
ドリトルを生かすためにドリトルの母が亡くなった。顔を隠す態度は母に申し訳ないとドリトルは思っている。中々、できる態度ではない。
「ドリトル、アイラ夫人、メアリ、リリアの関係はどうなんです? 上手くいっていますか?」
エリナの口調は辟易したものに変わった。
「険悪とは聞いていないわね。でも、表向きかもしれないわよ。身内の醜聞を貴族は隠そうとするから」
ネガティブな情報はゴシップになりやすい。また、婚姻にも影響する。貴族には貴族の苦労がある。エリナは色々なケースを見たからよく知っている。
翌日、西の村に行く準備ができた。二頭立ての馬車で糯米四俵、臼、杵を運ぶ。
臼と杵は二組、用意されていた。同行する武僧は十二人。交代で餅を搗くのなら、多くはない。護衛としてサジを連れていく。
出発前にママルはライエルを連れて来た。ライエルは旅支度だった。剣も提げている。
ママルがユウトに頼んだ。
「孫だけでは不安です。ライエル殿もお連れください」
十二人の武僧とサジがいれば充分だとは思う。
だが、断るとライエルを役立たず扱いしている様で、ライエルに悪い。
「用心に越したことはないですね。ライエルさんよろしくお願いします」
ライエルは軽く肩を竦める。
「俺なんかが役に立つような事態が来ないことを祈るよ」
自分を卑下した言い方だが、ライエルなりに気を使ってのセリフだ。
「気楽に行きましょう。西の貴族に挨拶をしに行くだけですから」
問題なんて起きないとユウトは考え町を出た。