第十四話 黒騎士との決着
黒騎士たちは動かない。黒騎士の後ろには近隣十一村がある。
黒騎士に兵糧切れはない。村には食糧、野菜、肉があるので慌てる必要もない。
しばらく、膠着状態になると予想したが、見立ては甘かった。
ユウトが屋敷で仕事をしていると、ハルヒが駆け込んできた。
「大変です庄屋様。旧住民に他の村を追われた南方人の難民がやってきました」
村が落ちないと見ると、村の住人を増やして兵糧を破綻させる作戦に出たか。
追い返す決断は簡単。だが、難民は移住してきた南方人。
ここで難民を見殺しにすれば、後々お咎めを受けかねない。
ユウトは村の門まで走っていった。
門の外には不安と疲労の色を浮かべた二十人の難民がいた。
門は閉じていたので兵士にお願いする。
「彼らを入れてあげるわけには行きませんか?」
兵士は敬礼して告げる。
「庄屋様の許可があれば入れるようにと、閣下から仰せつかっています」
これ、俺の指導力と人間性が試されているな。
ユウトに迷いはなかった。
「入れてください」
ユウトが許可すると難民の顔付きが和らぐ。
その後も、難民がぞくぞくとやってくる。
お年寄りにお願いして一緒に住んでもらった。
兵糧を計算する。このままでは、援軍が到着するまでもたない。
ハルヒが困った顔でやってくる。
「庄屋様。難民の食事ですが、減らしたほうがよいでしょうか」
「お年寄りと同じ量では若者には辛い。減らして畑泥棒が出たら困る」
ユウトの言葉に、ハルヒは安堵の表情を浮かべた。
カクメイがやってきた。カクメイの顔は明るかった。
「庄屋殿、チャンスが巡ってきましたな」
「ピンチの間違いではないですか?」
「難民から各村の詳しい情報が入りました。包囲網を崩せそうです」
「どういうことですか?」
「一斉に蜂起した村ですが、各村でかなり温度差があります」
広く難民を受け入れた対応で現地の情報が入った。
「こちらから使いを送って説得する作戦が可能なんですね」
カクメイの顔は明るい。
「詳しい情報があるので可能です。一箇所が崩れれば態度を変える村も出るでしょう」
敵の失策は積極的に利用しよう。
「わかりました。流れを変えましょう」
「問題もあります。反乱を興した村は救えても、首謀者は救えません。各村の首謀者には死んでもらう必要があります」
厳しい意見だが、止むなしだ。一庄屋では助命嘆願は無理だ。
「恭順の意を示してくれたら、首謀者の家族は我が村で引き受けましょう」
この程度しかできない。だが、俺の村のことなら俺にある程度の裁量がある。
カクメイはユウトの言葉に満足気な顔をする。
「そう請け合ってくれると交渉が楽になります。さっそく、アメイを派遣します」
説得する村の庄屋宛てに書状を書いた。
中身は家族の受け入れから態度を変えろとする、内容だった。
書状はアメイに持たせた。
アメイが村を発って五日後。
夜に寝ていると家にロシェの使いがやってきた。
眠い目をこすり起きる。
兵士は戦支度で促す。
「庄屋殿、二時間後に出発します。準備をお願いします」
ぼーっとする頭で訊く。
「行くって、どこにですか?」
「黒騎士を破りに行くんです」
兵士の言葉に驚いた。
「夜襲をかけるのですか?」
「違います。待ち伏せするのです」
意味がわからないが、戦支度の準備をする。
午前三時。ロシェを先頭に二百名の兵が揃っていた。
静かに門を開け、村から出る。
誰一人として会話をする者はいない。
午前五時、部隊は道の脇にある森の近くまで来て止まった。
森の中に身を隠す。
ロシェが声を上げる。
「よし、ここまで来ればいいじゃろう。休憩じゃ」
不安だったので訊く。
「こんなところにいて村は大丈夫ですか?」
ロシェの顔は明るい。
「武装した難民たちを立たせておいた」
黒騎士たちから見れば、いつも通り兵が警備しているように見えるの。
欺く準備はしてきたのか。なら、すぐに襲われない。
だが、ばれるのも時間の問題だ。
ロシェは笑いながら言葉を続ける。
「心配するな。カクメイの読みでは今夜にでも黒騎士は動く」
この道の先には説得中の村がある。
村の近くで黒騎士を打ち破れば村への圧力になる。
理屈はわかるが疑問もある。
「本当にこっちに来るんですか?」
「来る」とロシェは力強く断言した。
それでも不安でいると、コサン軍曹が優しい顔をして教えてくれた。
「そんなにそわそわしなくても大丈夫ですよ。黒騎士がここに来るのは深夜ですから。まだまだ時間はあります」
「黒騎士は裏切った村を未明に奇襲して、また、その日の内に戻るつもりですか?」
「よくおわかりですね。やってきた黒騎士を討つのが我らの任務ですから」
戦いが夜ならそわそわしても仕方ない。
兵士もロシェも昼寝をして夜に備えていた。
ユウトもロシェにならい昼寝をする。
夜を待つ。 昼にいいだけ寝たので眠くならない。
斥候がやってきてロシェに報告する。
「閣下、敵が来ました」
ロシェは喜んだ。
「長く待たされずに済んだわい。今度こそバルカンの首を取ってくれるわ」
人が移動してくる音がする。
こんな夜中に大人数で移動する民間人はいない。間違いなく黒騎士だ。
注意深く待つ。足音が森を少し通り過ぎてから止まった。
音の主は休憩を取っていた。ロシェの部隊が駆けだした。
ユウトも遅れないように従いて行く
「敵だ、敵襲だ」と大声が響く。
戦場を照らす光の玉が上がる。
休憩中に襲われた黒騎士は無理に戦わなかった。
一目散に逃げ出した。
まずい、ここで逃がしては作戦が失敗する。
ロシェの言葉が響く。
「逃がすな。討ち取れ」
「爺、俺が相手だ」
ロシェの前にバルカンが立ちはだかった。バルカンと共に二十人が踏み止まる。
バルカンは仲間を逃がすために殿になった。二十人も同じだ。
殿の黒騎士はよく戦った。だが、こちらのほうが圧倒的に数が多い。
ほどなく鎮圧される。以前に一騎打ちで戦ったバルカンは最後まで立っていた。
だが、ロシェの兵に周りをぐるりと囲まれた。
ロシェが勧告する。
「勝負はあった。もう、お前一人だ。武器を捨てろ」
バルカンはあっさり従った。
「投降しよう」
バルカンとまだ息のあった九人は捕縛された。
ここに黒騎士が来るというカクメイの予想は当たった。
策は当たった。黒騎士に甚大な被害を与えることができるはずだった。
だが、バルカンと二十人の兵士たちによって、本隊への攻撃は防がれてしまった。
敵ながら見事な用兵だ。