第百三十三話 隻腕隻眼のライエル
七日後にユウトの前にハルヒが現れた。
別れさせ工作の成否はアメイからもセンベイからもまだ聞いていない。
「庄屋様、今日の夕方に一緒に食事に行きませんか、会わせたい人がいます」
ムドウの件かもしれないが、何も聞いていないので不用意な発言には注意が必要だった。
「今日は空いているよ。誰に会わせたいんだ」
「マタイさんです。なんでも庄屋様に買ってもらいたい品があるとか」
金に困ったマタイがユウトに何かを売り付けたいとする。
商品売買なら直接にユウトの元にマタイは訪れる。別れさせ工作が始まる気がした。
気付かない振りをして話を進める。
「なんだろうな。高い物じゃないといいけど」
「マオ帝国の美術品だとか。価値がある人にしか売りたくないので、庄屋様に買ってほしいそうです」
父親が金持ちだった頃に国宝級の品を色々とユウトは見せてもらった。本物に触れてきたので良い物はわかる。だが、ユウトは古美術売買のプロではない。
マオ帝国の美術品は父親のコレクションの範囲外だった。旧王国時代からマオ帝国の古美術品は数点しか見ていない。審美眼にはちょっと自信がない。だが、目利きは今回の食事では重要ではないと想像する。
「買うかどうかわからないけど、売込なら聞くよ」
何か波乱の予感がするが、行かなければならない気がした。
「もう一つお願いがあります。お屋敷で人を雇っていただけませんか。ライエルさんというお爺さんです」
これから町が発展するから人材はいくらいても困らない。
「どんな人なの? 何か特技はあるの」
ハルヒの表情が少し曇った。
「仕事は真面目にできる方です。ただ、片腕がないので普通の人より仕事は遅いです」
町での求人は増えたが障碍者なら職を得るのは難しい。しかも高齢ならなおさら雇いたい人はいない。町にもユウトにも金はある。だが、可哀想で雇うと後々、困る。
すぐに「いいよ」と答えられないと、ハルヒが売込んでくる。
「ライエルさんは元傭兵です。先の戦争で片腕をなくしたと聞いています。片腕なので剣は満足に振るえないでしょうが、家事全般はできます」
武人枠で人を採用したいとの思いがユウトにあった。ダナムが亡くなったので戦える人がほしい。傭兵と一口にいってもピンからキリだ。本当に家事しかできないのなら、困る。
期待は薄いかもしれない。でも、ハルヒにはこれから迷惑をかけることが決まっている。ハルヒの願いを断るのは後ろめたい。
「会ってみるよ。人並み働けない場合は給与を低くする。でも、住む場所と食事はきちんと提供する。条件が合わないなら、寺を紹介するよ」
人徳派では弱者救済や施しは善行とされている。寺は町の手が届かない人に福祉を提供する役目を果たしていた。ライエルが寺を頼れば、野垂れ死にはない。
ハルヒは昼にライエルを連れてきた。ライエルは白髪の老人だった。身長は高くなく、がっしりとした体形でもない。傭兵としてやってきたとの紹介だが、怪しい。
聞いた通りにライエルには右腕がなかった。また、右目は白く濁っているので見えていないのかもしれない。見た目からして他の人が雇いたがらないわけだ。
ライエルがじっとユウトを見ている。見えるほうの左目には光があり死んではいない。
やる気がないわけでも、世の中に対して腐っているようにも見えない。
戦えない傭兵に対して世間は厳しい。それでも腐らずに生きているのなら精神的にはかなりタフだ。立ち姿はピシッとしている。経験からしてこういう人間は強い。
「二つ聞かせてください。片腕でも武器は使えますか? 給与はいくら欲しいですか?」
ライエルは目を細めて尋ねてきた。
「こんな爺さんでも捨て駒にはなるとでも思ったか」
嫌味のようだが、気を悪くするユウトではない。
「そうではありません。ここは前線に近い。先日も俺を狙った襲撃事件がありました。自分の身を守れないと、危ないんですよ」
サラリとライエルは言い切った。
「老いぼれだが、自分の身を守ることぐらいはできる。また、きちんと金を払ってくれるなら敵も斬る」
「こんなボロボロの爺さんがか?」とは馬鹿にしない。ライエルの顔には自信が見える。
庭を見るとサジがいたので、サジを指差す。
「あそこに一人の若者がいます。武僧です。彼に勝てますか?」
チラリとライエルがサジを見る。
「あれぐらいなら問題ない」
ライエルの言葉が聞こえたのか、サジがこちらに不機嫌な顔を向けた。
ユウトはサジを呼んだ。
「こちらへ来てもらえますか。ライエルさんと手合わせしてもらいたい」
サジは最近、腕を上げている。ママルには全然及ばないが普通の武僧よりは強い。
呼ばれたサジがこちらに来る。傍から見れば戦う前から結果は見える。
サジが勝つ。だが、ハルヒが止めない。心配もしていない。
サジの強さはハルヒも知っている。それでも問題ないと判断している。
ライエルが庭を見渡して箒を指差した。
「箒をお借りしたい」
箒は丈夫なものではない。サジなら一撃で折れる。ライエルにもわかっているはず。
ライエルを気遣ってユウトは申し出た。
「武器の代わりが必要なら木剣を用意しましょうか」
ユウトの申し出をライエルは断った。
「木剣はまずい。あの青年に怪我をさせる」
ライエルの言葉にサジはムッとした。
「さっきから聞いていれば、言いたい放題ですね。そちらこそ、怪我をして泣かないでくださいね」
フンとライエルは鼻を鳴らした。明らかにサジを舐めている。普通ならサジが負けるとは思えない。だが、ユウトはライエルが勝つ気がした。
ライエルが箒を拾いに行こうとした。ハルヒが走って先に箒を持ってくる。
ハルヒはライエルを激励した。
「頑張ってください。ライエルさん。きっと道は拓けます」
ハルヒはライエルの心配をしていない。
どういう結果になるか、ユウトは俄然と興味が湧いてきた。