第百三十一話 アモンの動き
やっと涼しい日が増えてきた時に、ママルがやってくる。ママルの表情は冴えない。
「僧正様、これをご覧ください。街に立った立て札の写しです」
簡単な物語が書かれた紙だった。
【はじまり・天】
一人の金持ちの老人が冥府に旅立った。着いた先は綺麗な街だった。街には立派な寺院がいくつもある。また、煌びやかな恰好から身分の高い僧侶も多かった。
老人は天国に着いたと思い一時は安堵した。だが、どうも様子がおかしい。
人々の顔には欲が見え、僧侶たちは「金」「金」とあちらこちらで囁いている。
不安が増した老人は近くの僧侶に「ここは天国ですか?」と尋ねた。
僧侶は「そうです」と答えたので、老人は安堵して尋ねる。
「天国の良いところはどこでしょう?」
にっこり微笑んで僧侶は答えた。
「人が死なないことです。おかげで、信徒はいつまでも高額なお布施を払ってくれます」
驚いた老人はさらに尋ねた。
「では、天国の悪いところはどこでしょう」
沈んだ顔で僧侶は答えた。
「それも人が死なないとこです。人が死なないので高額なお布施が必要になる葬儀がありません」
答えを聞いて老人は怖くなり、僧侶に尋ねた。
「仏に会わせてください。是非にもお会いしたい」
ちょっぴり困った顔で僧侶は教えてくれた。
「良い値段が付いたので仏は売りました」
僧侶の答えを聞いて老人は街から逃げ出した。
【おわり・天】
内容を読み終わった頃にママルが渋った顔で対応を尋ねてきた。
「いかがいたしましょう」
ママルの言いたいことはわかる。立て札は宗教批判だ。
「天徳派が出したね。現世利益を追求する地徳派のウンカイ様への弾劾だね。同時にウンカイ支持に回った人徳派の俺への非難でもある」
「立て札は抜きましょうか?」
「いや、ダメだ。立札をただ捨てれば、天徳派は地徳派との対立を深め、人徳派を恨む。それでは天哲教が立ち行かない。次のように立て札を隣に立ててください」
【はじまり・人】
街から逃げた先には『この先は地獄』と書かれた石碑が立っていた。
石碑を見て地獄に足を踏み入れるのを老人は恐れた。だが、街には住めないと思ったので先に進んだ。しばらく何もない道を進むと、茶店がある。茶店の先には老婆がいた。
地獄の住人に遭い恐怖したが、勇気を持って老人は尋ねた。
「ここは地獄でしょうか?」
老婆は素っ気なく答える。
「地獄は放っておいても人が作る。だが、天国は仏が作らないとできない。仏はいる」
答えを聞いて老人は希望を持った。
「では、天国はあるんですね。行き方を教えてください」
ちょいとばかし考えた老婆は老人がやってきた方向を指差した。
「この道を真っすぐ行きなさい、そうすればわかるよ」
老人は先の街が天国だったかと思い、がっかりした。
だが、老人には行く当てもない。しかたなく老人は何もない道を戻った。
すると来た時に見た『この先は地獄』と書かれた石碑が見えた。
ここで老人は立ち止まった。
老人は自分がどこから来て、どこに行くべきなのかを考えた。
【回答・人】
ユウトの文を見るとママルが安堵した。
「僧正様を誤解していました。僧正様は人徳派の教えをわかっておられる」
なんで褒められたかわからない。なんとなく、老人と付き合っていたら、こんな文も書けるようになっただけ。ただ、藪を突いて蛇は出したくはない。
「アモン様の捜索は中止ししましょう。アモン様はこの街のどこかにいる」
宿坊からアモンが消えたのは天徳派の意志だ。天徳派はアモンのもと団結して活動している。アモンはウンカイをやり過ごしてから、巻き返しを謀っている。
人徳派の結束は弱い。人徳派の高僧はユウトの力を削ぎたいのはアモンも知っている。
人徳派内部の僧を味方にして天徳派支持にユウトの意見を変える気だ。
アモンの所在に関するユウトの見立てをママルは否定しなかった。
「理由は立て札ですか? あれはアモン様が立てた、と」
ママルの顔には疑念も動揺もない。
ママルもまた確信はないが、アモンが街にいると予想している。
「天徳派はアモン様のカリスマによって成り立っている。アモン様でなければ、ウンカイ様や俺を批判できない。下手な批判はアモン様の立ち位置を危うくする」
「それで僧正様は大僧正の件でアモン様をどう説得するおつもりですか?」
「今回のように問いがあれば答えるが、積極的に対話は求めない。俺を知ってもらうには言葉ではダメだ。この街を見てもらえばわかる」
アモンが頭でっかちなら、そもそも説得は不可能。だが、聡明な人間なら語るより、行動を見せたほうが理解は早い。
その後、立て札についてはママルが何も言ってこないので放置した。
収穫の時季は徴税の時季でもある。作物のできは良かった。需要も増えているので豊作貧乏の心配もない。検地も始まっているが、今のところ問題有りの報告も、苦情も来ていない。
だからといって安心はできない。今こそ兵糧を焼いてやれ、といわんばかりに放火されたら大変だ。コストは掛かるが村ごとに分散して備蓄する。警備も付けた。
もちろん、税金の中抜きもする予定だ。余っているとなれば、持って行くのがミラの仕事である。ミラも欺いて、埋蔵金を作るのが庄屋の腕でもある。
納税に関してあとはリシュールに任せるだけでいいところまで来た。
どうにか今年もミラをやり過ごせると安堵していると、センベイがやってくる。
センベイがユウトに一礼をして告げる。
「問題が二つあります。一つ目は街で邪教が広まりつつありました」
「ました」の過去形の表現が気になった。
「邪教こそ先のお屋敷襲撃の主犯です。これを武僧で取り締まろうとしたところ、天徳派の武僧が先に倒しました」
治安の維持による手柄を天徳派に取られた。これで町の天徳派の影響が強くなる。
邪教徒が増えるのも困るが、天徳派が勢力を増すのも問題だ。
アモンに街を乗っ取られることはないが、ユウトの影響力の低下は街の運営に支障をきたす。
渋い顔でセンベイの報告が続く。
「ハルヒさんに極東の工作員が接触しています。ハルヒさんから屋敷の警備状況や庄屋様のスケジュールが漏れていると思われます」
ハルヒが金でユウトを売るとは思えない。だが、脅迫されているのなら由々しき事態だ。ハルヒを失えば、老人からの支持をごっそり失う。至急に対処しなければならない。