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第百三十話 強くなる敵

 外に出ると、人が焼ける臭いがする。ユウトがギョッとなるとチャドが怒鳴った。

「これは焼けた死人の臭いだ。生きた人間が焼けているわけではない」


 屋敷の角から火に包まれた人が現れる。


 チャドの怒声が響く。

「死人が火を噴き上げて歩いてやがる」


 炎に塗れて向かって来る死人にチャドが向かった。チャドは大鎚で死人を吹き飛ばした。

 それでも次から次へと死人はやってくる。チャドは強いが。出てくる敵の数が多い。


 少しずつ後退を余儀なくされた。遂にユウトの傍まで来た。

 燃える死人は数を増し今や二十に増えていた。


 反対方向を見ると、反対側の庭からも燃える死人が見えた。

 逃げ道を塞がれた。このままではまずい。


 室内に戻ることも考えたが、すぐに放棄する。屋敷は石造りだから燃えないが、室内の家具は違う。室内に逃げたはいいが火災から一酸化中毒になったら終わりだ。


「もういい、チャドさんだけでも逃げて」


 途端に怒鳴られた。

「馬鹿を言うな、庄屋に何ができる。お前が死んだら親爺が悲しむ」


 なんでユウトが死んだらチョモ爺が悲しむのかわからない。親交はあるが、涙を流すほどの交友はない。なんだかな、と思うと冷静になった。


 相手が亡者なら僧侶が天敵のはず。仮にも俺は人徳派の僧正なんだから、どうにかできないだろうか。


 武僧たちは体を鍛えるが精神も鍛える。精神修養は瞑想だけではない。天哲教においては読経もまた修行。


 武僧たちが朝夕に修練の一環で読経しているのを普段ユウトは聴いている。覚える気はなかったが、ずっと聴いている内に覚えていた経もある。


 門前の小僧、習わぬ経を読むではないが、耳で覚えた経を読んだ。

 熟練の僧の祈りなら死者は死体に戻る。


 ユウトが経を読んでも燃える死者は死体に戻らなかった。ダメかな、と思ったが違った。

 死者の歩みがピタリと止まった。理由はわからないがユウトの経を聞いている。


 経を止めるとまた動き出す。また、経を唱えると死者は動きを止める。

 チャドも経に反応する燃え盛る死人の動きに気が付いた。


「いいぞ、庄屋! 経を続けて足止めしろ」


 初めてのお経なので、息継ぎが上手く行かない。時々、止まるが唱え続けた。

 すると、どこからかユウトの経に反応するようにお経が聞こえてきた。


 誰かが経を唱えている。わからないが誰かがユウトを支援している。

 お経が合唱になると、他にも唱和する声が増えてきた。


 声が段々大きくなると、喧騒は止み経だけが流れる。

 すると、死人が嗚咽を始めて平伏した。理由はわからないが、そのまま続けた。


 死人から火が消えて動かなくなった。

 ユウトの視界の先でチャドが死者を大鎚で小突いて見解を述べる。


「単なる死体に戻ったようだ」


 とにかく助かったと安堵すると、チャドは厳しい顔でユウトに命令する。

「すぐにここを離れるぞ。敵の第二波、第三派があるかもしれん」


 指摘はもっともだ。チャドは庭にあった籠を拾う、汚れたムシロを拾う。

「籠に入ってムシロを被れ」


 ユウトは荷物に化けて屋敷を離脱した。街は混乱していたが、屋敷から離れるとすぐに静かになった。敵は街中で騒動を起こしたのではなく、ユウトの屋敷周辺を重点的に攻めていたと感じた。


 酒の臭いがしてきたなと思うと、チャドが足を止めた。

 古い木戸の開く音がする。女の不機嫌な声がする。


「今日はもう遅いよ。店は閉店だよ」

「女将、一晩店を貸してくれ。訳アリだ」


「好きにしな」と女の声がする。女が外に出る足音がする。


 籠が床に置かれた。籠から外に出るとそこは小さな酒場だった。よく言えば趣のある店、率直に言いえば、古くて汚い店だ。典型的な治安が良くない場所にある安酒場だ。


 文句は言っていられない。一晩だけ隠れるなら充分な場所だ。

「庄屋はカウンターの向こうの床にでも寝そべって隠れていろ」


 チャドはユウトに命令すると、空瓶をテーブルに並べる。チャドは長居の客に扮する。チャドは入口が見える場所で椅子に座って眠った。本当に寝てはいない。ただ、様になっている。


 ユウトも入口から見えない場所に横たわる。

 こんな状況で眠れるかなと疑問だが、すぐに深い闇に落ちた。


 体を揺すられて起きた。夜が明けていた。外で人や馬が歩く音がする。


 チャドが籠を持ってきて命じる。

「朝市に商品を運ぶ人間に紛れる。人が多くなる前に店を出るぞ」


 人が多くなれば忍び寄る人間の発見は難しい。かといって、人気がまるでない街を歩くのも目立つ。今がちょうどいい。


 チャドの恰好なら、朝市に山菜や獲物を持ち込みに来た猟師にも見える。

 籠に隠れて屋敷に帰ると、ママルがすっ飛んできた。


「僧正様、御無事でしたか。御姿が見えないので心配しておりました」

「危ないところでしたが、チャドさんが救出に来てくれたので逃げられました」


 平伏してママルが詫びようとしたので止める。

「謝罪は不要です。食事の準備をお願いします。チャドさんも一緒にどうです」


 お礼は改めてしたい。とりあえずは食事だけでも御馳走しないと悪い。


 さらりとチャドは食事を辞退した。

「不要だ。家には昨日、作った煮付が余っている。まだ暑いから早くに食べないと腐る」


 遠慮の理由としてはチャドらしい。

 チャドが帰ったので食事をする。センベイが給仕をしながら話し掛けてきた。


「庄屋様、昨晩は大変でしたね。ただ、今回の襲撃は手際が良すぎます」


 センベイの言いたいことは理解できる。

「俺の身近に敵の間者が入り込んだというのですか?」


「昨晩の襲撃では、武僧とママル様が分断されました。屋敷内へ侵入もされました。ですが、警備体制に特段の不備はありません」


 敵が強くなっている。迷惑なことだが、それだけ戦争が帝国有利に働いているのだろう。


 警備方針をセンベイは確認する。

「街への人の流入を制限しますか?」


「いや、しなくていいです。経済は大事だし、その程度で防げる敵ではない」

「では、庄屋様の身辺の人物を洗い直しますか?」


 周りの人間を疑いたくはないが、ここで死ぬわけにはいかない。

「調査を始めれば敵もしばらくは大人しくなります。その間にこちらで防衛体制を整備しましょう」


 こうなってくると戦争が終結するのが先か、殺されるのが先かの戦いだ。

 山の民にも、極東の国にも大義はあるが、黙って殺される気はない。

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