第十三話 黒騎士
翌日、血相を変えたハルヒが屋敷に駆け込んできた。
「庄屋様、大変です。村の外に武装集団がきました」
「早い! もう反乱軍が来たのか」
ハルヒと共に村に設置されている物見櫓に行く。
物見櫓に登ると黒尽くめの集団が見えた。
不気味な怖さがあった。
決起した民兵ではなかった。数も二百と話より少ない。
近くにいた兵士に尋ねる。
「あれはいったいなんですか?」
兵士は苦い顔をして教えてくれた。
「傭兵でしょうね。どこの傭兵かわからないように装備を黒く塗っている」
戦争のプロがきた。数は少ないが相手がプロならまずい。
村が戦場になる。屋敷に戻るとカクメイが待っていた。
不安をぶつける。
「どうしましょう、相手は戦争のプロです」
カクメイは慌てていなかった。いつものように余裕すらある。
「戦争のプロといっても若輩者の鼻たれ小僧。ロシェや私の敵ではありません」
大した自信だ。だが、ゴブリンとはわけが違うぞ。
「敵は弱いのですか?」
「いいえ、弱くはないでしょう。だが、さして強くもない」
どっちなんだといいたい。だが、慌てる必要はなさそうだった。
カクメイが澄ました顔で告げる。
「ただ、相手にはウォー・ロードがいるでしょう」
ただでさえ強い黒騎士を強化するロード職が敵にいる。
なら、こちらが精鋭でも苦戦は必至。
「奴らの元に千名の加勢が加われば村は落ちますよ」
カクメイははっきりと断言した。
「落ちません」
「どうしてです?」
カクメイは知的に語る。
「ここは反乱軍の村に囲まれています。ですが、反乱軍の三方には駐屯軍が待機しています」
カクメイがテーブルに地図を広げた。
他の駐屯軍の位置を示して説明する。
「下手にこちらに兵力を集中すれば、反乱軍は村を失います」
「では、ここは安全なんですか」
カクメイは涼しい顔で言い切った。
「庄屋殿次第でしょうね」
「もっと詳しく教えてください」
「この村は反乱軍を内側から破る起点になりかねない。反乱軍にとって弱点なのです。だから、押さえるために黒騎士が来たのです」
段々と戦況が見えてきた。
「黒騎士は村を落とすためにきたわけではない?」
「できれば、制圧したいでしょう。ですが、敗北すれば計画は崩壊します」
ここが重要な場所なのは理解した。だが、本当に攻められないのだろうか。
「手が出せないのはこちらも同じですよ」
「事態が次の段階に進むまでは大きな動きはないでしょう」
僻地の村の反乱は第一歩に過ぎない。
領内で反乱が多発するのを待っている。
「反乱は成功しますか?」
「成功確率は一割程度でしょう」
一割でも帝国に大打撃を与えられるならやる価値があるのかもしれない。
だが、そんなのどうでもいい。帝国は安泰だった。だが、村は滅んだ。では、俺が困る。
「この村が滅びる確率はどれくらいですか?」
カクメイの顔に不安はない。
「私とロシェがいるのですよ。ゼロです」
なんともまあ心強いセリフだ。だが、本当なのだろうか。
カクメイは微笑む。
「安心して見ていなさい。見事この村を守ってご覧にいれましょう」
カクメイが帰った後にハルヒに頼む。
「お年寄りが動揺しないように支援を頼む」
ハルヒが夕方にやってくる。ハルヒは戸惑っていた。
「お年寄りに混乱はありませんでした。まるで、達観したようでした」
大戦で負けた時は動揺したが、今度はなしか。
遠くの大戦より隣の争いのほうが怖い。
まさか、老婆・ロードの能力が強化されたのか。ロードには士気向上能力がある。
精神を強化されたお年寄りから、余計な恐怖心が消えたな。
村人が怯えないなら、やりやすい。敵と対峙しても恐慌をきたして負ける展開はない。
俺がしっかりしていれば内部崩壊はなしか。
世話人たちの顔には不安の色があった。だが、世話人よりお年寄りの方が多い。
人間とは不思議なもの。心配しない大勢の人間に囲まれると安心感が出る。
一度、黒騎士が攻めてきた。ロシェはなんなくこれを撃退した。
黒騎士もすぐに撤退したので、双方に犠牲者はなし。
世話人はパニックになりかけたが、お年寄りは取り乱さなかった。
村にプレッシャーを掛けて、駐屯軍との引き離しを試みたか。無駄な策をする。
老婆・ロードの俺が村民を掌握している以上、心理作戦は通用しない。
翌日、さらに動きがあった。けたたましく銅鑼が鳴る。
なにごとかと思い屋敷の屋根に上って村の外を確認する。
黒騎士の中から馬に乗った一名が進み出る。
「我が名はレウス・バルカン。我を討ち取らんとする勇者はおらぬか」
一騎打ちか。こちらの強兵を殺して脅す気だな。
名乗りを挙げたのはロシェだった。
ロシェは防衛の要。討ち取られたら村が防衛できなくなる。
流石に肝を冷やした。
声を張ってロシェが叫ぶ。
「我が名はラージャ・ロシェ。若造には過ぎたる相手と知れ」
「ほざくな爺」
一騎打ちが開始される。キエルとの戦いを見ていたのでロシェが圧勝だと思った。
だが、バルカンは強かった。バルカンは怒涛の攻勢に出る。
あまりの攻撃の激しさに、不安で目を瞑りたくなった。
だが、しばらくしてわかる。ロシェは攻撃の全てを巧みに捌いていた。一撃ももらわない。技量はロシェが上だった。だが、バルカンには勢いがある。
両軍が固唾を飲んで見守る。
ユウトはロシェが負けるとは思わなかった。
黒騎士団もバルカンが負けると思っていなかったようだった。
人より先に馬が疲弊した。両雄が離れて馬を乗り替える。再び戦う。馬がまた疲弊する。
また、戦うが、馬が疲弊する。三回、馬を乗り替えると、バルカンが出てこなくなった。
ロシェが挑発する。
「どうした、若造。老人相手にもうへばったか。儂はまだやれるぞ」
女性の声だけが返って来る。
「こちらにはもう良い馬がない。貴公の勝ちだ」
馬がないは言い訳かもしれない。だが、傭兵と正規兵では馬に掛けられる金が違う。
現に駐屯軍の厩には良い馬が何頭もいる。
逃げたバルカンを馬鹿にすることもなくロシェは戻ってきた。
ねぎらいに出ると、ロシェは済まなさそうな顔で謝った。
「敵将を討ち取るチャンスだったのにしくじった。申し訳ない」
「ロシェ閣下は立派ですよ。でも、敵にあれほどの将がいるとは侮れませんね」
カクメイが来る。カクメイは残念そうだった。
「敵を討ち漏らすなんて、ロシェらしくもないわね。でも、これで向こうも力押しは危険とわかったはず。よしとしましょう」