第百二十七話 グレーター・デーモン 対 ジェネラル・レルフ (下)
悪魔は既に召喚されて下男に化けていた。村は知らない内に悪魔の手に落ちていた。
なぜ、レルフが悪魔の正体に気付いたのかはわからない。だが、思い起こせば、レルフは村で下男を見た時から態度が険しかった。
レルフは下男を怪しんでいた。確認のために先ほど金貨を投げてレルフは下男を試した。
悪魔は屈辱と思い金貨を拾わずに、操っている年寄役に拾わせようとしてボロを出した。
下男の足元にある金貨を主人が拾いはしない。
この時点で、バルカン、カフィア、ムン導師も、おかしいと疑ったのでレルフを咎めなかった。
「悪魔が出した酒を飲んでいたらどうなっていたかとゾッとする」
二百mほど首は飛行した。民家の煙突から首は室内に入った。
全員が民家の入口に到達した時には、民家の扉を壁ごと蹴破って悪魔が姿を現した。
悪魔は三mを越える大猿の姿をしていた。ただ、首から上がなく、代わりに胸に人の顔が浮かんでいた。顔は胸全体に広がるほど大きい。目は吊り上がり、口は裂けている。
レルフが一番に斬りかかる。悪魔は巨体にも関わらず、機敏に避けた。
悪魔を挟むようにカフィアとバルカンが斬りかかる。
バルカンの大剣を躱した悪魔だが、カフイアの剣は避けられない。
悪魔の体毛が千切れるが、血は流れない。
悪魔は鎧を着ていないが、体は下手な防具より硬い。
ユウトは敵の強さに呻いた。
「上級悪魔か!」
突如、悪魔が青い炎に包まれた。ムン導師の魔法だ。
「退魔の魔法ならいけるか?」
だが、ユウトの希望は虚しく砕かれる。悪魔は叫び声で炎を掻き消した。
「なんて厄介な奴だ。ムン導師の魔法に耐えた」
ユウトの腰には剣があるが、ユウトの技量では足手まといが確実だった。
悪魔の手から熊のような爪が生えた。爪は禍々しく黒光りしている。悪魔の爪は鉄でも切り裂きそうだった。レルフの鎧でも爪が当たれば裂ける気がした。
悪魔は素早く連続攻撃を仕掛ける。だが、レルフ、バルカン、カフィアには当たらない。
悪魔は的が絞れていない。誰か一人に集中しようとすると隙ができる。すると、他の二人から容赦のない攻撃がくる。即席とは思えない連携攻撃だ。
悪魔が弱いわけではない、三人が強くて悪魔でも倒しきれない。苛立った悪魔が叫んだ。猿の絶叫のような声が村に響く。
足音がする。村中から人が集まって来る。村人の瞳は虚ろで、明らかに操られていた。
村人を犠牲にしたくはないと、ユウトは焦った。
ムン導師が動いた。
「きえい!」と叫ぶとムン導師が走り村人に当身をする。当たった村人はバタバタと倒れる。ムン導師の動きはママルほど綺麗ではない。だが、体術が苦手でも武僧は武僧。
ゾンビのように精細を欠く村人では捕えきれない。でも、相手が多すぎる。
「いかんせん、数が多いから犠牲を覚悟しなければならないのか」
苦く思っていると、兵士がなだれ込んできた。兵士が村人を斬り捨てないかとヒヤリとする。こうなれば非戦闘員の犠牲は致し方ないのか、と歯噛みした。
兵士の手に握られた武器は棒、鞘、鍋、フライパンなどで殺すための武器ではなかった。刃物を防げてなおかつ、村人を殺さない配慮をしたものだ。
副官が笛を吹く。先ほどとは違う吹き方だった。兵士は悪魔に向かわず、村人の無力化に努める。推測だが、レルフの邪魔をせず、周りの敵を制圧するための命令が笛から出ている。
だらけていると不安だったが、兵士たちによる連携の訓練は行き届いていた。こうなると、ユウトはやることがない。
下手に奮起すれば完全なお荷物だ。皆の邪魔にならない位置にいるようにするだけで精一杯だった。
「本陣まで攻め込まれて乱戦になるとこんな状態だろうか」
集まって来る村人に兵士は対処できていた。村人が盾にされることもなく、人質にされることもない。悪魔も目の前の猛者三人を相手にしながらでは、村人を細やかに操れなかった。
「問題は悪魔を倒しきれるかどうかだな」
残念ながら一般兵では百人いても悪魔に勝てる見込みが薄い。悪魔は力の強さからスタミナも人間以上と考えられる。時間がかかれば勝敗は危うくなる。
勝てるかと、ユウトはまんじりともしない気分になる。
「信じるしかない。俺は逃げない」
村人をほぼ無力化した頃に動きがあった。悪魔の動きが悪くなりだした。また、傷も増えて血を流している。観察して理解した。悪魔への傷はほぼレルフの攻撃によるものだった。
「そうか! レルフの武器か」
レルフの武器は魔剣。敵の血を吸えば吸うほど、切れ味があがる。最初は小さな傷でも与え続ければ、どんどん魔剣は鋭さを増す。魔剣の力は相手が悪魔でも変わらない。
勝敗は見えた。この勝負は勝つ。だが、討てるかはわからない。悪魔は身体の一部を切り離せて飛ばせる。悪魔の負けが確定したら、空に逃げられるかもしれない。
ユウトはキリンに来てくれと祈った。キリンと心が繋がっている保証はない。されど、キリンはユウトの老婆ロードの力を高めてくれる。ならば、心の声が届くのではと願った。
視線を感じた。視線の先には屋根がある。見えないが屋根の影にキリンが隠れていると悟った。心が通じたのかわからないが、キリンは手を貸してくれる。
悪魔の体力が限界にきた。悪魔がのけ反って倒れる。倒れながら悪魔は口から黒い煙を大量に吐いた。煙は毒があるのか、非常に臭い。悪魔が毒煙に隠れて脱出する気だった。
ビカン、と大きな落雷がした。音のした方向を確認すると、燃える塊があった。塊はボロボロと崩れていくので、何かわからない。
推測だが悪魔が最後の力で切り離した心臓だと推測できた。毒煙のせいで出る涙と鼻水を拭う。毒煙が消えた。
顔の汚れを水筒の水で洗ったムン導師がやってくる。
「悪魔は退治できました。毒煙は弱い毒なので、顔を水洗いすれば充分でしょう。念のために村を見回ります。討ち残しがあったら危険ですからな」
「倒せたと、思いますが油断は禁物です。実は悪魔は二体いましたとかだったら作戦は失敗ですからね」
兵士の誰かと思う男が高揚した声を上げる。
「悪魔を倒したぞ。勝鬨を上げるぞ!」
途端にレルフの叱責が飛ぶ。
「まだ早い! 被害状況の報告をしろ、態勢を立て直せ、戦闘に備えろ。これで終わりと誰が決めた!」
古参の猛将であるレルフは気を抜かない。勝ったつもりで逆転された苦い経験があるのかもしれない。レルフの言葉を聞いて兵士たちは表情が引き締まった。
悪魔を倒した猛将の言葉は兵士の心をしっかりと捉えていた。
夕方にムン導師の報告をバルカン、カフィア、レルフと待つ。
ムン導師が穏やかな顔でやってくる。
「悪魔は退治されました。討ち漏らしはありません。また、他の悪魔もいません」
終わったと安堵すると、レルフが村にきて初めて穏やかな顔をして尋ねる。
「ムン導師、悪魔の召喚場所は特定できましたか?」
ムン導師の顔が曇る。
「村の外でしょうね。おそらくは山中でしょう」
カフィアは眉間に皺を寄せて感想を口にする。
「厄介な話だな。悪魔を召喚できる場所が山中にあるのなら、簡単に手は出せない」
バルカンも同意見だった。
「俺たちの村も注意をしたほうがいいな。北東の村と俺たちの東の村は徒歩で一日も離れていない」
レルフの威信を高める目的は達成できた。だが、山中で新たに悪魔が召喚できる場所が設営されたのは、由々しき問題だ。今回の件で理解した。こちらも警戒を怠れば、村の一つ二つは消える。
レルフが副官に素っ気なく命じる。
「祝勝会は認める。ただし、全員参加はダメだ。最低限の警戒を怠るな」
副官はホッとした顔で従った。