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第百二十二話 問題が止まらない(上)

 ミラが帰っていた後にリシュールを屋敷に呼んだ。

「いつもありがとうございます。街で問題は起きていませんか?」


 柔和な笑みを湛えつつリシュールは切り出した。

「役所は機能していますが、給与の件で不満を抱く者が出てきました」


 こっちも金の問題か。

「職員の給与を上げた場合、街の財政にどの程度に影響が出ますか?」

「ほとんど出ないでしょう」


 影響が出ないなら給与を上げてもいい。下手に汚職に走られたら面倒だ。


 ユウトが賃上げを覚悟すると、リシュールが言葉を続ける。

「庄屋殿が面倒みているのは街だけではございません。近隣の八村で働く役人と街の中で働く役人の間で格差が広がります。街の役人だけ給与を上げれば村の役人の間で不満が出るでしょう」


 栄える街と繁栄に取り残される地方か。村が寂れたら、食糧の供給が減って、インフレが進む。近隣経済の活性化をおろそかにするわけにはいかない。


 腰かけでやっている庄屋業ではない。十年、二十年先を見ないといけない。

「何か手はないですか?」


「村で働いている役人たちの給与を上げれば問題ないでしょう。村民と役人の収入の格差については問題ありません。開発した肥料による農作物の増産が村民の所得を上げます」


 それなら問題ない気もする。リシュールは何を気にしているのだろう? 


 ユウトが疑問に思うとリシュールは言葉を続ける。

「この地が潤うなら、他から流入する人間が増えるでしょう。現に戦争がなくなった地では人が増えて、働き手が余る問題がおきています」


 皆が豊かになる。それはこの東の地の話。他の場所から豊かさを求めて流れ込んだ時に、働き口があればいいが、なければデメリットだけが増える。


「東の地は広い。まだまだ開発の余地がある。開発をすればこの地にはまだ発展の余地がある。問題は水、か」


 リシュールが考察を述べる。

「争いが少なかった東の地が発展しなかった理由は水と気温です。何年おきに来る大寒波。乾季こそないものの、河川も少ないための水不足です」


 農業用水をすぐに確保するのは難しい。ならば、生活用水だけでもどうにかしたい。

「井戸を増やしてはダメでしょうか?」


「街の学者の話では地下水を汲み上げれば数年は問題ないでしょう。ですが、水需要の増加にはいずれ耐えられなくなります。そうすれば地下水が枯渇します」


「他に対策はありますか?」


 リシュールの顔が雲った。

「大規模土木作業で山脈を流れる水の流れを変え、人工河川を造成すれば可能ですが」


「山の民が絶対に妨害してくる。マオ帝国が山越えのルートを切り開くことはできても、山全体を支配下に治められるとは思えない」


 誰かを殺せば済む、金を準備すればいい、の問題ではない。

「街の役人の給与は上げましょう。肥料による増収を見越して村の役人の給与もあげましょう。水問題は解決できる人を探しましょう」


 問題の先送りは嫌いだが、まだ時間が残されているのなら後にしよう。


 今度はユウトから相談する。

「領主様の婚礼準備のための資金を集めるように命じられました。何かよい案はありませんか。増税以外の方法で、です」


 問題ないというようにリシュールが告げた。

「寄付金を集めるとよいでしょう」


 名前を変えただけの実質増税にしか思えなかった。


 ユウトの不満が顔に出たのかリシュールは説明する。

「ただお金を集めるのではありません。寄付者に特典を付けます」


 あまり良い案に思えなかった。ゴミのような特典ならもらった方も迷惑する。

「増税よりはいいかもしれませんが、特典を作れば金がかかるでしょう」


 しずしずとリシュールは説明する。

「この街は大きくなり富裕層が増えました。彼らはいま名声を欲しています」


 金持ちが名声を求める気持ちはわかる。ユウトの姉も嫁ぎ先は商家ではなく貴族だった。

「勲章や賞状を渡すのですか?」


「いいえ、富裕層には商標の独占と家紋の所有を認めます。また、有名な工房は認定して屋号の独占を認めます。まだ、名人薄碌を作り名跡として登録を許します」


 リシュールの案なら金が掛かっても微々たるもの。これで、更新料とかも徴収すれば増収になる。


 商家は領主の公認で信用を得て、職人は功績を認められ、品質の裏打ちになる。どれほど、お金が集まるかわからないが、やってみる価値はある。なにせ、それほど金がかからない。


「やりましょう。案の策定をお願いします」

 優秀な人材は雇っておくに限るだな。


 リシュールが帰ると、ママルがやってくる。ママルの顔は暗い。

「ダミーニが面会を求めて来ております」


 ダミーニにはフブキさんの元に預けた人材だ。ダナムさんの家に行った時にいなかったから、鍛錬に耐えられず逃げたかと思っていた。でも、逃げたのならここへは顔を出せない。


「気になりますね、会いましょう」

 ダミーニはボロボロだった。まるで災害からの逃げてきたかのようだ。


 嫌な予感がした。

「どうしました、その恰好?」


 悲痛な顔でダミーニが告げる。

「私を逃がすためにダナム様が亡くなりました」


 突然の訃報にユウトも驚いた。

「ダナムさんに何があったのですか?」


「旧友の危機と聞いてダナムさんが私を連れて助けに行ったのですが罠でした。私たちは待ち伏せに遭いました。ダナム様は私を逃がすために全身に矢を浴びました」


 ダナムの死は確実に思えたが、死体を確認するまでは認めたくなかった。

「死んだのは確認されたのですか?」


「いいえ、ですがあの状態では生きていないと思われます」


 確認に行きたいと思って立ち上がると、ママルが厳しく諫めた。

「行ってはなりません僧正様。ここで急げば敵のさらなる罠に嵌りますぞ」


 ママルの指摘はもっともだった。だが、黙ってはいられない。

 ダナムとレルフは同期の仲間。駐屯軍に助けに行ってもらうか。


 ダミーニを屋敷で待たせて、ユウトが兵舎に行く。だが、こういう時に限ってレルフはいなかった。司令官の代理に会って頼む。司令官代理はユウトが知らない男だった。


「ダナムさんが襲われました。助けを出してください」


 司令官代理は素っ気なく断った。

「駐屯兵を動かすには司令部の命令が必要です。一民間人のために軍を動かすわけにはいきません」


 もっともな言葉ではあるが、もう少し融通を利かせてくれても良いと苦く思う。司令官代理は頑固な男に思えたので、議論するだけ時間の無駄だと悟った。


 ユウトは兵舎を出ると、怒鳴り声が聞こえた。聞き覚えのある声だったので、声のする方に行く。兵舎の扉を蹴って出てくるマリクが見えた。


 マリクは捨て台詞を吐くが、ユウトの知らない言葉なので意味がわからない。

 語感とマリクの顔からかなりの怒りが見えた。


 マリクの周りに二十人の兵士が集まる。肌の色と髪の色からマリクが祖国から連れて来た兵士だとわかった。


 マリクは部下に囲まれて苦しそうな顔をしていた。マリクがユウトと目が合うと、近づいてくる。怒れるマリクなんて普段では付き合いたくない。だが、今回は別だ。マリクが助けになるかもしれない。

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