第十二話 マオ帝国
国内にお触れが出た。ユウトの国を併合した隣国はマオ帝国と名前を変えた。つい数年前までは人口が多いだけの南方の貧乏国家だった。だが、ユウトの国を併合した後は北へ西へと戦争を仕掛けて版図を拡げていた。
幸い、ユウトの村はマオ帝国から見れば東端。
東には険しい山脈があり、村はコの字型に囲われている。
山脈の向こうには異種族の大国家がある。だが、山脈は過酷な環境かつ強いモンスターも多い。ユウトの村から東に向かい、山脈を超える大規模な軍事行動を起こすのは無謀。ユウトの村が戦場になる可能性が薄かった。
だが、まるっきり戦争と無縁ではない。課税はあるし、徴兵もある。また、マオ帝国は入植を進めている。村によっては、古くからいる旧住民と南方人との間で争いが起きていた。
南方からの商人が村にやってきた。南方からの輸入品といえば、塩と香辛料だ。
この村まで南方系の商人が来るのは珍しかった。
情報がほしいので家に招いて接待する。
白髭の商人はナガミと名乗った。
ナガミが愛想よく尋ねる。
「庄屋殿、景気はどうですか?」
「まあまあですね。税収は少ないですが軍が落としてくれる金が大きいです」
ナガミが炙った山羊肉を口にして質問する。
「料理が美味しいですね。農産物は自前ですか?」
「地産地消です。畑は小さいですが、村で消費するぶんは賄えています」
「ここいらは安全ですか?」
ユウトはナガミとの会話に疑問を抱いた。
経済状態、食糧自給率、治安、旅商人なら興味を持っても当然。
旅商人なら情報は金に等しい。事前に情報を仕入れてから来るはず。
確認しているのかもしれないが、ナガミは現状を気にし過ぎだ。
ナガミが気にすべきは次に行く村の情報ではないか。
「駐屯軍はどうですか? 何か問題を起こしていませんか」
旅商人とは違うな。こいつ、スパイか。
「問題はありませんね。ところで、隣村には商売に行きましたか?」
「まだですね」と素っ気ない回答があった。
回る経路がおかしい。こいつ、隣村には商売で寄っていないな。
やはり、敵国のスパイか。思い直す。
前線から遠く離れた僻地にスパイを送っても意味がない。
領主の命を受けて極秘に監査にきたか。いや、違うな。
監査ならエリナが来るはず。とすると、総督による領内の内偵調査か。
話を合わせながら世間話をする。
ナガミは統治に関係する情報を知りたがった。
まあいいか、聞かれて困る話もない。
ユウトは、多少、都合よく村の内情を伝えた。
ナガミは翌日、兵舎に寄ってから村を出た。
翌日、アメイが村を訪れた。アメイは肩まで伸ばした黒髪を後ろで縛っている。
すらりとした長身の女性だった。目は切れ長でちょっとキツイ印象を受ける。
アメイが澄ました顔で訊く。
「庄屋殿。ナガミに何を話しました」
「村の内情だよ。国の内偵調査だと思ったから良い内容だけ話した」
アメイは褒めた。
「庄屋殿の判断は正しい。ナガミは国内を回って問題を総督に報告する密偵です」
この村は大きな問題を抱えていないから、調査されてもいいんだけどね。
アメイの顔が曇る。
「国の密偵が来る時は問題の火種があるケースが多い。この地は荒れるかもしれません」
気分が暗くなる。
「何が起きるんですか」
「他の村の統治が上手くいっていません。この地域で一揆の機運が高まっています。」
「またか!」
苦労して村を運営しても、周りがパルチザン祭りになっては目が当てられない。
アメイは表情を曇らせて言葉を続ける。
「総督は武力で鎮圧する気です。すでに他の三か所の村に兵を駐屯させています」
「村人が兵を見て思いとどまってくれるといいんだけどな」
アメイはしっかりとユウトの目を見て釘を刺す。
「立ち上がる者には、立ち上がる者の事情があります。ただ、庄屋殿は絶対に一揆に参加してはいけません」
「ロシェ閣下と敵対する気もなければ、カクメイさんを困らせる気もないよ」
三日後ドリューがやってきた。ドリューは少し痩せていた。
アメイの話を聞いたあとなので、良くない話だと思った。
「久しぶりですね。昼食でも一緒にどうです?」
ドリューは暗い顔で否定した。
「結構です。それより内密に話がしたい」
これ、一揆への誘いだな。用件は推測できたが念のために訊く。
人払いをして、二人っきりになる。
「ユウトさんは今の総督をどう思います?」
「戦争に負けたんです。いたしかたなしです、大事なのは村民の生活です」
ドリューは怒った顔で持論を述べる。
「ユウトさんの考え方は間違っている。我々はいまこそ団結して戦うべきだ」
「ドリューさんの考えは、庄屋としての考えですか」
自嘲気味にドリューは笑う。
「いまは百姓代ですがね」
二階級の降格か。ドリューの家は代々庄屋だったから、領主を恨んでいるな。
ドリューは言葉を続ける。
「ですが、私の意見は村の総意です」
危ういな。ドリューの村にも入植は進んでいる。
村の何割かは新たにやってきた南方人だ。南方人はきっと考え方が違う。
違う意見を排除して旧住民の意見を総意とする考えは危険だ。
「一揆には賛同できません」
ドリューは目を暗く光らせて脅した。
「いいんですか? 近隣十二村のうち一揆に参加しない村はユウトさんの村だけですよ」
ドリューの言葉は嘘かもしれないが、鬼気迫るものがあった。
気迫にたじろいだが、言い負けるわけにはいかない。
決断には勇気が必要だったが言い返す。
「俺の村は俺が守る」
ドリューの顔に怒りが滲む。
殴られるかと思っていると表情が変わり、不気味に笑い出した。
「どうなっても知りませんよ」
ドリューは帰って行った。冷や汗が滲む。
七日後、ロシェがやって来る。ロシェは怖い顔をしていた。
「近隣の十一村で同時に一揆が起きた。この村は現在、反乱軍の真ん中にある」
ドリューの言葉は本当だった。まずいぞ、村は戦争と無縁の地帯にある。
敵に包囲される事態は想定していない。果たして守り切れるのか。
「援軍はいつくるのです」
「早くて三十日。じゃが、村々を鎮圧して進むならここに来るまで六十日かかる」
畑には野菜が実り、蔵には穀物の備蓄がある。兵糧切れで負ける展開はない。
ざっと計算する。近隣十一村の人口は八千名。その内、七千名が旧住民。
女性、子供、老人を除くと、戦争に参加できる男性は二千名。
全員が参加するとは思えない。でも、千名はいる。
対するこちらは二百名。戦力差は五倍。
こちらから討って出れば、村の防備はおろそかになる。
ここは村に駐屯してもらい外からの援軍を待つか。