第百十九話 魔女と竜士
銀山にはチャドとチョモ爺を向かわせたい。チョモ爺に全力を出してもらうためにはキリンの旗を持たせるか、ユウトが同行しなければいけない。旗はまだ一本しかない。
ウインの元に遣いを出した。
旗の作成状況を聞きにやらせると、ウインが直接やってきた。会うなりウインは謝った。
「申し訳ございません。問題が発生しました。二本目の旗は完成して、三本目の旗を作成しました。三本目が起動すると、一本目の効力が消えました」
旗を複数作って各村に設置する計画が頓挫した。
旗が八本有っても同時に八本が起動できないのなら、意味がない。
畏まってウインが弁解した。
「想定外の事態であり、対処法はおろか原因すらわからない状態です」
まずいではないか。これでは老婆・ロードの力の範囲を拡げて防衛網を築く計画が頓挫する。
対応策をウインが相談してきた。
「まず旗の効力を消えた原因がわかるまで、旗の増産は中止します。原因の究明ですが、これは私一人では無理です。街から人を呼んでもよいでしょうか?」
これは困った。キリンの旗の作成と老婆・ロードの能力は秘匿したい。
秘密を知る人間が増えれば増えるほど、情報が洩れる危険性が上がっていく。
「どうする?」ここを間違えれば危険だ。秘密保持に拘れば旗の量産ができない。
かといって、情報が洩れれば、街の防衛の急所がキリンとユウトだと知られる。
マオ帝国も成果を献上しろと命令してくる可能性も高い。
「手を借りる人間は二人だけとしてください。それも現役を退いた人です」
ユウトの言葉を聞いてウインの顔が青ざめる。
「秘密がばれれば三人揃って処刑ですか」
「失礼な、俺はそこまで鬼ではないですよ」
ウインの顔はユウトの言葉を疑っていた。
このままだと疑心暗鬼からの反乱がありそうなので、予防しておく。
「俺が信用できないなら信用しなくてもいいです。でも、キリンがそんな非道な人間の傍にいつまでもいますか? キリンの専門家ならわかるでしょう」
「そう指摘されれば、そうですね」とウインは納得した。
キリンの専門家としての知識がウインの疑念を晴らした。長年の研究結果が嘘でした、とはウインが認めたくない表れである。
ウインは帰った。防衛計画の遅れは痛いが仕方ない。銀山にはユウトも行く必要ができた。効果がある旗を預けて壊された、ではまずます厳しい。
チョモ爺の家に行くと、チョモ爺は留守だった。
代わりにチョモ爺が雇った女中さんが出てきた。
「旦那様は息子のチャド様といっしょに御友人の葬儀に行ってますだ。あと三、四日は帰らねえ」
高齢者ならではの欠点が出た。同じくらいの年代の友人が多いなら、葬儀が頻繁にある。
チョモ爺が帰ってくる頃にはチョモ爺に老婆・ロードの効果が切れている。
長旅になっているのなら、休息も必要だ。
ミラが近いうちに来るのなら、銀山の問題は早急に対処したい。
屋敷に戻るとハルヒがやってくる。
「ご相談があります。オオバさんが街で魔女の護符なる怪しい品を売って苦情が出ています。本人は御利益があると言い張るのですが、購入した人々が騙されたと騒いでいます」
「もしかして、オオバさんはお金に困っているんですか?」
沈んだ表情でハルヒはこくりと頷いた。
「物価高により貯えの減りが早いと嘆いていました。このままでは寿命より先に金欠で死ぬと」
魔女のオオバは才能があるだけに放置すると危険だ。
「オオバさんを呼んでください。仕事を斡旋します」
「実はもう来ています」
やけに準備がいいなと思った。ハルヒがオオバを連れてやってきた。
不気味な表情をオオバは浮かべた。
「庄屋殿、何かお困りがあるでしょう。金さえ出せば儂がすぐに解決してやろう」
オオバの言葉には自信が滲んでいた。魔女のオオバなら山の民を見ても『モンスターだ』だ『敵だ』と騒ぐまい。ならば、オオバを使って解決するか。
「銀山で問題が起きています。解決に力を貸してください」
「ああ、そっちか」といささかオオバが拍子抜けした顔で呟く。
気になる言い方だ。もしかして俺が知らないところで別の問題が起きているのか?
「そっちか、とはどういう意味ですか?」
「いやそんなことは言うとらんよ」オオバはすっとぼけた。
怪しいこと限りなしだが、ユウトを騙して金を儲けようとの魂胆かもしれないので、深くは聞かない。誇張されない情報がほしいならアメイに頼ったほうがよい。
オオバが報酬金額を提示した。オオバ一人分払う額で、冒険者が十人雇える金額だった。吹っ掛けてきたなと思うが、澄まし顔を心掛ける。
「それは高すぎますね」
「高くはないよ。こちらの要求額を払って、銀山まで竜で運んでくれるなら今日中に解決してあげよう」
特急解決料金と考えれば高くはない。不安もあるのでユウトは試した。
「今日中に解決できたら、要求額をお支払いします。出来なければ支払いはなしでいいですか?」
不安があればオオバが条件変更を言ってくるはず。だが、オオバは軽い調子で了承した。
「いいよ。できるからね」
かなりの自信だ。
「用意するのは竜だけでいいですか? 他に人を連れて行かなくてもいいですか」
意気揚々とオオバは語る。
「他人に出す金があるなら、儂におくれよ」
自信過剰な気もするが、信じてみるか。とはいえ、万一を想定する。
竜舎に行って、コタロウを呼ぶ。
「銀山まで遠出する必要がでました。氷竜を出せますか」
乗用に訓練された飛竜は気性が大人しい。戦闘には不向きであり、貸してくれる業者も嫌がる。だが、竜舎の氷竜は専門家が戦闘もできるように育成してある。
氷竜が使えるのなら、戦力になる。
コタロウは竜舎にユウトを連れて行った。竜は少し見ない間に成長していた。
素人が見てもわかる。顔つきも穏やかなものから凛々しい物に変化してきている。
コタロウは竜を撫でながら語る。
「若竜になったので、戦場へも連れて行けるでしょう。ただ、この度の遠征には儂ではなく、コジロウをお連れください」
コタロウは若いコジロウに経験を積ませたいのか。
今回は敵の正体が不明なので経験で勝るコタロウで行きたかった。
若竜と若い竜士のコジロウか、少し不安でもある。
でも、コジロウも育てておかないと、コタロウが寿命で死んだら後が続かない。
「コジロウさんに頼みます」
氷竜に乗った竜士コジロウと魔女のオオバの組み合わせなら、全滅はない。
氷竜で飛び立つ時にはオオバは酒臭かった。なんの酒かは知らないが、安い酒なのか腐敗臭と酸っぱい匂いがする。
オオバは酔っていないので、氷竜の上で一杯やるつもりで持ち込んだか。
こんなの良く飲むなと思うが注意はしない。酒で失敗する魔女なんて聞いた覚えがない。されど、用心はしたい。万全を期すためにユウトもキリンに乗って出撃した。