第百十七話 課題続出
神前試合の結果が出たので、サモンとウンカイをその場に読んで確認する。
「引き続きアモン様の捜索はこちらでします。ウンカイ様には二年間、暫定大僧正をお願いしますがいいですね」
「結果が出たので従います」と畏まってサモンは頭を下げる。
落ち着き払った態度でウンカイも認めた。
「大僧正代行の件はしかと了承しました。二年間、天哲教をより世に広めるための下準備として尽力しましょう。二年後にはまた三派揃ってお話しましょう」
天徳派と地徳派との落としどころが見つかりホッとした。問題の先送りかもしれないが、無理に決めて争うよりはいい。
ユウトはリーを呼ぶ。リーを先頭に高僧が進み出る。
「実務については高僧にお任せします。天徳派、地徳派と手を取り合って進めてください」
「僧正様の決定に高僧一同、異議はございません」
控えめな態度でリーは了承した。表立っての場なので、ユウトを立てたのもある。
事前にリーたちに話をしておかなくても苦情が出ない。この流れは、既にウンカイが人徳派の高僧たちに工作を仕掛けていたためとみえる。
議論が決着したので着替えて、懇親会に向かおうとする。
ママルが部屋に入ってきてしずしずと語る。
「サモン様からの申し出がありました。修行の身ゆえ華美な宴席は身に余るとのことです。天徳派の方々が実務者のみお残してお帰りになられるそうです」
会談後の宴席を断るのだから天徳派はやはり地徳派と席を同じにしたくないか。
「もう一度だけ勧めてください、それでも、辞退されるようなら、引き留めは不要です。土産の品を持たせてお見送りください」
嫌いな者同士で食事会をしてもどちらも居心地が悪い。
ならば、形だけ引き留めた上でお帰りになってもらったほうがよい。
「宴席のメニューの変更をお願いします。料理は豪華にしてください」
宴席の料理は清貧を重んじる天徳派にも配慮していた。天徳派が来ないのなら、地徳派に合わせたほうが良い。人徳派のお疲れ会的な要素もある。
急なメニュー変更に料理人を困らせるが、対処してほしい。
天徳派と地徳派の関係が悪い以上、人徳派が両方を繋ぐ必要がある。
天徳派が出ない宴席は賑やかに行われた。地徳派の僧と人徳派の僧は歓談し料理を楽しむ。あまりに酒が早く無くなっていくので、ユウトは誰かが酒で失敗しないか冷や冷やした。
にこにこしてウンカイが話しかけてくる。
ウンカイはかなり飲んでいるはずだが、ほろ酔い状態なので酒豪だった。
「この度の会談の運営、まことにご苦労様です」
「こちらこそウンカイ様を大僧正にしたかったのに申し訳ない」
「天徳派が会談から逃げ出さなかっただけ良しとしましょう」
やっぱりちょっと酔っているな。本音がチラリと覗いている。
「ところでユウト様、人徳派の秘伝とはどのようなものですか?」
寄ってきた理由はこれか。三つ修得せねば、真の大僧正になれない。
ウンカイは名実ともに天哲教を掌握する気だ。
「人の秘伝は未来を知る技です。大僧正が正式に決まったなら伝授します」
嘘を吐いてもよかったが、ウンカイと騙し合いをすると疲れそうなので正直に話した。また、ある程度は腹を割って話さねば信頼も得られない。
柔和な笑みを浮かべてウンカイは頷く。
「素晴らしいですな。情報は時にどんな武力や財力より有効ですからな」
なんか豪商のロックみたいだなとユウトは苦く思った。
僧侶が武力や財力を求めてはいけない気がする。
気をよくしたのかウンカイは膝を崩した。
「地徳派の秘伝は空と大地を知る秘伝。これがあれば、土地は豊かになり、信徒の生活は安定します。生活も豊かになる」
地徳派の秘伝は欲しいな、と思ったが顔には出さないように努力する。欲しがれば欲しがるほど、逃げていくものもある。それにそう簡単にウンカイは秘伝を伝授してはくれまい。
ユウトは本心を隠すために話題をそらす。
「素晴らしい秘伝ですね。それで天徳派の秘伝は御存知ですか?」
ウンカイの顔がちょっと曇る。
「天徳派の秘伝は人を活かし、また殺す技ですね。三派の中でもっとも古くあり混迷の時代より伝わる技。武僧の発祥地より生まれた宗派ですから無理もなしですね」
天徳派の秘伝は殺人術なのか? 戦乱の世の中ならわからなくもないな。天徳派の本山は武の聖地か、だから武術に自信があった。サモンはママルに挑んだのかもしれない。
ウンカイの隣に僧がやってきて、空の杯に酒を注ぐ。ウンカイは酒を飲み語る。
「三派の秘伝が揃う時、真理の扉が開くといいます。私は真理の扉の向こうにいる超越者に会ってみたい」
そんなのがいるんだ、とユウトは感心した。
宗教的な話なのでどこまで本当かは知らないが、興味がある。
「どんな方なんでしょうね?」
「一時期、教団の目を使って調べました。名前はアイン、始まりの者と呼ばれています。この地ではオーバー・ロードとして伝承がありますな」
天哲教とオーバー・ロードが繋がっている? これは偶然なのか?
宴会が終わり、翌日から片付けが始まる。ユウトはウンカイを送り出すと、業務に戻った。執務室に戻ると、サイメイがやってくる。
「庄屋様、お疲れのところすいませんが、問題が三つ発生しています」
本当に退屈しない場所になったな、とユウトは愚痴を言いたかった。
すらすらとサイメイが教えてくれた。
「銀山から連絡が途絶えました。連絡が遅れているだけかもしれないですが、注意が必要です」
「今の状況で銀山が潰れると街の財政が傾く。冒険者を雇って派遣しよう。あと二つは?」
「南東の村に造る湯地場で資材が大規模に盗まれたとの報告があります」
建築資材なんて盗んで売るには足が着きやすい。それを大量に盗んで足が着かないとなると、山の民の仕業か。村の防御を弱める、山の中で砦を築く、どちらにしても放置すれば村に災いとなって降りかかる。
「こちらはフブキさんとダナムさんを派遣しよう。軍事的視点が必要になるかもしれない。それで最後の一つはなに?」
「筆頭代官のミラ様が北西の村に到着しました。来訪の予定を事前に聞いてないので抜き打ち監査かもしれません」
本当にミラは金が溜まり出すとやって来るよな。
徴税する側の人間としては優秀だけど、される側にしたら困ったものだ。
「リシュールさんなら問題なくやり過ごすだろうから、任せよう」
ここでサイメイの顔が不機嫌になった。
「ただ気になることが一つ、ミラ様はマナディの使者と北西の村で面会しています」
「偶然にしては嫌なタイミングだな。マナディ侯爵とミラが結託して嫌がらせしてくるのか? とするならただの監査では済まないかもしれん」
マナディ侯爵はは大貴族だから持ち込む問題によっては被害が大きい。かといって、サイメイを切れば街の運営が困る。金は知恵を絞ればどうにかなる。だが、若くて優秀な人材はそう簡単には手に入らない。