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第百十話 取引

 翌日、ユウトはフブキを呼ぶと人払いをする。二人きりになったところで切り出した。

「蝿が媒介する病気で街が攻撃される予兆があります。これを防ぎたい」


 ユウトの言葉にフブキは表情を曇らせた。

「相手が蝿では剣も魔法も大して役に立たないでしょう」


「そこでです。ハーメルを動かして蝙蝠により蝿を駆除します。次から次へと生まれる蝿を毎夜、蝙蝠に捕食させるんです」


 フブキの表情が暗くなる。明らかに反対の顔だ。

「止めましょう。バンパイア・ロードなら蝙蝠を自由に使役できる。だが、ハーメルの眷属が街に入ればハーメルはきっと悪巧みをする」


 当然の心配だが、黙ってやられる気はない。

「ハーメルが街に害をなす時がきたらハーメルを始末します」


 ある程度は目を瞑るが、許容範囲を超えたらハーメルを討つ。

 フブキはユウトの言葉に不快感を示した。


「利用するだけ利用して、用が済めば切り捨てですか?」

「ハーメルが人間を餌程度にしか思っていないのであれば、こちらも便利な道具として使うだけです」


 ハーメルとは友だちにはなれない。だが、利用し利用される関係は成り立つとの算段だった。

「庄屋様は思っていたより悪人ですね」


「善行で街が守れるのなら俺は聖人になりましょう。悪が街を救うのなら、俺は悪人にもなります」

 ここは平和な田舎町ではない。前線が近い係争地である。


 フブキは厳しい顔で忠告した。

「政治家や官僚にも似たようなセリフを吐く人間はいました。お止めなさい。誰もが最後は欲に飲みこまれるのです」


 フブキの言葉は理解できる。悪の道に走るのは容易く。一度、走り出したら自分では止められない。悪になれば裁かれると覚悟している。


「俺が害悪となった時は、アメイ、サイメイと謀って俺を亡き者にしたらいい。俺が万人に害をなす悪となったらアメイもサイメイも協力してくれるはずです」


 ユウトにしたら決意表明をしたのだが、フブキには響いた様子がなかった。


 フブキの顔は渋いままだ。

「御立派な言葉ですね。人間とは変わるもの。庄屋様はまだ若い。身を持ち崩すには充分な時間がある。その間に人は去っていくのです」


「なら、フブキさんが傍にいる間は俺を見張れば良い」

「年齢からいえば庄屋様より私が先に寿命が来ます。私が亡き後は誰が庄屋様の悪行を監視するのです?」


「人材育成を頼んでいるでしょう。俺が道を間違えた時には後継者に俺を殺せと教えておけばよい。フブキさんの後に来る人間には実力のほかに志も持たせてほしい」


 どこまでもフブキは懐疑的だった。

「なんかいう事が立派過ぎて、怪しいですね。私も半世紀以上生きているので、信頼できない人間を山ほど見てきました。庄屋様もそんな一人に見えますよ」


 フブキは上と衝突しながらも尽くしてきた軍を最後に追い出された。フブキは人間不信になっているのではないかと思うほど、信用してくれない。でも、簡単に全てを信用してきたのならフブキはもう生きていなかったかもしれないので、無理もない話だ。


「俺の心の内は話しました。これ以上の議論はしません。ハーメルとの会談の手筈を整えてください」


「山賊崩れを買収して敵の兵糧倉になっている村を襲わせる作戦のようでいい気がしないですね」

 他に名案もない。ここは思った通りにやる。ユウトは強く推した。

「これは決定です。従ってください」


 やっとフブキは折れた。

「そこまでおっしゃるならやりますが、酷い結果になったら私は庄屋様の元を去るでしょう」


 決断は俺の仕事、反対されてもやる時はやらねばならない。ハーメルとの会談がいつになるかわからないが、上手く行けば極東の国の策を潰せる。


 ハーメルがどう動くかはわからない。だが、ハーメルの動きがわからないのは極東の国も一緒。であればこその対策だった。


 フブキは翌日にダミーニを連れて冒険者を雇って街を出た。フブキを送り出して館に帰るとママルが待っていた。


「僧正様、三僧正会談の日程と場所が決まりました。二週間後にこの街で会談が行われます。議題は大僧正の空位についてです」


 日程に余裕がない。開催場所と日時を決めるだけでも難航したか、なおかつ、喫緊の課題だから放置もできないか。宗教からは身を置いていたが、大僧正が長期の間いないのは異例なのかもしれない。


「日取りは良いのですが、場所はこの街でいいのですか?」

「最初は三派のどこかの本山で行いたかったのですが、調整できませんでした。それで、どの宗派の本山でもなく、キリンが降り立ったこの地の寺と決まりました」


 知らないところで駆け引きが続いていたのか。大僧正が誰に決まってもよい身としてはどうでもよい。今のところはウンカイを大僧正に推すと決めているので、問題もない。


 街の寺は人徳派建立の寺だが、寺に来る武僧は隠居同然の身であれば、天徳派も地徳派も関係なく受け入れているので、会談場としては都合が良かったと見える。


「宗教的な儀礼はわかりません。準備をお願いします」

「服装はどうしますか? 本山から仕立て屋を呼びますか?」


 公式な場だから僧服が必要なのか。でも、服なら以前にウンカイが贈ってきた服がある。「新調はしなくていいですよ。前にウンカイ様から貰ったのがあります」


「よろしいのですか?」とママルが確認してくる。


 会談にウンカイの贈ってきた服を着て出れば、ウンカイの支持を表明していると見られるからの確認か。問題ない。今のところはウンカイ支持でいく。だが、ウンカイがとんでもない俗物なら会談で態度を変える必要も出てくるかもしれない。あまりに、低俗な人間を選ぶと信者に申し訳がない。


「汚れたら困るのでもう一着用意してください。時間がないので新調はしなくてよいです。ある服でサイズを直して来ましょう。物は大事にしたい」


「畏まりました」とユウトの言葉を聞きママルは穏やかな顔で答える。色々と忙しいなと思うとコジロウが面会を求めてやってきた。


「庄屋様、氷竜の飛行訓練をしていたのですが、山の上空で竜を遠目に見ました。竜を操る装具を付けていたので山の民の竜士が乗っていたと見て違いありません」


 空からの偵察任務だけなら良いが、空襲の準備だとすると心配だ。夏は戦の季節なので街も警戒していないと痛い目をみる。


「わかった。レルフ中将に使いを出して教えておくとしよう」

 いつになっても楽をさせてくれない街だが、手をこまねくのならすぐにやられる。

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