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第百七話 黄金の双輪

 密貿易の第一陣となる米を積んだ荷馬車が街から出て行った。ユウトは遠目に見送っているとロックがやってくる。ロックが軽くお辞儀をして告げる。

「米の値段が不自然に上がり始めました。原因は南からの物流の滞りによる品薄です」


 マナディが動いたか。米の在庫はまだ充分にある。だが、値上がりが始まると買い貯めや、買い占めに走る者が出る。さらに流通量が減れば値段が上がっていく。秋の収穫期に小麦が不作になれば食料品の価格が上がる。


「穀物や豆の在庫は大丈夫ですか? 街の人の不満は抑えたい」

「小麦、麦、ライムギ、豆類位は充分な在庫があります。小麦とライムギは北の地からの流通経路が確立できたので飢える状況にはないでしょう」


 ここまでは問題なしか。南方や西方出身者には申し訳ないが、主食を飯からパンに代えてもらおう。軍部がどう言ってくるかわからないが、飢えさせなければ圧力はかわせる。


 軍人が大好きな安い酒は麦から作る。酒が切れる心配もない。

 ロックの顔が少しばかり曇る。


「ただ、問題もあります。塩は充分な量を確保したのですが、誰かが香辛料と砂糖で儲けようとしています」


 マナディと街の貿易戦争を見越して誰かが動いたか。利に目敏い商人とはどこにでもいる。砂糖と香辛料はなくても困らない。付近の村では食生活を改善して、食文化が発展している。砂糖や香辛料が品薄だと、不満が徐々に出てくる。


 東の地では砂糖と香辛料は完全に輸入に頼っていた。

「対策はありますか?」

「西の地より調達を考えていますが、マナディ候の手が回っています」


 マナディ、侮り難しだな。

「西の地は完全に抑えられていないので、西の地の商人たちは忙しく動いています。今回の流通の偏りを商機と見ているので、マナディ候の包囲網の完成にはまだ時間がかかるでしょう」


 ここらへんの読み合いや、相場観はロックに任せよう。

「他に問題はありますか?」


「気になる動きが他にもあります。昨年の末から鶏と卵の価格が高止まりしたまま値が元に戻りません」


 街の鶏が病気で死んでいた件か。近隣の村から家畜業者が運んでいたので、鶏肉も卵も供給は途切れていない。だが、回復しないのなら、やはり街で鶏は育たなくなったのか。

「他にも問題があります。街の西にある馬産地の村で馬の病気が流行っています」


 これは初耳だ。この東の地はまだ馬による物流が多い。馬がいなくなれば、物資が運べない。戦争が激化した時に後方から前線に物が送れなくなれば軍事作戦に影響する。下手をすればマオ帝国軍が押し返され、前線が街側に移動してくる。


 当然、領主様からは『どうにかしろ』と発破がかかる。馬の病気の原因を究明して対策を立てないと、まずい。


 館に帰るとサイメイを呼ぶ。

「馬産地で異変が起きていると聞きました。対策を立ててください」


「街にいる獣医と薬師を派遣しましょう。こんなこともあろうかと、リストは作ってあるので、予算さえ付けてくれれば、可能です」


 馬産地になっているのは西北と西南の二箇所。獣医の派遣に金がかかるといってもたいした額ではない。それより、物流を支える馬がばたばたと倒れるほうが痛い。


「金は出します。すぐに対策を取ってください。病気が拡がる前に止めるんです」

「善処します。あと、町外れの肥料工房がおおかた完成しました。視察をお願いします」


 肥料工房が完成したか、もう少し早く完成してくれれば収穫量の増加に期待ができた。でも、何事にも遅れは付き物。無理に急がせて変なものを作られてはかなわない。


 翌日、サジをお供に肥料工房の視察に行く。肥料工房は下水道の出口にもなっているので酷く臭うと覚悟した。悪臭はするが、思ったより酷くはない。工房長のパパルが出迎えてくれた。パパルは作業着を着て茶色のブーツを履いている。パパルは機嫌よく出迎えてくれた。


「庄屋様、視察ありがとうございます。ここでは、屎尿より有機肥料を、空気より無機肥料を作成しております」


 懐疑的な顔をしてサジがユウトに訊く。

「有機肥料はわかりますが、空気から肥料なんてできるんですか?」


 疑問はわかるが、説明はしづらい。

「できるんだから、できるんだよ」と答えにならない答えを返す。

「まずは、有機肥料作成場所をご覧ください」


 移動すると、マスクをした人間が池のような大きな肥溜めから、溜まっている屎尿を組み上げていた。近づくとさすがに悪臭が酷い。見ているだけで具合が悪くなりそうだ。蝿もぶんぶんと飛んでいる。だが、作業員は黙々と作業をしている。


 パパルが解説する。

「下水道の行きつく先は汚水層です。汚水槽で一次発酵をさせています。一次発酵をさせた屎尿を池に溜め、二次発酵の穴に入れて、処理を進めます。臭いが無くなるころに有機肥料は完成します」


 サジが顔を歪めてハンカチで鼻と口を抑えていた。

「酷い匂いですね」


 パパルは慣れているのか笑う。

「川に流したり地面に撒いたりするよりはりはずっと有用です。あと、一次発酵させているのでこれでも臭いは随分とマシです」


 街の外れなので苦情は出ないが。もっと街が大きくなったらと思うと考えものだった。環境問題は人が増えればどこまでも追加の対策をしていかねばならない。


 黙々と働く、労働者が気になった。見ればまだ小さい子供もいる。

「あの人たちはどういう身分の人ですか?」


 ちょっとばかり苦い顔をパパルがする。

「普通の場所ではまともな給与を貰えない、訳アリのひとですよ」


 マオ帝国には旧王国より厳しい身分制があると聞く。旧王国領であった東の地ではあまり大きな問題を抱えていないが、これからを考えると法制度に手を入れる必要がある。こちらは領主への陳情となるので、権力者に良い顔をしなければいけない。


 劣悪な環境で働かされる人たちの生活が気になった、

「給与はいかほどですか?」


 パパルが教えてくれた額は低かった。安い上に、きつい、汚い、危険ではやっていられないだろう。それだけ、追い込まれている人たちが街にいるのか。


「肥料工房の稼働によって得られる利益によりますが、賃上げを考えましょう。あと、誰かが中間に入って搾取しない制度も必要ですね」


 ユウトの言葉にパパルは驚いた。

「いいんですか? せっかく安く使えるのに」


「物には限度がありますよ。収支を見直して、もう少し払えるようにしましょう。俺の街に切り捨てて良い人はいない」

「庄屋様がよいというのなら、検討しますよ」


 有機肥料作成地から離れた場所に竹の柵で囲われた建物があった。建物は木製。広さはユウトの住む館の二倍程度だった。入口には門番がいる。二重扉を抜けた先に部屋の三分の一を占める四角い機械があった。機械は大きな音を立て動いている。


 胸を張ってパパルが自慢する。

「これが空気から肥料を作る装置です。装置で作ったアンモニアは硫黄と反応させて硫酸アンモニウムにして完成です」


 物珍しそうに機械を眺める。

「これが肥料の製造機。なんともいかつい」


 パパルが機嫌よく語る。

「まだ試運転段階ですが、一日に十袋ができます。これで百a分の畑に使えます」


 一年通して量産するなら近隣の村では使いきれない、ゆくゆくは輸出ができる。効果が高い肥料となれば、量産しても値段は下がらない。使い方を教えて指導すればお百姓さんの生活も改善できる。肥料工場は任せておいて大丈夫だな。本格的な稼働は来年からだが問題あるまい。

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