第百六話 あらたな人材
暑くなり始め、春が終わろうとしていた。外は晴れているので気持ちが良い。絶好の会食日和だった。会食の相手はフブキであり、街の防衛について議論する。
ママルがフブキの来訪を教えてくれたので玄関を出る。フブキが一人の若い女性と対峙していた。女性は剣士風の冒険者の恰好をしており、手には剣を持っていた。
黒髪で褐色肌なので南方出身の冒険者だ。一旗揚げたくて街に来たと見て良い。
対してフブキは剣を抜いていない。冒険者の女性はフブキをきっと睨んでいる。フブキは面倒くさそうな顔で冒険者を見ていた。
武僧は遠巻きに見ているが、武僧もママルも二人を止める様子はない。何事かと思うと女性冒険者がフブキに斬りかかった。フブキは一歩、身を引いてかわす。かわしたと思ったら、女性冒険者の素早い二撃目がフブキを襲う。女性冒険者の二撃目は一撃目より速い。普通の人間には回避不能。
だが、フブキの技量は普通ではない。危ない、と声が出そうになった。フブキは鋭い二撃目も楽々とかわして、すっと間合いを詰める。女性冒険者の懐に入った。フブキの強烈な掌底が女性冒険者の顎を捉える。
女性冒険者はそのまま宙に浮き仰向けに倒れた。
ユウトの視線に気が付いたフブキは説明する。
「用心棒の売込です。ダミーニと名乗っていました。腕が立つと言い張るので相手をしてやっていたところです」
ママルがフブキに礼を述べる。
「お手数をおかけしました。そのような礼儀知らずの相手は修行の一環で孫のサジに相手をさせるのですが、サジは買い出しにいっております。ゆえに、感謝いたします」
街の用心棒になりたいと腕を売り込みにくる人間がいるのか。これはと思う人材がいればママルは推薦してくれるだろうが、ママルの目に止まる人材はそうはいまい。
ママルが倒れる冒険者を見て呆れる。
「また、こいつか。これで五度目、本当に懲りない若者よ」
ママルと一度立ち合えば普通は勝てないとわかる。それでも、挑んでくるのだから根性はある。ユウトは気になったのでママルに尋ねる。
「鍛えれば役に立ちそうですか?」
「そこそこは使えるようにはなるでしょうね。逃げ出さなければ、ですが」
街の未来を見るなら若い人材は欲しい。育成枠での採用もある。これも何かの縁だろうか。
「フブキさんに補佐を付けたいと思っていたところですが、ダミーニを鍛えてみませんか?」
「鍛えるのは構いません。ですが。庄屋様には悪いですが、すぐに逃げ出すでしょう」
なかなか厳しい意見だ。叩き上げの軍人のフブキが鍛えるのだから、鍛錬はきつい。それでもついてこられるのなら見込みありだ。育成には時間がかかるものだ。
ママルにメッセージを託す。
「ダミーニが起きたら水道管理小屋まで来るように伝えてください。フブキさんのしごきに耐えられるのなら、見習として雇いましょう。給金は少ないですが出します」
「僧正様の仰せのままに」と、ママルは頭を下げて了承した。
フブキにもお願いした。
「ダミーニを鍛えてください。フブキさんの側近になるかもしれないのでよろしくお願いします」
フブキはダミーニを厳しく見下ろして告げる。
「私が使う事態を想定するなら、手加減はしませんよ」
過酷かもしれないが、フブキの手足として働くなら危険な仕事もこなしてもらう。手を抜いて鍛えた結果が死にました、ではお互いに困る。ここは強くなってもらおう。
会食の料理屋は大衆向けの店だが、二階には個室があった。味は悪くいえば庶民的。よく言えば飽きがこない味付けなので、常連客も多い。
入口で名前を教えると、少し待たされる。一人の老人が席を立ってユウトの傍を通り過ぎようとした。フブキが怖い顔で呼び止める。
「待て、そこの御老人」
フブキがなぜ老人を呼び止めたのかわからない。老人は肌の色と目の色から極東の人の可能性があった。だが、街は大きくなり,色々な国の人が来ているので、はっきりと出身はわからない。
服装は町人が着る簡素な服装。武器は携帯していない。体は小柄であり、武人には見えない。頭は禿げあがって、丸顔には深い皺が刻まれている。密偵の雰囲気ではない。もっとも、凄腕の密偵ならば完全に町人に化けるのでわからない。
老人は困った顔で謝る。
「この爺がなにか、お気に障る不始末をしたでしょうか?」
じっとフブキは老人を見据える。
「なぜ私たちが入ってきたら店から出ようとした。注文の品を食べずにだ」
老人が座っていた席を見ると、確かに食器は置かれていない。老人は弁解した。
「いえ、食べ終わったところですよ。もう、食器は下げてもらいました」
フブキは給仕の若い男をぎろりと睨み尋ねる。
「おい、給仕。この老人の言葉は本当か?」
びくっとして給仕の若い男が答える。
「いえ、センベイさんの食事はまだできていません」
給仕の発言を聞いてセンベイが苦い顔をする。ユウトにはセンベイが店から出ようとした理由がわかった。センベイはユウトを避けていた。
俺から逃げ回っているから、誰からも発見の報告がこなかったのか。
「あなたがセンベイさんですか。探しましたよ? お昼がまだのようですから一緒に食べませんか?」
センベイは仕方ないと覚悟したのか『はい』と答えた。
個室でテーブルを囲む。飲み物だけ先に注文する。センベイの顔は冴えない。
ユウトは率直に尋ねた。
「探していたんですよ。センベイさん? お噂はかねがね聞いております。どうでしょう、街のために一緒に働きませんか?」
「お誘いいただいて恐縮ですが、最近は身体の調子が悪い。もう、官吏をやるのは無理です」
見え透いた嘘だ。老婆・ロードの力が働く以上、健康状態は好調なはず。でも、なんで、働きたくないのか理由がわからなかった。
「待遇はできるかぎり要望を聞きますよ。街では知恵者を集めています」
しょぼんとした態度でセンベイが語る。
「有難いことにお金には困っていません。ただ、歳のせいか、人付き合いが煩わしいのです」
これも嘘だ。なじみの店の給仕は名前を知っていた。また、以前、酒場の時にも謎解きに参加していた。人が嫌いならそうはならない。
「当たり障りのない理由で誤魔化さないでください。どうしたら、俺を手伝ってくれるのですか?」
センベイは困っていたが、前菜が運ばれてくると渋々と理由を話した。
「私はマオ帝国に敵対する極東の国の人間です。また、犯罪者なのです。センベイも偽名です」
マオ帝国の法律に時効はない。犯罪を極東の国でやったのか、マオ帝国内でやったのかが気になる。だが、新たに戸籍を作って『移民のセンベイ』になれば隠し通せる気もする。
「では、新たに戸籍を作りましょう。俺の裁量でどうにかします。そうすれば、安心して暮らせる
」
センベイは首をふるふると横に振った。
「止めたほうがよいですよ。私は極東の国で諜報部に勤務していました。身元が割れれば、マオ帝国に逮捕される。そうなれば庄屋様に迷惑がかかる」
敵国の諜報部にいたのなら前歴に問題ありだ。だが、同時に高い能力がある裏付けでもある。問題のない人間を待っていたならは人材が揃わないのが街の特徴。しかも、今は平時ではない。
「俺に味方してくれるのならマオ帝国からも極東の国からも守りましょう」
ユウトの言葉にセンベイが疑いの眼差しで見る。
「本当によろしいのですか? 私を信用して」
「俺を信用して欲しいのなら、まず俺から信用するのが筋でしょう。センベイさんは改宗者としてキリンの元に来た下働きとして雇います」
「そこまで言うなら、お力になりましょう」
会食で話題は弾まなかった。センベイは浮かない顔をしており、フブキの顔に不満があった。理解はできる。フブキはこの間までマオ帝国に忠誠を誓っていた。
ユウトの決定には不満があって当然。ただ、フブキは今の主人は誰であるかを理解している。また長年、貢献してきたマオ帝国から裏切られるかのように追い出された不満もある。
店の外でセンベイと別れると、フブキが顰め面で意見する。
「センベイは街を出るでしょう」
フブキの予想は外れてほしいが、無理は禁物。時には待つ決断も大事。館に帰ってママルに伝える。
「改宗者でセンベイと名乗る老人がきたら館の下働きとして使ってください」
「畏まりました」とママルは何も聞かずにユウトの提案を受け入れてくれた。
これで、将来の指揮官候補と頭の良い諜報要員の確保の目途がついた。