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第百五話 資金力

 夜が明けた。帰り支度をしていると、東南の村の年寄役に呼び止められた。

「庄屋様、実はお願いがあります。この村に温泉宿を作れないでしょうか」


 街には温泉があり始終、賑わっている。この山岳地帯には温泉が湧くので掘れば出て来るかもしれない。温泉があれば村人の暮らしは改善される。


 ただ、掘削には金が掛かる。湧いた水が冷たかった場合は加熱が必要であり、沸かすための装置も必要となると、これまた金が掛かる。東南の村は貧乏ではないが、豊でもない。村からあがる収入を考えれば、資金を回収するのに時間がかかる。


「領主のエリナ様は支出をお認めですか?」

 年寄役は弱った顔で申し出る。

「温泉があればいいが、資金については庄屋様に相談しろと仰せです」


 乗り気ではないか。わからんではない。エリナとしてはもっと良い領地への転封を望んでいる。エリナの金で温泉を掘ったはいいが、転封で領地替えとなれば持ち出しただけ損をする。温泉が湧かなければまるまる損。かといって、領民に嫌われたくもない。


 また、面倒事を頼んでくれる。でも、庄屋は領主と違う。領民の側に肩入れせねばならない。現地にあまり来ないので、評判は上げられる時に上げないといざというときに困る。


「温泉を作ったはいいですが、資金は回収できますか?」

「温泉を作れば湯治客が見込めます。前線の東の村からここまでは街にいくより近いです」


 近いといっても、片道二時間も変わらない。街のほうが美味しい料理が食べられる。となると、東南の村は街の温泉より安く湯治ができなければ人は来ない。山での戦闘が続けば負傷兵が出るので、軍の保養施設に指定でもしてもらえれば違うか。


 温泉の掘削、宿の建築、道の整備と続けば、東南の村では纏まった公共事業が行われる。そうなれば村人の収入は上がる。物流も増える。軍人が逗留すれば安心もできる。やりたい気持ちはわかる。


「街に帰ったら検討しましょう。ただ、纏まったお金が必要なので確約はできません」

「お願いします」と年寄役は深々頭を下げた。


 空路で街に帰るとハルヒが待っていた。ハルヒもまた困った顔をしているので、相談があると見えた。


「庄屋様、街の住環境が悪化しております。一部のお年寄りからもっと静かに暮らしたいとの要望が出ています。また、物価が上がり、入居時の一時金だけでは費用が賄えなくなっています」


 人口増加による騒音と物価高によるインフレの問題が起きたか。街が発展すれば避けられない問題だ。入居一時金は上げてもいいが、お年寄りが入居しづらくなっては困る。老人は老婆・ロードの力の源だ。東南の村の年寄役の話があったからいい頃合いかもしれない。


「頃合いを見て、街に新規に入居する際の一時金を上げましょう」

 ハルヒの顔が悲しみを帯びる。


「東南の村を開発して二号店を作ります。こちらはいままで通りの金額です」

「東南の村の土地が安いのはわかります。街よりも静かな環境です。でも、街と違い温泉がありません。また、東南の村は山に近すぎます。モンスターに襲われる危険もあります」


「村に温泉を掘ります。軍の保養所も作って軍人さんに駐屯してもらいます」

 キリンの旗を温泉に置けば良い。そうすれば、離れていても老婆ロードの力が及ぶのでお年寄りは元気でいられる。危険で不便な地ではあるが安いのなら、入居者が集まるだろう。


 ユウトの提案をハルヒは喜ばなかったが、拒否もしない。仕方ないと妥協した顔だ。

「介護スタッフは今から増やして訓練しましょう。二号店でも本店と同じサービスを受けられるようにします」


「庄屋様の案で行くしかないでしょうね」


 どうにか理解が得られた。東の三村については、開発計画を作ったほうがいい。力を入れて開発するのだから、マオ帝国には惨敗は避けてほしいところだ。ユウトは守る者が増えて段々と重くなる責任を意識していた。


 リシュールを呼んで東の三村の開発計画を作るように命じた。リシュールは異議を唱えず、官僚らしく粛々と従ってくれた。ただ一言、進言があった。

「役所の増員が必要です。また、官吏が給与の面で不満を口にし始めています」


 物価高だから、給与を上げないといけないか。リシュールは概算の見積もりをすらすらと述べるが、けっこう纏まった額だった。


 収入が上がっているが、支出も上がっている。常に先を考えて予算を見ていかないと、すぐに赤字になって余剰金を取り崩さないといけない。庄屋というよりもう企業家兼知事の感覚だな。


 密貿易はもうじき始まる。余剰金もあるので進言を採用した。サイメイが作って密貿易の計画をチェックしていると郵便が届く。マナディ侯爵から速達で手紙が届いた。サイメイを戻してくれたら金の延べ棒で一万本を贈ると書いてあった。


 額が大きすぎるので最初から払う気がないのでは、と疑った。気になるのでサイメイを呼び手紙を見せて意見を尋ねる。

「これどう思う?」


 マナディの名前を出すとサイメイが途端に不機嫌になった。

「庄屋様は私を売り渡す気ですか?」


「そんな気はないよ。金の延べ棒一万本はがんばれば稼げる。だが、サイメイのような有能な人材は手放せばもう二度と手に入らない」


 目を細めてサイメイが疑う。

「そんな風に煽てておいて、いざとなれば金に目が眩まないか心配ですね」


「金銀より人が大事だ。俺の心は変わらない。だが、金の延べ棒で一万本をやる、なんてあまりにも見え透いた嘘をなぜマナディが吐くのか疑問に思った」


 やれやれとばかりにサイメイが首を横に振った。

「わかっていませんね、庄屋様は。マナディは本気ですよ。マナディにとって金の延べ棒で一万本は普通に出せる額なんです」


 サイメイの本気度がわからなかった。

「百二十万石の国力があるっていっても、金の延べ棒一万本はそんなに簡単に出せる額ではないよ」


「マナディの家は特別です。土地の生産力は百二十万石ですが、各種利権と商業振興による経済力を考えれば実質二倍の二百四十万石あると思ってください」


『そんなの聞いてないよ!』と文句を言いたい。そんな大貴族と争うとは思ってみなかった。ただでさえ強力な敵が、実は規模が二倍でしたなんて詐欺だ。これ本当に争ってよかったんだろうか。引き返すのは今ではないかと後悔した。


 だが、サイメイの手前でカッコ良い言葉を宣言した。いまさら『やっぱり帰ってください』とは頼めない。サイメイが目を細めてじっと見ている。これ、試されているのかな?


「相手がどんなに巨大であろうと、俺は退かない」

 ユウトは再度、宣言するとサイメイは態度を少しばかり軟化させた。


「実質二倍は嘘です」

 ほっとしたが、束の間、サイメイは言い直す。


「ただ、二百万石はあると思ってください」

 どちらにしろ、百二十万石よりは大きいのか。これ外交戦で勝てるのかな?

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