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第百二話 貿易戦争と外交戦

 マナディにはサイメイの説得は難しいと返書を送った。南部のマナディが圧力をかけてくる未来は確実に思えた。南からの物流が途絶えると安い米が買えなくなる。


 ロックに相談に銀行に行く。秘書に物流に異常が起きる可能性あり、と教えるとロックはすぐに会ってくれた。


 ロックはピンチこそ好機だと思ったのか微笑みを湛えていた。

「実は南部のマナディ侯爵との間に問題を抱えました。南からの物流が途絶えるかもしれません」


「途絶えはしないでしょう。物流の閉鎖は賢くない。私なら南部とこの地を繋ぐ要所に税関を設置して高い関税を掛けます」


 物価を上げて街を締め上げてくるのか。御用商人だけ免税にして、必要な品だけは手に入れる気か。サイメイの夫婦喧嘩から発展する貿易戦争は避けたい。


 マナディとユウトでは動かせる資金量が違う。我慢比べになったら、ユウトが先に音をあげる未来が見えていた。


「なんとか、なりませんかね?」

「東の地の総督を動かして軍部経由で事態の打開を図りましょう」


 貿易戦争を避けるために外交戦に出るのか。貿易戦争よりは勝ち目がある。総督も軍部も山を攻略中に重要な兵糧である米の物流に異常をきたせば、動かざるを得ない。


「随分とお金を使うことになるかもしれませんが、大丈夫ですか?」


 笑ってロックは答える。

「宮廷や政界にも根回しが必要なので費用はかかります。その費用はこちらで持ちます」


 商人がタダで金をくれることはない。ましてや、ロックは儲けがないので動かない。

 ユウトが警戒していると、ロックが提案してきた。

「ただ、お願いがあります。北部で穫れるライムギと雑穀の取引をしばらく任せてほしい」


 穀物取引所の所長は父親なので、そこら辺は融通が利く。だが、気になる。

「小麦ではなく、ライムギだけでいいのですか?」


 小麦は旧王国民の主食なので需要があり活発に取引されている。だが、ライムギの需要は東部では少ない。価格も安くあまり流通はしていない。ライムギの取引を独占してもあまり利益になるとは思えなかった。雑穀となればライムギより少ないのでこちらも旨味がある取引になるとは思えない。


 穏やかな顔でロックは言葉を続ける。

「小麦も任せてもらえれば利益を上げられるでしょうが、儲けすぎは良くない。それに、下手に小麦価格を操縦すれば、きっと一揆が起きるでしょう」


 統治は上手く進んでおり住民の支持は得ている。だが、この地では極東の国が裏で暗躍している。小麦は東部の百姓の重要な収入源。価格の乱高下から不満が生まれる状況は良くない。


 敵はやり手、百姓を扇動されれば、一揆が起きる可能性は否定できない。

「こちらはロックさんの提案の通りでいいのですが、ロックさんはそれで儲かるのですか?」

「心配はご無用。商売とは頭を使えばどうとでも儲けられるものですよ」


 随分と自信があるな。なら、サイメイと街を守るために外交戦に討って出よう。ユウトは話が終わったので席を立とうとするとロックが軽い調子で尋ねる。

「そういえば、良い縁談が来ていると聞いています。どうなされるのですか?」


 ロックは俺が領主の夫に収まると踏んでいるのか? 確かに領主の夫と懇意になっておけば、行く行くはこの東の地の経済を牛耳れる。東の地は展開によっては大いに発展する潜在力を秘めており、街を抑えておけばさらなる飛躍が有り得る。ロックにとっては全てが投資なのだ。


「見合いはします。ただ、領主様に気にいってもらえるかはわかりません」

「それは良い決断です。良縁に恵まれる将来を期待しますよ」


 貿易戦争を回避しつつ外交戦に持ち込む算段はできた。サイメイを守り、同時に街の経済を停滞させない方向で動く。街も人も守ってこその庄屋だ。


 しばらく日が経つとユウトに来客があった。ママルが一人の女性を連れてやってきた。

がっしりした体格。褐色肌で黒髪。目には力がある。歳は若くない。恰好は簡素だが動きやすく機能的な格好をしている、顔はきつい印象を受ける。愛想は良くない女性の武人なのか、強者のオーラがある。


「アウラ・フブキだ。レルフ閣下よりこちらに軍事顧問として紹介されてきた」

「フブキ大佐ですね。よろしくお願いします」


「もう大佐じゃない。軍を追放された身だ」とフブキは機嫌が悪そうに言い直す。

「では、フブキさんよろしくお願いします。村の状況についてはダナムさんに聞いてください。こちらから何かお願いする時は声をかけます」


「タダで役料を貰うのは悪い。遠慮なく言ってほしい。限度はあるがな」

 簡単に挨拶をしてフブキが帰った後にママルに尋ねる。

「フブキさんをどう見ますか?」


「うちの不肖の倅よりは強いでしょう。まだ、伸びしろもあると思います」

 ママルに『できる』と思わせるのなら良い人材だ。だが、ママルの言葉は続く。


「ただ、気負い過ぎている気もいささかします。サポートができる若い者を付けてやるとよいでしょう」


 元は姥捨て村から発展してきた場所なので年上には事欠かない。だが、若くてできる人間となると、ちょっと候補がいない。


 サジはママルの手足であるので手元におきたい。求人が必要か。幸い街には人が集まって来ているので誰かはいる。だが誰でもよい訳ではない。フブキの足を引っ張るような奴では困る。


 午後になるとまた来客があった東南の村に派遣した冒険者だった。冒険者は一人で帰って来た。顔は険しく、なにやら訳ありだった。


 冒険者の男は苦い顔で報告する。

「東南の村の近くにバンパイア・ロードがいました。手下の吸血鬼の数は十と多くありません。ですが、バンパイア・ロードはこちらの想定より強かった」


 一人しか帰ってこなかったところをみると仲間は死んだか。バンパイア・ロードに殺されたのなら吸血鬼にされたと見て良い。戦力を小出しにすると、敵はどんどん強くなる。


 冒険者の男が辛そうに告げる。

「バンパイア・ロードはハーメルと名乗っています。ハーメルに仲間を人質に取られました。ハーメルは仲間を返してほしければ、庄屋様を連れてこいと要求してきました」


 俺に会いたい? 用件はわからないが、村を寄越せと要求するなら不可能だ。大庄屋といえど、そんな権限はない。また、身代金を要求してくるとも思えない。

「状況によっては会ってもいいですが、ハーメルの目的はわかりますか?」


 冒険者は首を横に振った。

「まるで、わかりません。仕事に失敗しておいてなんですが、会いにいってくれるのですか?」


 仲間の安否が心配か。わからんではない。本来なら使者を出して解放交渉をしつつハーメルの目的を探りたい。だが、向こうは俺に会いたいと言ってきている。もしかしたら、こちらに有益な取引を持ちかけてくるかもしれない。危険だが会ってみるか。


 ハーメルの戦力は知らないが、むこうもこちらの戦力を把握しているとは思えない。

「仕事があるのですぐには無理ですが日程を調整しますよ。とりあえず、宿屋で待っていてください」


 幸いこちらにはハーメルを倒せそうな人材が揃っている。用心すれば俺が討たれる心配はない、と思う。

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