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第百一話 厄介な貴族

 冬が終わり、春がやってくる。陽はだんだんと長くなり草木が芽吹く。春の日差しの中、庭でダナムに剣の素振りを見てもらっていた。すると、レルフがやって来るのが見えた。


 部下を使いに出さずに、自ら来るとは珍しい。

「庄屋殿、今日は一つ頼みがあってやってきた」


「なんでしょう?」と訊くとレルフは人目を気にする。

「ここではなんだから中で話をしたい」


 なんか、良くない話だろうか。色々と起きる街なのでたいていの厄介事には慣れた。どうにかなるだろうと思い、家の中に入る。レルフの悩みも気になるのかダナムも一緒についてきた。


 リビングの椅子に座るとレルフが困った顔で相談する。

「街で一人、人を雇ってほしい。剣の腕が立ち、頭も良く、度胸もある。幾多の困難を乗り越えてきた優秀な人材だ」


 言葉の通りなら願ってもない。だが、そんな良い人材がポンと辺境の東の地にやってくるとは思えない。そんなに素晴らしい人材なら軍で雇えばよい。これはなにか性格に問題があるとか、犯罪者だとか、欠点がある気がする。


 頭から断る気はない。非の打ち所のない人間がいるのなら、既にどこかに士官が叶っている。または、好待遇を要求される。


「東の地は発展途上の地。優秀な人材はいくらでも欲しいです。どんな方ですか」

「アウラ・フブキ、我が軍で大佐まで登った傑物だ」


 覚えている。凄腕の女性軍人で兵を率いてバンパイア・ロードを撃退した勇者だ。年齢は五十五と少しいっているが、退役する歳ではない。


 ダナムが厳しい顔で口を出した。

「フブキか、覚えているぞ。運がない奴だが、骨のある奴だ。用兵も武才もそこらの名ばかり貴族よりはよほど使える。どうして辞める? 怪我か?」


 レルフが気まずい顔をして白状した。

「吾輩がいない間に貴族と問題を起こした。問題を起こした貴族が軍部に処分を求めている」


 目を見開いてダナムはレルフを叱った。

「貴様それでも上官か! 貴族の讒言から部下を守れずして、よくそれで司令が務まるな。ロシェ閣下が生きていたら、不甲斐なさに嘆くぞ」


 レルフはダナムに怒鳴られても怒らない。レルフにも思うところがあるのだろう。

「ロシェ閣下が生きておられたら、司令部に手を回して止められただろう。だが、吾輩一人では力不足なのだ。司令部も大分人が入れ替わって、貴族を重視する方向に舵をきった」


「嘆かわしい」とダナムは不機嫌に言い放つ。


 帝国が大きくなり、軍部のありようが変わってきたのか。貴族の管理は統治に関する事柄なので、皇帝の意向があるのかもしれない。昔の帝国を知らず中央にも疎いので、ユウトは知る由もなかったが予想はできる。


「フブキ大佐の処分はどうなるのですか?」

 レルフは苦しい顔で打ち明ける。

「不名誉除隊となる」


 顔を歪めてダナムは怒った。

「馬鹿な! 貴族の一人や二人を怒らせたくらいで不名誉除隊だと! それでは軍の規律が守れん。司令部の青二才共は何を考えている」


「フブキが起こした問題はこれが初めてではないのだ。フブキは何度も上と衝突して、貴族ともぶつかった。その度に吾輩が庇ってきたが、もう庇いきれなくなった」


 気になったので確認する。

「上には受けが悪い方ですが、下にはどうなんです?」

「人柄も良いが、部下の心を掌握するのは上手い。困難な作戦でも兵はついてくる」


 上に受けが悪く、下に受けが良い人か。器用な生き方ができる人ではないので、最初は上手くいかないかもしれないが、打ち解ければ力になってくれる。それに、五十五歳なら、街では若いほうだ。十年は役に立ってくれる。


「フブキ大佐さえよければ、街の軍事顧問として雇いましょう。お望みの額を払うとは約束できませんが、生活に困らないだけの役料は払います」


「かたじけない」とユウトの決断にレルフは安堵していた。


 レルフの態度にダナムは納得してないようだが、ユウトの決断には異を唱えなかった。フブキには悪いがユウトには願ってもないタイミングだった。ダナム以外にちょうど一人、采配を揮える将が欲しかった。


 剣の稽古が終わると、執務に戻る。東南の村からの報告書に気になる指摘があった。村の近くで蝙蝠の活動が活発になり、山中では赤い目をした謎の存在が出るとの報告だった。


 魔獣ヤンマガルがまたやってきた。ないしは、バンパイア・ロードが活動しだした。どちらにしても捨てては置けない報告だ。とりあえず、冒険者を雇って調査に当たらせておく。


 夕方になると手紙が届いた。手紙には貴族の封蝋があり、紙も上質のものが使われていた。差出人はマナディ侯爵とあった。ユウトになじみがない名前だった。中を読むと、頭が痛くなる内容だった。


 マナディ侯爵はサイメイの夫だった。中身はサイメイを家に戻るように説得するお願いだった。サイメイの件についてはいままで何も言ってこなかったので諦めたとばかり思っていたが、違うらしい。


 ついに、百二十万石の大貴族が動いた。サイメイに戻る意志はないと思うが、確認しておこう。もし戻る気があるのなら、手を回してもよい。


 サイメイは街の知恵袋だが、まだ若い。気が変わることもあるし、田舎では思う存分働けない。サイメイの頭脳なら上が目指せる。サイメイを手放したくはないが、これもまた人の縁だ。


 サイメイを館に呼んで尋ねる。

「マナディ侯爵から手紙がきた。家に戻りたいのなら仲介するけどどうする?」


 マナディの名前を聞くとサイメイの顔が途端に険しくなった。

「庄屋様は私をマナディに売り渡す気ですか?」


 一言でわかった。サイメイはマナディの元に戻る気はなく、まだかなり怒っている。

「嫌ならいいんだよ。ここにずっといて俺を助けてくれても、そのほうが俺は嬉しい」


 サイメイはユウトをきっと睨んで宣告する。

「もし気が変わってマナディの元に私を送り届けるというなら、私の首と胴を切り離して送り返してください。それで結構です」


 サイメイはぷんすかと怒って部屋を出て行く。マナディとサイメイを仲直りさせるとなるとかなり厳しい。これで、百二十万石の大貴族と揉める展開になるな。場合によっては山の民から街を守るより厳しい戦いになる。

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