第百話 大いなる決断
結婚は人生の一大イベントである。相手が領主なので離婚はほぼ不可能である。こういう時は既婚者であり貴族との付き合いを知る人物に話を聞いておきたい。サイメイを呼んで相談した。
「領主様との縁談が来ていますがどう思います? 幸せな結婚になると思いますか?」
相談内容を聞いてサイメイは顔を歪める。
「結婚して幸せになれるかどうかを、結婚で失敗して家を飛び出した私に聞きますか?」
サイメイには悪いと思う。だが、古来より成功より失敗から人は学ぶことが多い。失敗したからこそ、どこに気を付ければいいかわかっていそうなものだ。
「そう言わずに、なにかアドバイスをしてほしい」
ユウトを眼光鋭く見据えてサイメイはっきりと断言した。
「この縁談は理由を探して止めるべきだと私は助言します。気位の高く、頭の悪い貴族に嫁げばどれほど馬鹿をみるか庄屋様はご存知ない。これで性格が不一致なら合わせ技一本で不幸へまっしぐらですよ」
サイメイは夫をまるでよく思っていないのはわかった。喧嘩の原因は知らないが、いまだに怒っている。理性より怒りが先に来るのだから、有意義な助言を聞けそうになかった。
次に恋多き老賢者であるラジットを呼ぶ。
「領主様とのお見合いを受けるべきだと思いますか」
朗らかにラジットは笑った。
「是非、見合いをしなさい。会わねばわからぬこともあります。気が合わなかった時は儂が相手を傷つけずに断る秘伝を授けましょう」
どんな秘伝かはわからない。だが、今まで多くの恋をしてきたラジットと同じくユウトが振舞えるとは思えない。また、秘伝の中身が碌でもないものかもしれない。
「中身を教えてもらえませんか?」
きっぱりとラジットは拒絶した。
「ダメです。教えるのは見合いをして後悔した時だけです。でないと、私の手の内が他の女性に知られてしまう。そうなれば、私が窮地に立つかもしれない」
直感だが、ラジットの秘伝は当てにならない気がした。
「外から見ればこの縁談はどう見えます」
「成功しても失敗してもゴシップとして面白いかと思います。貴族の女性たちは噂好きですからきっとよい話題になるでしょう」
「そうじゃなくて、俺の将来にはとってはプラスでしょうかマイナスでしょうか」
ラジットはユウトを静かに叱った。
「結婚を損得で考えていけません。なぜなら、結婚を損得で考えれば人は必ずマイナスの面に目がいき後悔します。それよりも、どんな相手でも愛すべきところを見つけて愛しなさい。そのほうが人生は豊かです」
「性格が合わずに苦しい結婚生活になったらどうします?」
「その時は全てを捨てて逃げなさい」
ユウトはイラっとした。そんなに割り切れるのなら迷わない。それに、全てを捨てて逃げたらラジットだって困るだろう。聞きたいのは結婚哲学ではない。
ラジットを帰すと、エリナがやってきた。
「近くまできたから寄らせてもらったわ。良い話が来たわね。結婚すれば領主の夫ですものね。人生上手くいく人っているのね、羨ましいわ」
ピンときた。エリナは偶然に訪問してきたわけではない。エリナはミラの前の代官であり、領主を知る者だ。縁談を成立させるため後押しにきた。
「領主様ってどんな人ですか? あまり人柄を良く知る人がいなくて悩んでいたところです」
さらりとエリナは意見した。
「馬鹿ね。どこに不満があるのよ。相手は家柄も財産も充分でしょ。愛だの恋だのって夢見る乙女じゃないんだから、性格とか容姿とか年の差とか見なくていいのよ」
人柄を聞いたのに褒めるのではなく、話題を回避した。これ、公になっていないだけで問題あるのかな。ダメだな、疑うとキリがない。
エリナはビシッと指摘する。
「憧れが恋の産物なら、結婚は妥協の産物よ。夢見ていいのは詩人だけよ。あと、結婚は勢いよ」
厳しい言葉を言ってくれるが、貴族の結婚は領民やら家やら一族が関わってくるので割り切りが必要なのかもしれない。
「それで、結局のところ性格はどうなの?」
「物静かで思慮深い人よ。ただ、ちょっと運がないけど。その分、実力で乗り切って乱世を生きている女性よ。尊敬に値するわ」
最後の言葉は露骨なヨイショだろう。前の部分はどうとでも取れるの当たり障りのない賛辞だ。まあ、自分の主を悪くは言えない。どこで、誰が聞いているかわからん。
義理兄のヨアヒムには意見はきかない。きっとエリナと同じようなセリフを言って結婚を推してくる。領主の親戚になれば、引き上げもある。良い土地がもらえたり、所領が広くなったりするかもしれない。
ママルに意見を尋ねる。
「領主様との縁談はどう思います?」
畏まってママルは答える。
「天哲教では妻帯は問題ありません。ただ、東の地の人間関係はよくわかりません」
そうだろうね、天哲教は南部の宗教で、ママルさんも東の地の生まれではないからな。
ユウトが考え込むと、ママルは提案する。
「古いやり方ですが、占いをしてみましょうか。婆の占いは当たると評判です」
「お願いします」と、神にもすがりたい気分なので頼む。
竹の棒をじゃらじゃらと振ってママルは占った。
「末吉です。末吉は凶の上です」
吉とついているが、言い方を変えればすぐ下は凶ではないか。これ止めたほうがいいのかなと不安になるとママルがフォローに入る。
「所詮は占いなので、あまり気にすることもないかと思います」
さっき当たると評判とか言ったのはなんだったのか、とクレームを言いたいが飲み込む。
人に聞けば聞くほどどうしていいかわからなくなった。
政治、諜報、商業、軍事、魔術の達人はいれど、結婚についての達人はいない。いや、一人いた。未来の自分だ。人徳派の秘伝を使えば未来の自分に手紙を送って回答をもらえる。寿命が百日縮むが、ここで間違うと人生が台無しになる可能性があるので、使った。
夜に手紙を書いて眠ると朝には未来の自分から返事が来ていた。
『結婚はしておけ』と随分と短い言葉だが、『止めておけ』ではなかった。夫婦生活には色々と面倒事や楽しいことも多いので、くどくど書いても伝わらないと将来の俺は判断したらしい。ここは未来の自分の助言を信じて、見合いをすると決めた。
ユウトの決断を聞いてニケは喜んだ。
「では、見合いの場所と日時が決まったら知らせる」
ユウトの苦悩を知らないニケは足取りも軽く帰って行った。