第十話 老婆・ロード 対 ゴブリン・ロード
カクメイは背筋をぴしっと伸ばして話し始める。
「敵にはゴブリン・ロードがいます」
ゴブリン・ロードは一般的のゴブリンよりは強い。だが、ゴブリン・ヒーローよりは弱く。ゴブリン・メイジのような高度な魔法も使えない。ただ、ロード職なのでゴブリンを強化する。また、指揮能力も持つ。
「ロード職がいれば指揮が執れます。ですが、ここまでのものなのですか?」
カクメイは軽く首を横に振る。
「ゴブリン・ロードは職種です。種族がゴブリンとは限りません。今回は人間の可能性も視野に入れねばなりません」
敵の正体がわかり、幾分かほっとした。
「でも、逆に人間なら楽ですね。ゴブリンの中に人間が一人いれば見分けが付き易い」
カクメイは厳しい顔でピシャリと注意する。
「庄屋殿の考えは逆に危険です。現に新兵に混じっていたゴブリン・ロードに現場指揮官は気付きませんでした」
意外な指摘だった。
「なんだって? じゃあまさか、この村が襲われた晩に逃げ出した兵士の中に、ゴブリン・ロードがいたんですか?」
カクメイは確信のある顔で断言した。
「いました。ゴブリン・ロードは村の警備状況をつぶさに知り、ロシェの能力の高さを知りました。そこで残るのは危険と判断し逃走に転じたと考えるべきでしょう」
指摘されて冷や冷やした
「敵の首領格を村に入れていたのか、かなり危険な状態だったな」
ロシェも厳しい顔で同意する。
「儂も後からもしやと思った。だが、その日に気付けなかった」
カクメイは微笑む。
「ですが、ご安心ください。私の世話人のアメイは優秀です。アメイをカウンター・スパイとして活動させています」
プロによる対策を取ってあるのなら、村に入って来たら終わりだな。捕まえてやる。
「飛んで火に入る夏の虫か」
カクメイはユウトの甘さを指摘する
「でも、ゴブリン・ロードはそこまで愚かではないでしょう」
ロシェも苦い顔でカクメイに賛同した。
「現時点での略奪し放題の利点を捨てるとは思えん」
「ではどうするのです」
カクメイは余裕に満ちた顔で告げる。
「ゴブリン・ロードを誘き出し、討ちます」
「不可能でしょう」
「天の下にありては、おおよそ不可能はございません。ましてや、軍事ならなおさらです」
なんか、凄い自信家だな。ここまで自信があるなら、討てるかもしれない。
「どうするのですか?」
「ロシェに討伐隊を組織してもらい討って出ます」
「それだと村から引き離されたところを村が襲われますよ」
「問題ありません。ゴブリンを討伐に出て、ゴブリンより早く帰ってくればいいのです」
ゴブリンと戦うと見せかけて出撃。村を襲いに転じたゴブリンより早く帰って来て迎撃か。ロシェがいるなら理論の上では勝てる。だが、所詮は机上の作戦だろう。
ユウトが疑うと、カクメイは微笑む。
「できない、と思っているでしょう」
ユウトは正直に答えた。
「無理だと思います」
「ゴブリン・ロードも同じ考えです。だから、私の作戦はいつも成功するのです」
ロシェが明るい顔で太鼓判を押す。
「来ないと思っているところからくる奇襲は防ぎようがない」
「わかりました。では、協力しましょう」
準備は時間がかかり、もう一つの村が略奪にあった。
ハルヒは悲しんだ。でも、討伐隊が出ると知って安堵していた。
ロシェ将軍率いる討伐隊二百名が出撃する。
兵の装備を見て不思議に思った。
明らかにサイズが合っていない装備を身に付けている兵が何人もいた。
気になったので訊く。
「サイズは合ってますか?」
「いいんですよ。これ新兵のですから」
わけがわからなかった。
精鋭部隊を維持するためにユウトも従軍した。
村から出て一時間経過したところで、部隊が止まる。
部隊は道の中央に立札を立てた。立札には人間の言葉で次のように書かれていた。
『ゴブリン・ロードよ。お前の負けだ』
なんだ、戦う前から勝利宣言か。カクメイさんちょっと自意識過剰すぎやしないか。
不満はあったが黙っておく。
カクメイが襲われると予測した村は、徒歩で三時間はかかる場所にあった。
村に入ると村人はいたく歓迎してくれた。
どこの村も不安だよな。
ロシェと早めの夕食を摂っていると、斥候がやってくる。
「閣下、近くに敵影を発見しました。目下動きはありません」
ロシェは大いに喜んだ。
「向こうも待っていたか。これは好都合だ。早く決着する」
夜になるとロシェが動いた。
ロシェは部隊を集めて、命令を下す。
「鎧と剣を捨てろ。パンツとシャツだけになれ」
ユウトは耳を疑う。
ロシェの言葉を皮切りに兵士は次々と裸同然の姿になった。
「何をしているんですか、ロシェ閣下」
ロシェは平然と答えた。
「走って戻るんじゃよ」
馬鹿げていると思った。
「そんな裸同然の装備でゴブリンと遭ったら終わりですよ」
ロシェの顔に不安はない。
「ゴブリンは武装しておる。なら、装備を捨てた我が軍のほうが速く動けるわい」
「しかし、危険です」
ロシェは笑った。
「大丈夫じゃ。略奪品で贅沢三昧のゴブリンとは鍛え方が違う。我が軍のほうが速い」
「いや、しかし――」と戸惑っているうちにロシェが準備体操を開始する。
「見てなさい。カクメイの立てた作戦だ。間違いはない」
ロシェのカクメイに対する信頼の厚さを見た。
装備を外していない別動隊の兵も六人残っていた。
別動隊リーダーであるコサン曹長がユウトを誘う。
「庄屋殿、我々も行きますよ」
「行くって、どこにですか?」
コサンは楽しそうに笑った。
「特等席でゴブリン・ロードの最期を見にいくんですよ」
馬に乗って移動する。着いた先は立札を立てた場所だった。
コサンは指示して立札を抜く。コサンと一緒に十五m離れた場所に隠れる。
別動隊はクロス・ボウを用意していた。
しばらく待つ。足音が聞こえてきた。
ドキドキする。相手は光を持っていたので、顔が見えた。
ロシェの部隊だった。ロシェは足早に通り過ぎる。
ロシェから遅れること九十分。大集団が移動してくる音がする。
光は持っていない。風下にいたユウトはすえた獣に似た体臭が流れてくるのを感じた。
ゴブリンだと悟った。
ゴブリンがロシェの後からきた。カクメイの作戦が当たったな。
ロシュは今頃、村の中だ。装備は兵舎に用意してある。
ゴブリンの集団が通り過ぎた。
コサンの合図で再び立札を立てる。
戻って来たコサンはうきうきしていた。
緊張しているユウトにコサンが優しく声を掛ける。
「見ていてくださいよ。面白いものが見られますよ」
二時間後、小集団が走って来る音がした。音は村の方角から聞こえた。
立札の前で止まる。
コサンたち六人がクロス・ボウを構えた。
立札の前に灯りが点いた。
一人の若い男が立札を見て凍り付いていた。
クロス・ボウの一斉掃射。四本が命中すると男は動かなくなった。
ユウトは理解した。ゴブリン・ロードは逃げ道を読まれていた。
ゴブリンは夜目が効く。だが、人間は暗くては立札が読めない。
立札を読むためには光がいる。立札は人の言葉なので、ゴブリンには読めない。
立札の内容を確認するにはゴブリン・ロードが灯を点けて見るしかなかった。
カクメイさんここまで読んだのか。
人の声とは違う叫び声がした。
コサンが肩を叩くので一緒に乗ってきた馬で現場からを立ち去る。
明るくなってから立札の前に戻り、ゴブリン・ロードの死体を回収した。
ゴブリン・ロードの正体はどこにでもいるような青年兵士だった。
【お願い】
老婆・ロードをお読みいただきありがとうございます。面白かったら、評価を入れていただけると嬉しいです。