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第一話 爆誕 老婆・ロード

 青い神官服に身を包んだ金髪の女性が、一人の黒髪の若者に告げる。

「ユウトさん、貴方の職業が判明しました。老婆・ロードです」


 神官の言葉を聞き、ユウトのテンションは上がった。

 やったー、凄い職業がきた。異世界転生っていえばこれだよ。


 笑みがこぼれるのが自分でもわかった。

「オーバー・ロードって、百年に一度出るか、出ないかのレア職業ですよね」


 ロード職には突出した強さはない。だが、指揮命令能力があり集団に恩恵をもたらす。

 それゆえに、ロード職になりたがる者は多い。

 貴族に生まれなくてもロード職なら貴族への出世の道も開ける。


 神官は悲し気に首を横に振る。

「オーバー・ロードではありません。老婆・ロードです」


 ユウトは意味が分からなかった。

「オーバー……」と口にすると「老婆」とすぐに神官は言い直した。


 神官は困った顔で告げる。

「『超える』の、『オーバー』ではなく、『老人』のほうの、『老婆』です」


 老婆・ロード。これがユウトに与えられた職業だった。

 ユウトは慌てた。


「ちょっと、待ってください。そんな職業は聞いた覚えがないですよ」

「私も未経験です。有史以来初めてだと思います」


 有史以来ならレア職業なのだろうが、語呂から悪い予感しかしない。

「どんな、職業ですか?」


 神官は同情した顔で説明する。

「精霊を呼ぶならエレメンタル・サモナー。ドラゴンを使うのがドラゴン・テイマー。ゾンビを使うのがゾンビ・マスター。なら、老婆を使いこなすのが、老婆・ロードでしょうか」


 当然の疑問が湧く。

「老人で戦えるんですか?」


「無理だと思います」

 即答だった。


 ショックで落ち込むユウトを神官が慰める。

「今お告げがありました。職業名は老婆・ロードですが、恩恵は男性にも及ぶので老人専門のロード職です」


 俺の人生、終わったな。このあと、一生を介護職で終わるのか。

 せっかく、夢と冒険の世界に来たのだから冒険がしたかった。


 ユウトは落ち込んだ。だが、この後にユウトは老婆・ロードの真価を知ることになる。

 ユウトは豪商の三男の家に生まれていた。家は商才があった長男エンリコが継ぐ。


 次男のニケは官僚になり、長女のセーラは貴族の家に嫁にいった。

 両親はそれで満足したのか、ユウトには期待していなかった。

 当然、冒険者入りにも反対はない。


 家に帰って父のアンドレに報告する。

「父さん、俺の職業が決まったよ。老婆・ロードだったよ」


 アンドレは目を見開いて驚いた。

「オーバー・ロードだって! 凄いじゃないか!」


 やっぱり勘違いしたよ。

「いや、だから、オーバーじゃなくて老婆。老人のほう」


 父親は聞いた記憶のない職業に表情を曇らせる。

「それって、凄いのか?」


「有史以来らしいよ。でも、能力は正直微妙だと思う。老人使いなんて世の中にあまり必要とされないよ」


 アンドレは慰めた。

「そうめげるな。案外これで良かったのかもしれない。家には金がある。冒険者になって危険を冒す必要などない」


 アンドレは優しかった。アンドレは後日、金の力で村を丸ごと買い上げた。

 その村を一言で説明するならば、名も無き姥捨て村と呼ぶ他はない。


 家族と一緒に住めなくなった老人を持参金付きで引き取る。

 引き取った後は、人件費の安い出稼ぎ労働者を使い死ぬまで面倒をみていた。


 こうして、ユウトは姥捨て村の庄屋になった。

 赴任地に引っ越した第一印象は暗くて寂れているだった。


 老人が住む家は古くてぼろい。家からはうめき声が聞こえる。人気はない。

 火葬場からは死の匂いが立ち込めていた。墓地も草が生え放題である。


 小さな地震が時折あるので、災害地帯にあるのかもしれなかった。

 加えて、高さ三mの老人の逃走防止用の柵で覆われていた。


 庄屋の家にある住民簿を確認する。村の七割が六十五を超えた高齢者だった。

 家は六十件あるが、独居の老人がほとんど。


 村に引っ越してきた人間はおおよそ一年で死んでいた。

 ただ、死んだそばから入居者が来るので、人口は増えも減りもしない。


 村の収入は入居時の持参金が大半。入居者が来ると大金が入る。

 だが、出る金も大きい。支出は人件費と食費がほとんどだった。

 次から次へと老人がやってきて死んでいく。


 死と同時に人が入って来る状況で成り立つ村か。

 本当に姥捨て村だな。


 ユウトが村の現状を知り暗い気持ちになっていると、一人の女性が訪ねてきた。

 女性の年齢はユウトと同じ十六くらい。肌は褐色。髪は短い黒髪。

 動きやすそうな茶色の服を着ている。村で老人の世話をする出稼ぎ労働者だった。


 名前はハルヒと名乗った。

 ハルヒは真剣な顔で頼んだ。


「庄屋様。お願いがあります。世話人を増やしてください」

「お年寄りの世話が充分にできていないのか」


「ここの生活はお年寄りには苦痛です。世話が行き届かないゆえに早く死ぬ人も多い」

 介護って人手がかかるからな。でも、これ以上村に人を増やすと収支バランスが崩れる。


 残酷なようだけど、お年寄りが長生きしていては村が成り立たない。

 なんか、嫌な場所に来たな。だが、いきなり、使用人と揉めるのも賢くない。

 一斉退職されたら村が崩壊だ。


「帳簿を見直すから一週間くれ」

 逃げに打って出て時間を稼ぐ。なんとか良い方法を考えよう。


 どうしよう、どうしよう、と考えながら毎日、村を歩く。

 すると、三日目辺りから今まで見なかった村人を見るようになった。

「最近、引っ越してきた庄屋のユウトです」


 老婆はニコニコして挨拶を返してきた。

「庄屋様ですか。よろしゅうお願いします」


「お身体は大丈夫ですか?」

「三日前までは一人でトイレにも行けなかったのですが…。なぜか、今朝は気分がよく歩けるようになりました」。


 ロード職には指揮下の集団を強化する能力がある。

 お婆さんが急に歩けるまでに快復したのは老婆・ロードの能力だな。


 寝たきりが何もせず三日で歩けるようになるのは凄い。

 だが、それだけでは冒険に出られない。


 やっぱり、ただ珍しいだけの色物職だな。

 その後も、村では歩けるようになった村人を見た。


 一週間後、ハルヒがやってくる。ハルヒの表情は硬い。

 ユウトははっきりと告げた。


「検討しましたが、人は増やせません」


 お年寄りが元気になってくれたのは嬉しい。されど、死ぬ人間が少ないと持参金が減る。

 下手に人を増やせば財政破綻は目に見えていた。


 ハルヒは戸惑った顔で見解を述べた。

「人は増やさなくていいです。なぜか、お年寄りが急に元気になりました。手間がかからなくなり人手は足りました」


 俺の能力だけど黙っておこう。俺が、俺が、と主張すると嫌われるかもしれん。

「それはよかったですね」


「食事は私たちが全て作っていました。今ではお年寄りが手伝ってくれます。前は一日一食を作るのが限界でしたが、いまは三食作っています」

「では、引き続き頼むよ」


 ハルヒが食い下がる。

「待ってください。農機具を買ってもらえないでしょうか」

「さすがに農業は無理でしょう」


「大規模な耕作は無理です。ですが、元気になったお年寄りから小さくてもいいから畑がほしいとの要望が出ています」


 生き甲斐も大事か。それに微々たるものでも食料が自給できれば村の負担も減る。

「いいけど、畑を作ったら税を取るよ」


 ハルヒが怖い顔でユウトを睨んだ。

 そんな怖い顔で見ないでくれよ。経営者には経営者の苦労があるんだよ。


「税は作物でいいですか?」

 欲を言えばお金がいい。だけど、入居する時にもう多額の持参金を貰っているからな。


「作った作物の二割を税でもらって。税は食事にして配って」

 食費は大きい。また、一日一食が三食になれば三倍だ。


 農機具が届くと耕作を開始するお年寄りが続出した。

 食糧を輸入に頼っていた村は食料自給率がほぼ百%になった。


 支出は減った。栄養状態がよくなり、お年寄りがばたばたと死ななくなった。

 なので、持参金の収入は減った。


 トータルで見れば変わらないが、生活の質が上がった分よしとした。

 ハルヒがユウトの元にやって来る。今度は職人の道具を要求した。


「鍛冶道具と大工道具、それに牛を買ってもらえないでしょうか」

「あれもこれもと要求されてもねえ」


「村人の中には職人もいるんです。難しい仕事はできなませんが、簡単な仕事はしたいとの要望です」

 楽しそうに農業をやる人に職人層も触発されたか。


「いいけど、仕事するなら税を取るよ」

 ハルヒが怖い顔でユウトを睨む。


 またそんな顔して、こっちだって言いたくて言ってるわけではないんだよ。


 ハルヒは眉間に皺を寄せて提案する。

「税は労役でいいですか」


 家も老朽化していたからな。どこかしら壊れているだろう。

 なんか悪徳老人ホームのようで、いい気分がしない。


 だけど、お年寄りに修理させるか。

「税は労役でいいよ。物や家の修繕をさせて」


 ユウトが庄屋になって半年。村の畑には野菜が実る。

 山羊も導入され墓場の雑草は駆除された。


 村では日中は職人が鎚を振るう音が響く。

 姥捨て村と呼ばれた村は笑い声が聞こえる村へと、確実に変わっていった。

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