序章׳ג:信頼と不信感
「いただきます!」
出されたのはカレーのような、シチューをかけたご飯だった。
素朴で、でも安心した味だ。
「美味しい……」
思わず言葉を漏らしてしまう。
ミシュリーヌは嬉しそうに「良かったです」と言う。
その嬉しそうな言葉に、俺も思わず嬉しくなってしまう。
閑話休題。
一段落ついたところで、情報の整理をしようと思う。
今日の明け方、自分は異世界転移をした。
それは決して周りの環境が一変しただけで、必ずしも異世界とは限らないのだが、取り敢えずそうしておこう。
まあ現に見たことの無い植物に文化が見られているのだから、間違っていてもさほど関係がないだろうし。
とにかく、自分が知らない世界であることには違いはないだろう。
そんな世界で会った二人。ミシュリーヌとアニー。
彼女らが言うに、この世界には魔法があるらしい。また、彼女らは何かと戦っているらしい。俺が気絶する前に襲われた、あのドラゴンらとでも戦っているのだろうか。確かに人間に害する生物はこの世界にはいくらでもいそうだ。
――訊いてみるか。
「えっと……そういえば何と戦ってるんですか?」
「え……誰がですか?」
「えっと、ミシュリーヌさん達です」
えっとが多いな……。
そう思いながら思いつく言葉を紡いでいく。
そう、俺はコミュニケーションが苦手だ。コミュ症と自称したいくらいに、恐らく苦手だ。
えっと無しでは喋れないのである。
……多分。
一方ミシュリーヌは「さんは要らないですよ……」と言いながら説明してくれる。
「何と戦っている――と訊かれると答えづらいです。一応私達冒険者なので。ほら、十年前くらいに突如として現われた謎の場所ですよ。貴方と出会った……あの……。国の命令で、我々冒険者はそこを探索しているんです。基本戦いませんが、相手が襲いかかってきたら正当防衛。少し言い方が分かりづらかったですね。私達は冒険者。戦う時は、私が前線に出て戦ってます」
なるほど……それつまり、この世界でもあの魔物達は異常というわけか……。そしてその調査に出てるのが彼女たち、と……。
「……グループって、何人なんですか?」
次の質問は先程出た単語、グループ。
集団で冒険しているのだろう、と仮定すると大体三十から四十くらいか……。
そう予測したが、ミシュリーヌが答えたのは意外な数だった。
「六人……くらいですかね。多分、確か……」
え……六人!?
あと「多分、確か」って何!?
そう突っ込もうとしたが、その前にアニーが言葉を出していた。
「確かって何ちゃん~? もしかして忘れちゃったちゃんなのかな??」
「も、もう。いや何かもう一人いたような気がしちゃって考えちゃっただけですよ!」
「いや~リーダーちゃんともあろうものが人数間違えそうになるなんて……」
「違うから! 分かってたから!!」
アニー……散々ミシュリーヌを弄り倒してる……。
そんな彼女たちを見ると、少しいやされてしまう、やはりここ何年も、ボッチ道を歩んできた者だからか、それまたまた別の理由か。なぜかその輪に入りたくなるのだ。
……それはボッチ道に外れている、と誰かの声が聞こえる気がする。仕方ないからな! ボッチも時に友を欲するのだ!
「あの、それって少なくありません?」
その間に俺は質問する。
するとミシュリーヌは少し驚いたように俺を見て、それから元の優しい目に戻って答えた。
「仕方ありませんよ。今は色んな問題がありますからね。ほら、よくNEWSとかで見ませんか? 人材不足が問題となっているってね。前の大量消失の痛みはまだ消えてないんですよ。それに――」
一つ間が空く。
「それにこの仕事は少し内密に行なわれていますから」
何故内密か。それは色々な事情があるのだろう。というか考えてみれば、なぜこんな若い、しかも女子を未知である、危険な旅路に行かせるのだろうか。それ程深刻な人材不足に陥っているということか。
あと、NEWSあるんだな。
他に質問はありますか? ミシュリーヌが訊いてきた。
色々な質問がある。何を質問すべきか、少し悩ましい。
なら――。
「ここは……どこですか?」
恐らく地名が答えられるだろう。無論俺はそんなの、知るわけがない。
自分が住んでいた世界とこの世界が同じか、なんても分かる訳がない。
ただ、それでも気になった。
ここがどこなのか。
それに、どう答えてくれるのか、気になった。
「……ここがどこか分からないんですか」
二人とも驚いたように目を見開いていた。
そしてしばらくして目を閉じて、アニーが答えた。
「ここはニホンちゃんだよ。君ちゃんは記憶ちゃんを、失っているのかな?」
ニホンちゃん――。
ニホン。
俺はその地名に聞き覚えがあった。いや誰しも聞き覚えがあるだろう。
そう、そこは俺が住んでいた国だ。
……その驚きと共に俺は気付く。
ミシュリーヌの目が、アニーの目が、とても冷たくなっていることを。
それは軽蔑の視線で、それは怒りの視線で、それは――。
俺は、何か重大なミスを犯してしまったのかもしれない。