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07 死神は宣告する

 欧州のどこだかで、大規模な爆破テロがあったことは、ニュースで知った。

 シュウさんのお仕事タブレットには、死神用の情報ポータルサイトがあって、たくさんの人が亡くなった事件や、著名人の逝去などが更新されていくのだ。過去の情報検索だってできてしまう。勿論、制限は設けられているけれど。


 今回のテロについては、日本のみならず、海外メディアのニュース映像も見られるようになっている。

 テレビのように字幕や吹き替え処理がなされているわけではないので、なにを言っているのか正確なところはわからない。

 でも、日本語で書かれた文章で詳細を読んでいるから状況は伝わってくるし、なによりも視覚でとらえる映像は凄惨さを伝えてくる。


 うん。わかってはいたけど、やっぱりキツイよね。死者がどれだけ出るのか知っているのを待っているだけって、ものすごくキツイ。

 死神って、メンタル強くないとできない仕事なんじゃないかなあ。



 国外で日本人が亡くなった場合、それらを出迎えるのは、各国の死神機関らしい。

 あ、死神って呼び名は日本のものだけど、それに準じた存在がちゃんといるっぽい。文明や宗教の数だけ、神や死生観があるってものよね。

 外国の方が日本で亡くなった場合も同じで。日本の死神さんがお迎えに行って、それぞれの国に戻るか否かは応相談。大使館のような場所はちゃんとあるんだって。すごいな、死神界。


 そのあたりの影響なのか、シュウさんも忙しそう。文字化けして内容はわからないけど、切れ間なく予定がつめこまれている状態だ。

 普段は、朝昼晩と一緒に食卓を囲むんだけど、最近はずっと出払っている。

 用意してもらったご飯をあたためて、テーブルに並べる。私だけしかいないんだけど、いつものようにランチョンマットを広げた。


 いったいどこから調達したのか、シュウさんは二枚セットのランチョンマットを敷いて、その上にお皿を並べていく。ただでさえ綺麗な料理がさらに映えて、オシャレ感満載になるんだけど、私がやっても全然だった。センスがないや。

 腹に入れば同じだ! が、叔父さんの精神なので、私もそれにのっとって気楽にやらせてもらってたんだけど、やっぱりもうちょっとなんとかしたいよね。シュウさんによくしてもらっているぶん、私も返したいって思うもの。



 ということで、料理ですよ、ふふふ。

 外には出ないようにって言われて、相変わらず食料は豊富に用意されているので、なんだって作れる。

 ――作れる人ならね。


 湯がきすぎてデロデロになったホウレン草をザルにあけながら、私は天を仰ぐ。

 どうしてこうなった。

 いやしかし、これはこれでいいじゃないのよ。もったいないから使いましょうぜ。

 すり鉢を出してきて、デロンとなったホウレン草を投入。すりつぶしてペースト状にして、うーんどう使おうかな。

 戸棚を開けて目についたのがパスタ。

 おお、パスタ。ホウレン草のパスタとか、なんかよくない? おしゃれっぽいし。

 よーし、洋風プレートにしよう。ロールパンに切れ目を入れて、挟んで食べても素敵。人気のカフェメニュー特集とかで見たことあるやつを思い出して、私は今日の夕飯を作ることに決めた。


 いつもはシュウさんに作ってもらってるけどさ、たまには私が作って出迎えたいわけよ。

 おかえりなさい、夕飯できてるから、みたいな。

 なんか新婚さんみたい。私とシュウさんはそんな関係じゃないのに。ただ同居しているだけだし、えっと、その、シュウさんは私のことを好きだ、とか、うん、そんなようなことを言っていたけども、私はべつにシュウさんに対して、そういう、ねえ。


 誰もいないのに、誰かに見られているような恥ずかしさに襲われて、私は首を振った。

 シュウさんは死神で、私が助けた黒猫で、たまたまタイミングがよかったせいで「恩人だ」とか言われただけであって、あの場にいたのが別の誰かだったとしたら、その人が恩返しの対象だったわけで。

 叔父さんがいなかったから、シュウさんが同居することになって。

 考えてみると、すべてが偶然のタイミングだ。

 なにくれとなく世話を焼いてくれるおかげで、マンションの外へ出ることもない。以前のように、夜になってから散歩する程度で、それだって長距離を歩くわけじゃないんだよね。

 このまえ、ちょっとした段差につまづいちゃって、転びそうになったことがあるんだけど、シュウさんにお姫様だっこされる羽目になって。あのときは、人通りがないことに感謝したよ。夜でよかった。

 シュウさんの性格からすると、真昼間だろうが関係なくやらかしてくれそうじゃない? そんなことになったら、そしてそれを目撃でもされようものなら、私、もうこの辺りを歩けなくなる……。



 パスタとパンだけじゃ物足りないので、ホウレン草尽くしといきましょうか。

 汁ものが欲しいから、スープとかいいかもね。

 あー、ホウレン草を練りこんで、パウンドケーキとかも素敵だなあ。まっしろいホイップクリームを添えるの。オシャレでいいなあ。

 いや、作ったことないし、食べたことないから、そこまで冒険はしないけどさ。

 ポタージュスープを作るから、クリームパスタにするのは止めておこう。

 塩やしょうゆベースのあっさりめの味付けがいいかな。歯ごたえが寂しいから、角切りベーコンぐらいは入れておこう。

 ワンプレートにまとめるなら、明るい色も足しておきたいな、彩り的に。

 となれば、たまご。黄色があればきっと華やか。

 とろり半熟のスクランブルエッグ。パスタに塩気がありそうだから、たまごに塩は入れないで、ケチャップを添える程度。赤色が足されて、見た目もきっと素敵なはず。


 おお、なかなかいいかんじじゃない?

 私の脳内には、カフェのメニュー写真に載っていそうな洋風プレートがイメージされる。

 よしよし、完成形が見えていれば、私だってきっとなんとかなるよ。



 そして出来上がったのが、こちらです。


 藻だ。

 水槽に張りついてる藻だよ。

 パスタの上に、藻が乗ってるよ、これ。

 食べるときに自分で混ぜればいいかと思って、ペーストを上に飾ったのが、失敗だったかも。

 おまけにショートパスタをつかったものだから、カエルのたまごに藻が乗っているとしか思えなくなった。

 ホウレン草のポタージュに至っては、青汁である。なにこれ、エグい。クリーミーさのかけらもない。

 焦げが混じって小石と化したスクランブルエッグ。添えたケチャップの流れ方も、なんか、もうアレなのよ。推理ドラマの殺戮現場みたいになってる。

 全体的に、グロ注意だよ。



 あまりの惨状に呆然としていると、ベランダでカタリと音がした。

 シュウさんが帰ってきたのかと思って台所を出て、おそるおそる部屋を覗いてみると、誰もいない。

 ああ、よかった。このグロ料理を見られずに済んだよー。

 ――いや待って。むしろ逆じゃない? 音がしたのにシュウさんがいないって、どういうこと?


「なんだこれ、すっげーまずそう。逆に天才だな」


 背後から声がした。

 身体が震える。

 振り向きたくないけど、そんなわけにもいかない。

 だってこの状況には覚えがあるじゃない。いきなり誰かが部屋の中に侵入してくるという、この状況。

 何故か手にしていた鍋のフタを持って、じりじりと後退しつつ顔を声がしたほうに向ける。

 そこには、男の子が立っていた。

 年のころは、十代前半。身体にぴったりと添った黒いシャツとズボン。全身黒ずくめの少年は、私をギロリと睨みつけて口を開く。


「おまえ、いいかげんにしろよな」

「……死神さん?」

「わかってるなら、オレが来た理由だって想像つくだろ」


 シュウさんだ。

 死神のシュウさんが、人間世界の私と一緒に住んでいることが、ついに問題になったのだ。

 いつかはこんな日が来るんじゃないかって、きっと私だって気づいていたはず。死神と同居するなんて非現実なことが、いつまでもつづくわけがないんだから。そろそろ解放してあげるべきなんだよ。

 シュウさんは優しいから、突き放すことなんてできない。

 つまり、これは私の役目なんだ。


「わかりました。それで、私はどうすればいいですか?」

「はあ? どうするもなにも、さっさと成仏しろよ」

「じょ、じょーぶつ」


 さすが死神。言うことがキツイ。往生せえやー、とか、とっととくたばれ、とか。任侠映画みたいな台詞だ。


「……でも、いくら死神だからって、もうちょっと言い方ってもんが」

「うるせー。おまえがシュウさんを縛りつけてるんじゃないか。早くあの人を解放しろよ。おまえのせいで、シュウさんは上にも行けず、ずっと留まってるんだぞ」


 ああ、グレードがどうのってやつか。

 つまり、シュウさんには昇進の話があって、でも私の世話を理由にここにいるから、出世できていないんだ。


「面目ないです。でも、ですね。他人に向かって成仏しろとか、いくら死神さんでも、もうちょっと言葉を選ぶべきではないかと思うんだけど」

 そんなことじゃ、いいホストにはなれないぞ、少年よ。

 私が言うと、少年は苛立ったように声をはりあげて、私に告げた。


「なに言ってんだ。おまえ、とっくに死んでるくせに」



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