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死神の恩返し ~足をくじいた私は、なぜかイケメンの死神と同居することになりました~  作者: 彩瀬あいり


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06 死神は共有する

 シュウさんの仕事を手伝うようになって、えーと何日目だっけ。

 家に引きこもってると、曜日感覚が薄れてくるんだよね。ほら、スーパーの特売って「水曜日はたまごの日」みたいなかんじで、お店に行けばわかるんだけど、いまの私にはそれがないから。

 こういうときは、日めくりカレンダーっていいものだなーって思ってしまう。普通のカレンダーだと、いまが何日なのかわかんないもん。

 いや、まあ、日めくりも忘れちゃったら意味ないんだけどね。

 そしてたぶん、私は忘れてしまって、翌日に二枚分ぐらいめくっちゃうタイプです。

 なんだったら面倒だから、明日のぶんもやっておいて、それを忘れて次の日にめくって、どんどん日付がずれていっちゃうタイプですね、はい。


 とにかく私というやつは忘れっぽいというか、鈍いというか、思考速度が遅いというか。まあ、そんなかんじの人間でして。一念発起して日記とかつけようと思っても典型的な三日坊主ってやつですよ。

 毎年スケジュール帳を買うんだけど、なぜかどこにいったかわからなくなって、大掃除のたびにあと数日しか使えない手帳を発見するのが、恒例行事。

 今年の手帳も、たぶん年末に「こんにちは」するはず。ところで、今年はどんなの買ったんだっけ?


 そんなずぼらな私だけど、シュウさんのお仕事管理は奇跡的に続いている。これは自分で自分を褒めるべき案件だよね。

 叔父さんは、「おまえはルーチンワークの仕事が合ってる」って言ってたけど、そうなのかもしれない。

 ちなみに、シュウさんが使っている仕事用のタブレット端末には、余計な機能は付いていない。スケジュール管理をする業務システム以外には、天気予報とかアラームとかフリーメモとか、まあそんなかんじのやつだけ。叔父さんはいろんなアプリをダウンロードしてたけど、死神界にはそういうのないのかな?


「娯楽用のアプリケーションはあるが、これにはインストールできない。会社からの支給品だからな」

「不便ですねえ」

「そうでもないさ。皆、これとはべつに私用の端末を持っている」

 おお、二台持ちとは豪勢な。

 って思ったけど、シュウさんも普段はタブレットは置いたままだっけ。普段は腕時計のほうで確認しているし、私が仕事を手伝うようになってからは、ほぼ家に置いてある。だいぶ見方もわかってきたし、これがあるとシュウさんのスケジュールも一目瞭然。


 個人スケジュール表も、お言葉に甘えて私なりにアレンジしてみた。色分けしたり、フィルターかけて抽出できるようにしたりね。

 過去のデータも一覧にまとめて、時間とか場所とかも入れて、地図アプリと紐づけるようにしてみたよ。これによって、シュウさんの行動範囲がわりと狭いことがわかった。

 なんていうか、もっといろんな場所で仕事をしているのかと思ってたんだけど、そうでもないのかな。いわゆるエリア担当みたいに、シュウさんは私が住んでいる地域の担当さんってことなのかもしれない。

 ん? でもそうすると、うちの地区って死者が出すぎなのでは?



「以前にも言ったと思うが、相手は人間であるとはかぎらない」

 今日も今日とて、シュウさん作の美味しい夕飯に舌鼓を打ちながら、昼間の疑問をぶつけた私に、シュウさんは答えた。

「つまり、猫になって猫の魂を迎えに行ったりするってことですか?」

「猫だけではないが、まあ、そういうことだ」

 さらりと告げて、白米を口に運ぶ。

 今日は和食。白いご飯に、具沢山の味噌汁。焼いた甘塩の鯖に大根おろしを添えてある。

 長い指で持った箸を器用に操り、シュウさんは魚をほぐしていく。食べ残しもなく、お皿はとても綺麗だ。思わず視線を落として、自分と見比べる。

 じょ、女子力が。圧倒的に、女子力が足りていない。


「猫以外って、たとえばどんな?」

 ごまかすように話題を振ると、シュウさんは虚空を見上げ、「そうだな……」と呟く。そのままの姿勢でしばらく考えこんだあと、やがて視線を落とし、私の顔を見据えた。

「死神にはグレードがあるといったのを覚えているか?」

「はい」

 浮気相手に憑りついた女の幽霊に営業かけるホストのことですよね。

 テレビで見た、嘘だか本当だかわからないシャンパンタワーの映像を思い浮かべながら頷くと、シュウさんは微妙に眉を寄せた。「まあ、いいか」と小声で呟き、気を取り直したように言葉をつづける。


 それによると、死神ランクの低い新人とかバイトに与えられる顧客が、植物らしい。収穫された野菜とかじゃなくて、枯れてしまったものが対象。ようするに、根っこの問題かな。栄養を取りこむことができなくなれば、死を意味する。

 生け花なんかも、水を吸って生きているあいだは大丈夫なんだけど、あれは延命措置らしい。人間でいうところの、酸素吸入とか、ああいうのなのかな。

 あとはたとえば、火事があって焼けちゃったとか、そういうのも対象。現場で人間の魂を迎えるのは、そういうランクの死神であって、下っ端は植物を相手にするらしい。

 死神ってすごい。


「由衣」

「ありがとうございます」


 今日のデザート。柚子風味のフルーツ寒天を食べながら、私はしみじみ思う。

 死神って、すごい。



  †



 ピンチはチャンスというけれど、ピンチはピンチだと思う。

 死神業務システムを立ち上げたとたんに出て来たアラートに、私はあわてた。「!」マークがピコンと立ち上がる。なにこれ、こんなの見たことないんですけどっ。

 やばい、ついにクラッシャー由衣の本領発揮かとわたわたしていると、シュウさんがやってきて、私の背後から端末を覗きこんだ。


「すみません、なにもしてないんですよ、えっと、クリックしてシステム開いただけでしてっ」

「落ち着け、べつに君が失態をおかしたわけではない」

「ほんとですか?」

「ああ、これは他国の情報が送られてきただけだ」

 肩口から腕が伸びてきて、画面に向かう。シュウさんとの距離がさらに近くなった。

 声が、あの耳心地のいい声がすぐそばで聞こえる。吐息が耳朶を打ち、私は背中を震わせた。


 耳許で囁くとか、もうほんとずるいから、心臓に悪いから。

 必死に動揺を押さえつけているあいだに、シュウさんの指は画面を這う。ポンポンとどこかをタップしていくと、いままでに見たことのない画面が現れた。


「これは、国外の情報だ。大規模な死者が出るような事態があれば、事前に情報が流れてくる。そういう協定が結ばれているらしい」


 なんてグローバル。死神ネットワークは、日本だけじゃなかったらしい。

 でも考えてみれば当たり前だよね。どこの国でも人は生まれて、死んでいく。人間だけが対象じゃないっていうなら、内容は多岐に渡るだろう。森が消えたり、野生動物の生存競争があったり、日本では考えられない規模で命の循環はおこなわれているにちがいないのだ。

 アラートには重要度があって、色で判別可能らしい。緑色なら植物関係、黄色なら動物、そしていま私が見た赤色は、人間だ。


「……どこかでたくさんの人が死ぬってことですか?」

「そうだ。大量に魂が流入することで混雑が起こる可能性があるため、こういったときには情報を共有する必要がある。今回は、テロが起こるようだな」

「わかっていて――」

 口を開きかけて、止める。

 テロが起こる。

 それによって、なんの関係もない一般人が死ぬことがわかっていて、なんの手立ても打たないのか。

 黙って見過ごすのか。

 そう言いかけて、気づいたからだ。

 シュウさんは死神だ。定められた命運に従い、動いているにすぎない。知ったからといって、なにができるだろうか。


 一度の大量の人が亡くなる事態は、どんなときだろう。

 テロ以外にもたくさんあるはずだ。

 交通事故、自然災害、感染症。

 国内外を問わず、テレビやネットで目にするニュースは、時に映像を伴いながら「死」を伝えるけれど、私はそれをどこまで認識しているだろうか。胸を痛めないわけではないけれど、連日続いていけば、いつしかそれらはただの数字として捉え、日常にまぎれて、そして消えていく。

 日本のどこかで災害が起こって、生活に困窮していることがわかっていても、私はこうして屋根のある場所で寝起きして、電化製品を使って調理をして、呑気に、怠惰に生きている。

 シュウさんたちになにかを言う資格なんて、あるわけない。

 同じ世界で生きている私のほうが、よっぽどずるくて卑怯だ。


「……由衣は悪くない。誰だって、その場に立ってみないとわからないことだし、囚われすぎてもよくはない。抱えてばかりいては、心まで死んでしまうのだから」


 シュウさんの声が、甘い吐息が、ふたたび私の耳許をくすぐる。伸ばされていた腕は、気づけばタブレット画面から離れて私の身体を抱いていた。

 背中から感じる気配と、触れた部分から伝わってくる熱。

 腕の中に囲われて、そのあたたかさに身をゆだねたくなる。

 静かな部屋の中、トクントクンとゆっくり胸を打つ心音だけが、私の脳内に響いた。



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