愛しき二人暮らし
この度、拙作『家の前にイケメンが落ちていたので、隣の家に捨ててみた』が、MBSラジオ様の番組、『寺島惇太と三澤紗千香の小説家になろうnavi-2ndbook-』にて紹介していただけることになりました!
番組の放送は、毎週日曜日17:10-17:40です。
8月2日から23日の4回に渡って、作品の紹介と、プロの声優様による朗読が放送されます。朗読作品に選んでいただき、とても光栄に思います。感慨無量です。
番組はYouTubeでも視聴出来ますので、良ければ御視聴ください。
今回のお話は、ものぐさ娘と魔法使い、二人の結婚後の日常を綴った小話集となります。ラジオ放送を記念して、投稿させていただきます。
恋しく思う話。
「熱い……」
夏の暑さってのは本当にどうしようもない。毎日毎日、熱いとしか言ってないくらい熱い日が続いている。
じりじりと太陽が攻撃してくる真昼間に外に出る気にはならないので、水汲みや家庭菜園は必ず早朝に済ませて、極力外へ出ないようにしているほどだ。
そして、家から出ないのなら、薄くて涼しい露出の多い格好をしても誰にも文句は言われないので、今の私の格好は、夏用の薄い寝間着のみ。
腹の部分を盛大に捲って涼をとり、長椅子でごろっごろするのが日課である。はしたない格好だが一人なので気にしない。
あー頭溶けそう……などと考えているとき、玄関の扉が開く音がした。
ただいま帰りました、と声が聞こえた瞬間、私は起き上がってそちらに駆け出していた。
「おかえりなさい!」
以前のように転移魔法で入ってくることはしなくなった魔法使いが、丁寧に扉を閉めているその背中に飛びつく。
「た、ただいま……どうしたんですか?」
いつもはもっと素っ気ないでしょう、と困惑したような声がアレクシスからこぼれた。
彼が仕事で不在にしていたこの一週間、私はずっと、彼を恋しく思っていたのだ。
ふとした瞬間に彼を思い、そして、彼がいてくれたらと考えた。何度も何度も。
こんなに長く離れていたのは、かつて彼が魔女の討伐に向かったとき以来だった。
離れていたからこそ、わかることがある。
私はもう、彼なしでは生きていけなくなってしまった。それを強く実感していた。そんなふうに思う人が出来るなんて、結婚する前は想像もしていなかったのに。
私からの熱烈な歓迎に、困惑しているアレクシスの手をぐいぐい引っ張って、寝室へと連れていく。
されるがまま大人しくついて来たアレクシスに、私は言った。
「お昼寝したいから、ちょっと部屋涼しくしてくれない?魔法で」
ひんやりと心地よくなった部屋に、思わず頬が緩む。
ここ数日、暑すぎてろくにお昼寝も出来ず、精神的な疲れがたまる一方だった。
やはり魔法使いが家にいると凄く便利である。
私はもう、魔法使いのいない生活には戻れなくなってしまったようだ。もし離婚とかすることになったときには、とても困ったことになりそうである。
なんか落ち込んだ様子のアレクシスのことは後にして、快適なお昼寝を満喫するべく、私は夏用のさっぱりとした布団にもぐりこんだ。おやすみなさい。
仕返しする話。
私のお気に入りの長椅子が占領されていた。
お昼寝しようとしたら、私より先に奴がぐうぐう寝こけていたのである。
布団で寝てもいいのだが、長椅子には長椅子だけの趣があるのだ。今日は此処で寝る気分だったのに、とため息をつく。
横取りされたような気持ちで寝ている男を睨み付けるが、相手は呑気にすぴょすぴょ寝ている。流石イケメン、お綺麗な寝顔にはよだれひとつない。
私はふと彼の頭に触れて、その細くて柔らかな、やたらにさらっさらな髪の毛を弄んでみた。
全く起きる気配がないのは、疲れているのか鈍い性分なのか。試しに頬っぺたをつついても起きないので、気晴らしに仕返しをすることにした。
「……あの、これ、なんですか?」
夜、お風呂に入る前になってようやく気づいたらしい彼が、自分の頭を指差ししながら聞いてきた。
寝ている間にちょこんと結ばれてしまった髪を飾るのは、お菓子の包装に使われていた、やたらと可愛いピンクのリボンだ。
向き合ってご飯食べてる間、何度も笑いそうになって自分にも攻撃が跳ね返ってきた、恐ろしい姿である。
綺麗な顔してるもんだから、ちょっと似合ってて笑えるのだ。無駄にお腹が鍛えられたような気がしている。
首を傾げた彼に、なんと言おうか考えていたら、
「触ってくれるなら、起きてるときにお願いします……」
等と言って、彼は少し照れたように笑った。
……え、その髪型許容範囲なの?女でも幼児までしか耐えられないであろう、かわゆい感じですけど。やっといてなんだけど、自分だったら耐えられないわこれ。
「じゃあ明日の朝もっかいやったげよう。それで出勤して」
しかし結べというのなら、やぶさかではない。
明日以降、職場でひそひそされるようになったらどうしようと思ったが、別に私は困らないなと思い直した。
せめてお菓子の包装用じゃあなく、普通のリボンがないかな、と、彼がお風呂に入っている間に家探しすると、色々見つかった。
子供の頃、母が購入してきたが私は全く使わなかった可愛い刺繍のものや、ビーズのついたものなど、大人が身につけるには少し可愛すぎるやつが。どれで結んでもえらいことになりそう。
朝、結んでやった彼は本当にその頭で出勤した。
可愛いビーズのリボンで飾られた男に、うわあ、と思わないでもなかったが、やってしまったものは仕方ない。
少女趣味と言われるようになったとしても、妻として受けいれてやろうではないか。仕方ない、結んだ責任もあるし。
しかし、夜帰宅した彼にどうだったかと聞いてみたら、「好評でした」などと返ってきた。
魔法使いの職場とは、私の想像もつかない、恐ろしいところのようである。
どこが好きかという話。
「私のどこが好みですか?」
たまにこんなことを聞いてくる旦那は、ちょっと面倒くさい。
どこが好きだとかどこが好みだとか、小難しいことを考えるのが好きらしい彼は、折に触れてこんなことを言う。
その度に面倒くさいなと思うので、最近の私は深く考えることを止め、いつも適当に返事をしている。
「つむじ」
「……つむじ?」
「つむじ。あんた二つあるんだよ。珍しいよね」
「えっと、頭にあるつむじであってます?」
「頭以外にあるんなら見てみたいわ。犬猫じゃあるまいし」
納得のいかない顔の彼を横目に、私は読書に戻った。
いい加減ネタが尽きそうなので、やめてほしいところである。
恋人からお手紙が届く話。
郵便が届いた。
どうせ父母が旅先から絵はがきだろうと思ったら、重厚な見た目の封筒だった。透かし模様の入った明らかに高価な装いである。
宛名は私になっていた。
ばりっと破いて中を見てみると、中身もまあ、なかなかの量である。
仰々しい言葉の羅列を、目を滑らせながらも読んでいけば、終わる頃には肩が凝ったような気さえした。
便箋五枚もかけてつらつら書かれた内容は、かみ砕いてみればとても簡単。
アレと別れろ。それだけだ。
妻として相応しくないとか、弱みでも握ってるのかとか、どうせすぐに捨てられるとか、会ったこともない相手への手紙をよくもまあこんなに書けるものだ。紙の無駄じゃない?
肩を揉みながら、さてどうしたものかとアレクシスを呼んでみる。
「ねえちょっとー、あんたの恋人からお手紙来てるんだけど。返事でも書いてあげたら」
「……誰ですかそれそんなのいませんけど!」
「ちょっ、急に詰めてこないで暑苦しい」
勢いよく駆け寄ってきたアレクシスには下がってもらい、とりあえず向かい合わせに机につく。
「……恋人なんていないんですが」
机の真ん中に手紙を置いて見せてあげれば、彼は引ったくるようにして読み始めた。
「運命の相手で、永遠の愛を誓った愛し合う恋人同士で、ご両親にも認められた婚約者らしいね。忘れちゃったらかわいそうだって」
「誰ですかそれ。かつての婚約者とは家の事情でとっくに解消になってますし、恋人は今も昔もいません。運命の相手?何を根拠に」
「まあ、もう結婚したんだし、恋人じゃなくて愛人の間違いだよね」
「恋人も愛人もいませんから!勝手に浮気者にしないでください」
「貴族にはつきものでしょ」
「偏見ですよ。貴族をなんだと思ってるんですか」
「嫁が正式に数人いて、愛人もいて、使用人に手を出したり娼婦との間に隠し子がいたりするよね、物語のなかでは。そして現実では、時々その上をいく事例があったりしてさ」
どろどろしてそうな貴族の世界で育ったわりに、そういうのに耐性がないのか、アレクシスは頭を抱えだした。
結局、手紙はアレクシスがどこかへ持って行き、以降同じ名前の人物からの手紙は届いていないので、なにか対策したのだろう。
しかし、年に数回は新たな恋人もしくは愛人から、その手の手紙が送られてくるので、私はその都度、アレクシスに丸投げすることにした。そしてその度に、彼は疲れたような顔で出かけていく。
イケメンにはイケメンなりの苦労があるらしいので、頑張って生きてほしいものだ。
聖女でもないのに仕事してしまった話。
夜、仕事から帰宅した旦那の様子がおかしかった。
どこか目付きが変というか、表情がないというか、よくわからないが違和感があった。
どこが変なのかとじっくり観察していると、気付いた彼に、鬱陶しそうに眉をひそめて「何ですか?」と返される。
「なんか変だけど、何かあった?」
「何も。あなたには関係のないことです」
「へー、あっそう」
なんか無性にいらっとしたので、後ろに回って背中をばしっと叩いてみた。
「うぐっ……なんで叩かれたんですか?私」
「ごめんなんかむかついた。てか、なんか様子おかしかったけど、何?」
尋ねると、彼は慌てた様子で、職場に戻っていった。
私が働くわけじゃないから別に良いけど、残業代はちゃんと出るのだろうか。
翌日になってから、彼はひどく疲れた様子で帰宅した。
「どうやら、おかしな術をかけられていたようです」
「へー、お疲れ」
近隣国から外交に来たお姫様が云々、と言い出したので、私は適当に相槌を打って聞き流しておいた。
アレクシス以外にも、かつての石仲間や他数人が、変な術にかけられかけていたそうだが、聖女でもなんでもない私には関係のないことである。