↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レポート  作者: 篠森京夜
58/60

レポート-2

 花村綾菜の父親は小さな教会の牧師であった。彼は娘が生まれる数年前に彼女の母親と知り合い結婚した。彼の生い立ちは全くわかっていない。本当に牧師の資格を持っていたのかも疑わしい。ただわかっているのは、彼がいつの間にかある港町の小さな教会の牧師になったということだけだ。彼の牧師としての仕事振りは悪いものではなかったらしく、教会に通う信者の数も少なくはなかったようだ。娘を生み落として間もなく妻が亡くなるという不幸はあったが、それ以外は特に大きな出来事もなく、平穏な日々が続く。

 アヤナが五歳の頃に教会が全焼し、父親が死亡するまでは。

 その後、アヤナは資産家であった母方の親戚に引き取られ、その家で大学進学までの日々を過ごすことになる。


 ここから話は妙な方向に進む。それはアヤナの父親にまつわる話だ。 


 アヤナの父親はプロテスタント教会の牧師として聖職に従事する以外に、全く別の形で宗教活動に携わっていたらしい。

 二十年以上昔に広まった宗教団体……『殉教』と称して信者が集団自殺を図ったことで有名な狂信的団体がある。入信直後に消息を断った若者の家族からの訴えで警察が捜索に乗り出し、教団と衝突した結果、数名の警官と信者が死亡する事件が起きた。警官の捜査を阻止する為に信者が警官を刺し殺し、自らの命をも断ったのだ。

 警察は教団を激しく弾圧、ついに教団は空中分解した。いや、教団の幹部までが『殉教』してしまったので教団自体が機能しなくなったというのが正しい見解だろう。その後も残された信者が教団に殉じて自殺する事件が相次いだ。しかし目の前で死なれていく警察官や信者の家族はともかく、社会的影響は少なかったので、一時的に騒ぎにはなったもののいつしか忘れ去られていった。

 当時まだ生まれていなかったサオリが知らなかったのも無理のない話だ。

 この教団とアヤナには意外な関係がある。教団は複数の幹部によって運営されていた。彼らは一人を除いて全員が『殉教』している。その最後の一人……最後まで姿を現さず、正体のつかめなかった人物こそがアヤナの父親だというのだ。

 勿論証拠があるわけではない。教団のトップに立ち、自らを死に導く教義を広めた人物の存在こそ確認されていたものの、その正体は警察もつかめなかった。ただ、彼が教団の崩壊後も生き延びていたことは確かなようだ。

 小説家はこの話をとある定年を迎えた元刑事から聞いた。彼は当時の教団捜査班の一員であり、ずっとアヤナの父親を追っていたそうだ。だがその行方はようとして知れず、ようやく居場所を突き止めた直後、彼は火事で死亡した。

 その元刑事は教会の焼け跡の側に一人で住み、定年後の生活を送っている。小説家は元刑事から譲り受けた、教会の跡地から発見された物を見せてくれた。それは小さなセルロイドの人形や、銀の十字架、綾菜の父親が使っていたと思われるノートだった。


 話は一旦、その後のアヤナに飛ぶ。

 アヤナは父親を失った後、親戚に引き取られている。彼女は幼い頃の記憶を殆ど持っていないらしい。あの子から昔の話を聞いたことはなかったからね、とは彼女と同居していた従姉妹の言葉だ。アヤナの父親について何か知っているかと訊ねてみたが、何も知らないようだった。

 彼女は高校までアヤナと同じ学校に通い、仲も良かったようだが、アヤナの詳しい生い立ちについては何も知らなかった。彼女の親が話さなかったのだろう。彼等もアヤナの父にまつわる噂など存在自体知らなかったようだ。

 ともかく、アヤナは問題も起こさずに大学に進学し、この地を離れている。

『まあ、昔からあの子は大人しかったし、問題起こしたことなかったよ。私と違ってさ。本当に頭が良くて真面目な子だったね』

『あの子を叱ったことはほとんどありませんでしたね。小さい頃は、少し変な所はありましたけれど……』

『いやあ、引き取った時はどうなるかと思いましたが、あの子が立派な学者になってくれて安心しております』

 順に従姉妹の女性、引き取った叔母、叔父のコメントだ。小説家はタカハラの雑誌の取材という名目で訊ねたので友好的なコメントが多いのは当然としても、誰に聞いてもアヤナが問題を起こしたというような話はなかった。

 花村綾菜は自制的な人間だ。問題となるような目立つ行動を起こすとは思えない。大学に入ってからの男性遍歴は派手だったが、それも大学生活とは切り離していたし、花村綾菜という人間は驚く程に自分をコントロールしていた。

 しかしだ。

 幼い頃に親戚に引き取られた……両親を失い、記憶もないような少女が全く問題を起こさないものなのだろうか?

 疑問は他にもある。

 アヤナを引き取った親戚一家は、彼女のことを完全に他人と考えているようだった。従姉妹は姉妹だと思っていないし、叔父夫婦は子供だと思っていない。仮にも十年以上共に暮らしてきたのだ、信頼であれ拒絶であれ、普通は何らかの親密な関係が存在するものではないだろうか?

 だが彼等は、アヤナのことを偶然同じ建物に住んでいた隣人のような口調で語った。連絡も取り合っていないらしく、アヤナが失踪したことも知らなかった。

 彼女はここには帰ってこないでしょうね、と小説家は言った。


 家族と言えば、実の父親とアヤナの関係も奇妙だ。

 アヤナの父のノートに書かれていたのは実の娘の観察記録だった。

 幼い子供の記録をつける親など幾らでもいる。しかし彼のそれはただの記録ではなかった。動物の成長記録でもここまでは書かないだろうと思われる程に詳細に……冷静に記された『観察』記録。そこには当然あるべき親としての愛情は微塵も含まれていなかった。

 その一切の私情を省いた文章の隙間から這い上がってくるのは、獲物が太るのを待っている狼のような視線。ヘンゼルとグレーテルに出てくる魔女はヘンゼルを牢屋に閉じ込め食事を与え、太るのを待っていた……そんなことを思い出させた。

 アヤナの父親が統率していたらしい教団には幾つかの容疑がかけられている。その中には幼女誘拐も含まれている。これは信者の娘が何人も『殉教』と同時に姿を消したことから浮上した容疑で、はっきりとした事実関係はわかっていない。

 かつて教団に妻と幼い娘を奪われた元刑事は、そうは思っていないようだが。


 何なのだろう、この話は? 

 小説家から話を聞かされた後、サオリの疑問は却って大きくなっていた。とても真実とは思えない。アヤナの生い立ちも、父親の話も、教団の話も、まるで何処かの小説のようだ。最初、サオリは小説家がでっちあげた作り話ではないかと思った。だが小説家はサオリ以上に混乱し、参っているようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。