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私達は建築途中のマンションが立ち並ぶ住宅予定地を歩いた。完成すれば最新の設備を誇ったであろう建造物は、与えられた目的を果たすこともできずに立ち尽くしている。
歩きながら、私は妙な違和感を覚えていた。建設途中で放棄され、誰もいないせいかもしれないが……仮にこれらのマンションが完成していたとしても、果たして人間が住めただろうか?
最新の設備と環境デザイン。それは何処かチグハグで、不格好に見えた。
「アヤナ。気をつけた方がいいよ」
不意にケンジが私の腕をつかんで引き寄せた。
足元に目をやると、いつの間にかアスファルトで鋪装された道路は消え、目の前に大きな地割れが広がっていた。
それは大地に穿たれた完全な闇。
世界に突如として出現した空白。
その巨大な裂け目を見た瞬間、思考が寸断されたような気がした。
「工事の途中にできたんだけどね。ものすごく深い地面の……裂け目って言うのかな?」
ケンジはからかうように付け加えた。
「そう言えば、アヤナは前にもここに落ちかけたね」
地割れは小規模な広場に存在した。小さな広場を中央で分断するように広がり、最も幅広い部分で5~6m程の幅がある。地面にほぼ垂直に断面が伸び、昼間だというのに底が全く見えない。
一月前、私はここに落ちかけた。帰宅途中だったケンジは、私がフラフラと道を歩いているのを見かけたそうだ。ケンジの言葉を借りると『ぜんぜん、周りを見てなくて』『一人でブツブツ喋ってた』らしい。不信に思ったケンジがついていくと、私がこの裂け目に引きずり込まれるように落ちかけたので、慌てて助けた……ということだ。
彼の行為には感謝する。
正直な話、あの時の自分の精神状態には恐怖さえ覚える。
あの時のことについては後になって少しずつ記憶が戻ってきた。だが、あの女が現れたことは本当に起きたことだとは思っていない。死に直面した人間は自分の分身を見るという話があるが、似たようなものなのかもしれない。しかし、一つだけはっきりとわかることがある。
私はあの時、本当に死の間近に迫っていたということだ。
そして今でも、死から遠ざかったとは思っていない。
死は絶えず物陰に潜み、隙あらば私を闇の淵へと引きずり込もうとする。
私には目の前の断裂が、本当に地の底まで続いているように思えた。
「ねえ、この裂け目……埋めてしまわないの?」
「あ……うん。工事の時に出た土とか中に捨ててたな。……でも変なんだよ」
「何が?」
ケンジは私の緊張には気づかぬまま話し始めた。
それは初めてこの裂け目が現れた時のことだった。
「最初にはさ、本当に小さかったんだ。工事の途中で誰かが見つけたんだけどね。なんだろな~って思ってたら、いきなり崩れて今の……半分の半分くらいの大きさになったんだ。でね、これは危ないぞってことになって柵を作って置いておいたら、次の日にはもっと大きくなって柵が落っこちてたんだ。それからも変なんだ、色々と土とかゴミとか捨ててるのに、全然埋まらないんだ。トラックが何台も土を捨てたこともあったんだよ? でも、ますます大きくなったみたいだね。それで、皆がどうしようって相談してるうちに工事が中止になったんだ。久しぶりに見ると、また大きくなってるように見えるなあ」
ケンジは興味深げに裂け目の中を覗き込んだ。
「気をつけて!」
私は彼の腕を掴み叫んだ。
「大丈夫だよ、アヤナ。それよりアヤナの方が怖がってるんじゃない?」
ケンジがからかうような目で私を見る。
「そうね……正直、恐いわ」
私は彼の腕に掴まりながら呟いた。ケンジの目が優しくなり、逞しい腕が私を支える。
「大丈夫だよ。二人もいるんだから落ちないよ」
ケンジは自分の言葉が少しおかしいのに気がついた。
「えっと、そうじゃなくて……二人でいるんだから大丈夫だよ……かな?」
「……そうね」
私は何とか微笑みを作った。
「こっちから回ろう。それなら大丈夫だよ」
ケンジは私の手を取って歩き始めた。それから何気なく足元の小石を拾うと、裂け目の中に投げ入れた。
「音は……しないね」
私は出来る限り裂け目の方を見ないようにしてケンジと共に進み始めた。
しかし私には、果てしない暗闇の中を何処までも落ちてゆく小さな小石の存在が、はっきりと感じられた。




