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レポート  作者: 篠森京夜
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 こうして私達の共同生活は始まった。私はもう少しの間、生きてみることにする。ケンジを利用し、精神の安定を保ちながら。

 私は自分の生活からケンジ以外の他者を排除した。

 朝、ケンジが仕事に行くのを見送り、私は活動を開始する。必要なものは二つ。ケンジの買ってくるノートと、HBの鉛筆だけだ。私は机の上に広げたノートに向かい、たった一つのことを考え始める。それについて必要と思われる事実を書き出し、分析、判断し、答えを探る。


 取り組むべき問題は数多くある。

 私は何故、今まで生きたのか?

 何を求め、何を必要としたのか?

 何故、他人と関係を持たなければならないのか?

 何故、一人で生きて行くことはできないのか?

 何故、不完全な関係しか持つことができないのか?

 何故、拒絶するのがわかっているのに、他人を求めるのか?

 何故、何故、何故、何故……わからないことは余りにも多い。

 私は何故、ここまで苦しみながら生きねばならないのだろうか?


 いつの間にか時間は経ち、身体も精神も疲労する。

 夜が来るのは恐ろしい。

 夜の訪れと共に心の闇が蠢き、私を虚無へと連れ去ろうとする。

 少し待ってはくれないだろうか。

 どんな答えが出るかはわからないが、それまでは待っていて欲しい。私にできることは昔も今も、何かを観察し、分析することだけなのだから。


 闇が深くなった頃、ケンジが食べ物と切らしていた雑貨を買って帰ってくる。私は唯一の他者であるケンジを確認し、自分の存在を確認し、心の闇を消去する。

 不思議なことに、ケンジの存在は私の心の闇を拭い去ってくれるのだ。

 だから、私は今日も生きて行くことができる。

 ……他人を利用しながら。

 

「今日ね……現場で嫌なことがあったんだ」

 夕食の後、ケンジは私の隣に寝そべりながら言った。

「どんなこと?」

 私は彼の頭を撫で、身体を寄せた。

「あのね」

 ケンジは私を見て口を開き、不意に微笑んだ。

「変だな。帰るまで、すっごく怒ってたんだけど……お腹がいっぱいになってアヤナの顔を見たらどうでもよくなっちゃった」

「そうなの?」

「うん。変だね。帰る途中さ、ずっとアヤナに聞いて欲しかったのに……変だよね」

「よくあることよ」

 私は微笑んだ。

「悩み事とか、気にしていることって、案外そんなものなのかもね」

「うん」

 ケンジも微笑んだ。

「でも、それはアヤナがいてくれるからだよ? アヤナがいてくれるから……ありがとうね。アヤナ」

「ありがとう。ケンジ」

 私はケンジの額にキスをしだ。

 やがて私達の唇は引き合わされ、二つの影が重なった。

 夏の夜風に揺れるカーテンの向こうに、幾多の星が瞬いていた。

 この辺りは空気が澄んでいる為か、星が綺麗に見える。

 明日も暑くなりそうだ。

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