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レポート  作者: 篠森京夜
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「健児?」

 振り向くと、鮮やかな青い髪をした綺麗な少女が立っていた。

 ……あの少女だ。

 私は先程見かけた青い髪は彼女のものだと確信した。

 少女は臍の部分が丸見えなTシャツと太ももの付け根で切られた短いジーンズを身につけ、だぶついた革の上着を羽織っていた。顔立ちのあどけなさとは対照的に豊かな身体の線が、無造作な服装によって強調されている。

 しかし、彼女から受ける印象は生々しい女のそれではなく、非常に精巧な人形……人工的に作られた妖精のようだった。水晶のような瞳が軽くカールしている髪の隙間から私を覗き込む。そこには唯一、人工的でない生身の感情が浮かんでいた。

「その人、誰?」

 外見に似合わず乱暴な口調で少女が訊ねる。

「ああ、この人は花村アヤナさん。昔の……友人だよ」

「ふぅん……」

 少女が中途半端な言葉を返す。

 健児は彼女の言わんとすることを察し、少し困ったように微笑んだ。

 私は悟った。不満と嫉妬を隠そうともしない素直で純真な少女、それに向けられた健児の表情……誰よりも優しく、深みのある眼差し。

 信頼と、理解を。

 健児は私の身体を離すと、少女の手を取って私に向き直った。

「彼女は真珠。僕の婚約者だよ。アヤナ」


 タカハラが一人の女と奇妙なステップで踊りながら近づいてきた。親しい間柄なのだろう、ふざけた様子のタカハラに苦笑しながら踊りにつき合っている。

 タカハラは健児の側に少女……真珠の姿を見つけると、驚いた様子で話しかけた。

「なんだ、真珠ちゃんも来てたのかい? この前の写真集見たぜ、あれは良かった。色っぽかったし。健児もああいうのもっと撮ればいいのになぁ。こう、そそるやつをさ?」

「ありがと、タカハラさん」

 真珠は私から視線を逸らすことなく呟いた。タカハラも彼女の視線を追って私を見た。

「なんか、厄介なことになってないかい?」


「婚約……者?」

 馬鹿げた質問だ。頭は健児に紹介される前から二人の関係を正しく理解し、その後の展開すら予測してしまっている。しかし私の心と体はそれについていくことができず、為す術もなく予測されたレールの上を滑り始めていた。

 それはまるで、結末のわかっている事故フィルムをスローモーションで眺めているようだった。

「僕らは来年、結婚する予定なんだ。彼女は僕がお世話になった人の娘さんで……」

「婚約者?」

 私はもう一度繰り返した。

「そうだよ」

「……婚約者……」

「?」

 健児は小さく首を傾げた。

「ああ、まだ早いかとは思ったんだけどね。僕も生活は安定してないし……でも、やっぱり、けじめはつけないとね」

 健児は穏やかに微笑んだ。

「だから、君に会えて良かった。君とのことはずっと気にしてたから不安だったんだよ。でも、勇気を出して良かった。君に謝ることができたし……勝手な言い方かもしれないけどね」

「……私は、今の貴方にとって……どんな存在なの?」

「君は……真珠を別にすれば、僕が今までに出会った中で最も素晴らしい女性だ」

 健児は暫く口を噤んでから問いに答えた。彼が丹念に言葉を選んだことがわかった。

「君と出会ったのは、僕が一番迷っていた時期だった。あの時、僕が道を踏み違えたり、人生を捨てたりしなかったのは君がいてくれたからだと思う。正直、あまり上手くいった関係だったとは思わないけど……今でもあの時の行動を恥ずかしく思うし、君には申し訳ないことをしたけれど、だけど僕は君に感謝してる。本当に感謝してるんだ。そして僕は君のことを尊敬している。君は素晴らしい人だと思う」

 健児は真摯な眼差しで私を見つめた。

「君とはもう一度、関係を築き直したいと思う。僕が言えることじゃないかもしれないけれど、僕は君という人ともう一度、関係をやり直したいんだ。あの時のように感情に任せた関係じゃなくて、きちんとした関係をね」

「健児。何があったかは知らないけど、女を口説く時の台詞じゃないな」

 タカハラが踊りながら口を挟んだ。

「俺ならもっとロマンチックな言葉を使うぜ?」

「貴方の頭の中はいやらしいことで一杯ね。新塚君はもっと理性的な男女の関係の話をしているのよ」

 タカハラと共にいる女が言った。

「男女の間の友情。いいじゃない?」

「理性的ねえ。俺は人間は理性的なものじゃないと思うぜ? 男なんて下半身で動くもの……あ、真珠ちゃん! 健児だけは別! こいつはかなりの変わり者だからね」

「友情だなんてとんでもないよ」

 タカハラの冗談めかしたフォローに苦笑いを返し、健児は続けた。

「僕には友人にしてもらうだけの資格もないよ。でも、そうしてもらえるなら本当に嬉しい。ねえアヤナ、僕らはもう一度、初めから関係をやり直せないだろうか?」


「勿論、九年前に戻れるはずはないけどね」

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