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私達は場所を変えてインタビューの続きをする事にした。
私の部屋で……だ。
本人の話によると、大学時代は軽音楽サークルに所属してバンドを組んでいたらしい。多趣味なことに小説も書いていて、この仕事を続けながら面白い話を集めて小説にするのが夢だと言っていた。最近はエンターテイメント小説にも専門的な知識が要求される為、この仕事はうってつけなのだそうだ。
それから、今度の小説のヒロインは私をモデルにして書きたいとも。
これが彼の口説き文句らしい。
「本当にパーティーに出なくていいのかい? その……君は教授の……」
「もう関係のない話よ。それに教授だって今日は私が邪魔なはずだわ。今頃取り巻きの女の子達相手に舞い上がってるだろうから」
「理性的な人だ」
タカハラはブランデーのグラスを傾けながら呟いた。
「そうでもないのよ」
私はタカハラの首に腕を回し、膝の上にまたがった。
「お酒くれる?」
タカハラはグラスを差し出した。無理な姿勢で口をつけ、唇の端からブランデーが零れる。タカハラはそれを唇で受け止めると、そのまま首筋にキスを続けた。
「しかし、もったいない話だ」
「何が?」
「君の研究だよ。せっかくの業績を他人に盗られていいのかい?」
「別に盗られたわけじゃないわ。私は表に出て目立つのが嫌いなだけ。カジワラは科学者としては何の実力もないけど、スポンサー集めや宣伝は上手いわ。だから役割を分担してるのよ」
「だけど」
私はタカハラの唇にキスをした。
「私は今の状態が気に入ってる。騒ぎを起こして目立っても何もいいことはないわ。私はこのまま研究を続けられればいいの。それに有名になったら楽しめないでしょう?」
ブランデーを口に含み、タカハラの口の中に流し込む。
「……ね?」
タカハラは暫く唇を舐めて黙っていたが、やがて小さく笑い、その通りだと答えた。
それから暫く、私達は互いを愛撫することに耽った。
「そうだ、一つ聞きたい事があったんだ」
悪くない男だが、少し話し過ぎる。
「後で聞くわ」
「昔から物忘れが激しいんだ。もうすぐしたら忘れるかも」
「……何なの?」
苛立ちを抑えて話を促す。
タカハラは妙なことを言った。
「知性って、何だと思う?」
「知性?」
「ほら、人間は唯一知性を持った動物だって言うだろう? あの知性って何なのかな? 人間が芸術作品を作ったり、それに感動したりするのは動物的な本能とは違う。そういうのって何なのかな?」
「学習の一種ね。人間の脳は他の動物より余分な領域が多いから、生活に不必要な事でも覚えたりすることができるのよ」
「じゃあ、人間の感情もプログラムされているのかな?」
「プログラムと言うより記憶の集積ね。人間は生まれた時から様々な自分以外の存在の行動パターンを大量に収集していくのよ。そしてそのパターンを分析したり、その中から有用な情報を抜き出したりして自分のものにしていくのよ。人間に育てられた者は人間の表情をするけど、オオカミに育てられたならオオカミに近い表情をするはずよ」
「なるほど。知性っていうのは、情報の集積されたものか」
「そう、それを意識しないのは、それがあまりに自然に起こって複雑でランダムだから。歩く時に足の動きを意識しないようにね……満足した?」
ぼんやりとした頭で適当な理屈を並べ立てていた私は、もうこれで話さなくていいだろうと再びタカハラに身体を預けた。今の私がしたいのは知的な会話ではなく、身体を使った会話なのだ。
しかし、タカハラは話を続けた。
「今日、ホムンクルスを見た時にこんなことを考えたんだ」
「……どんなことを?」
「あの中に存在している人工生命が進化の過程で学習機能を会得して、学習を続けていけば、人間のように誰かを愛する感情が芽生えるんだろうかってね」
「今のメモリーじゃ無理ね」
「もしもの話だよ。十分なメモリーがあって、ホムンクルスが君の言う感情の学習過程を経ていけば……どうだろう? 理論的には可能だろ?」
私は暖まった体の中が急速に冷めていくのを感じた。
「無理よ。人間じゃないものは愛することなんか覚えたりしない。そんな事は不可能よ」
「でも、さっきの君の理論だったら……」
「理論よりも常識よ。そんな事は絶対に起きないわ」
「そういう考え方は科学者としては良くないんじゃないか?」
私はタカハラを睨みつけた。
「そんなことは決して起きない。コンピューターが、人を愛そうとでも思わない限り」
「……大丈夫か?」
震えが止まらない。タカハラが異常に気づき、慌てて私の体を摩る。
「大丈夫。でも体が冷えちゃったわ」
私は微笑んだ。
「もう一回、今度はちゃんと暖めてよ」
タカハラは真剣な表情で肯くと、私をベッドまで運んでくれた。こういう時、男は無口な方がいい。
私は不必要なことを考えず、満足して何度も絶頂へと達した。
楽しめばいいんだよ。この世界を不完全な体のまま楽しめばいい。
傷が痛んでも、息が苦しくなっても……そんなことは忘れてしまえばいい。
この世界を楽しむんだ。いつか綻びが大きくなって、完全に壊れてしまうまでね。
アサギの言葉を思い出す。
あの頃に見えた水面は、更に遠くなっている気がする。
/
「なあ。今度、また会えないか?」
ベッドから起き上がり、タカハラは言った。
「研究で忙しい」
決まりきった断り文句。
「明後日、仲間内でパーティーがあるんだ。昔馴染みのろくでもない奴等さ」
「興味ないわ。それに眠い」
「そう言うなよ。ここの近くなんだ」
タカハラが教えたのは、私も行ったことがある大き目のバーだった。偶然にも、あの朝食男と出会った場所だ。
「貴方のお喋りな口を塞いでくれるなら考えてもいいわ」
私はタカハラの腰に手を回しながら答えた。
「そうかい? 本当に気の置けない奴等なんだよ」
私は何故タカハラが自分の仲間に私を会わせたがるのかと考えてみたが、単純に彼には子供っぽいところがあって、友情を重んじるからだろうという結論に達した。
実際これは正解で、タカハラは本当に仲間の事を信用していて、私を紹介したかっただけだった。
翌々日、私は意外な人物に紹介される事になる。