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高校に入ってからも、私は良い成績を保ち続けた。勉学に特別な興味を抱いていたわけではないが、嫌いでもなかった。それに良い成績を維持している限り、家においても学校においても、私は一定の立場を維持することができる。
この国は学校の成績が良い者を優遇する。
不思議な国だ。
私は人間ではなく、化け物だと言うのに。
エリカは中学、高校と進むにつれて叔母ともめることが多くなった。幼い頃の無邪気な残酷さは徐々に失われ、常に周囲に気を使うヒステリックな小心者へと変わっていった。本人達は気づいていないのだろうが、その様子は実に叔母に似ていたと私は思う。
彼女の中学校生活における上級生やクラブの先輩への気の使い方にはなかなか素晴らしいものがあった。上履きの色がどうとか、ソックスの曲げ方がどうとか、スカートの丈がどうとか、化粧の仕方がどうとか……彼女はいちいち気を配り、私にまで注意を促した。
一度など、私の上級生への態度が間違っているとかで、放課後に長々と注意をされたことがある。しかし上級生にからまれたり怒られたりするのは私ではなく、決まって彼女だというのは妙な話だった。
その後、彼女はいわゆる『不良』と呼ばれる者達に気に入られ、仲間に引き込まれていくことになる。彼女は元々そのようなアウトロー的なものに憧れる傾向があったし、それにしては上下関係と仲間意識を重んじる集団行動向きな人間だった。そして、この古風な上下関係と美しい慣習は、彼女が上級生になったときに今度は彼女が上に立つ役となって、次代へと受け継がれていくこととなる。
高校に進学すると同時に、エリカは髪の毛を紅く染めた。これは彼女が何よりも仲間の意見を尊重したからであり、また彼女自身が本気でそれを似合っていると思っていたからだ。私の意見は……述べずにおくが、少なくとも叔父と叔母にとっては、とても信じがたく、認めがたいことだったようだ。元々あまり良い方ではなかったエリカの成績は高校に入ってから下降の一途を辿り、やがて彼女が身分違い(と叔父夫婦は思っていたようだ)な男と付き合い始めたとき、二人の怒りは頂点に達した。彼等は毎晩のように喧嘩を繰り返し、その怒声は私の勉強の伴奏となった。
私としては、彼女の集団に属する者としての忠誠と協調性は尊敬にすら値すると考えていたので、彼女が髪を染め、咳き込みながら煙草を吸い、家庭用のスクーターで畦道を走り回っていることくらいはどうということもないと思っていた。エリカは私とは違い、集団における規律やしきたりを順守する、実に社会的で立派な人間だ。彼女のような人間こそが組織の一部となり、歯車となって、秩序の取れた社会の構成員となる。それが何故わからないのだろう? 彼女はいわゆる『悪い子』ではなかった。ただ少し道を迷っていただけ、それもたいした距離の道じゃない。
彼女に比べれば、むしろ私の方が『悪い子』だったように思う。
エリカが仲間の男と稚拙な付き合いを始めた頃、私は処女を捨てた。
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健児との出会いと別れは、私に何の影響も与えなかったように思えた。彼は私を求め、私は彼を拒絶した。彼は何かを私に伝えようとしていた。しかし私はそれを理解することはなかった。
あの坂の上に立ち、もう健児はいないのだと知ったとき。
私は結局一人なのだと思った。私は人間じゃない、だから人間と関わる必要もない。それは後に祖母との出会いを経て得た概念と融合し、一つの結論となって私の心に根づいた。
私は人とは違う。私には人間の温もりなどいらない。何故なら私は、化け物なのだから。
だが。
月日が流れ、健児と過ごした時間が遠く離れれば離れるほどに。私は彼のことを忘れるどころか、いっそう思い出すようになっていた。
彼の温もり、私を抱き締めた細い腕、首筋に触れた唇。それらの記憶は突然沸き上がるように私を襲い、私自身にもいつ起きるのかわからなかった。
例えば、英語の授業中。広げた教科書の上にスッと窓から射し込んだ光が当たった時。白いカーテンがはためき青空が見えた時。
心の奥底で静かな爆発が起こり、幽かに彼の体温が感じられた。背後に彼が立っている。細い腕が私を抱き締め、首筋に唇が触れる。しかし、私は振り返らない。何故なら、それが幻だとわかっているからだ。私自身の感覚が作り出した幻。振り返っても、そこには変わらぬいつもの教室が広がっているだけ。
……それだけだ。
そんな時、私は締めつけられるような胸の痛みと共に、幽かな安堵を覚える。彼の感覚は私を慰め、私は彼の体温に救いを求める。しかし私が求め、一歩でも踏み出せば、彼の幻はたちまちのうちに消え失せる。私を受け止めてはくれない。
私にはそれがわかっている……いや、わかってしまった。
それが私の作り出した幻でしかないということ。私は彼の幻に救いを求めているということ。
私が健児を求めているということ。
でも、健児はもういない。
……いないのだ。
「私が彼を拒絶した。だから、彼はもういない」
英語の授業中に呟いた。隣席の男が不思議そうに私を見る。
「……私はいつも気づくのが遅すぎる」
次の瞬間、私は机を叩きながら大声で泣き出していた。
ここまで感情を表に出したのは初めてだった。出すだけの感情があるとは思ってもみなかった。しかし私は泣いた。声を上げて泣いていた。教師に付き添われて保健室に行ってからも泣き続けた。
まるで、これまでの生涯で泣けなかった分を、まとめて吐き出そうとするかのように。