ピクニックに行ったら船がみえた
カンとイルが住む首都郊外嵯峨白町から佐津浜までは車で30分、バスだと1時間かかる距離である。車でもバスでも降りてから丘陵のベストポイントまでは歩いてさらに40分はかかる。
最寄りバス停の西佐津浜のベンチに二人が腰かけていた。
イルは途中で買ったアイスキャンディをなめている。
平日の佐津浜のはずれは無人だ。ただただ潮風がただよってくる。
「セっちゃん」
ぺろぺろ
「セっちゃん」
ぺろぺろ
「イル、イル・ミィヒン歩兵少尉同志」
「ハイ!カン同志少校殿!」
イルはアイスキャンディをなめるのをやめ、ワンピース姿で直立不動の姿勢を取った。
「セっちゃん」
「なんですか叔父さん。」
「如月のアイスキャンディが美味しいからってね、いや、美味しいのはわかるよ。共和国で砂糖は貴重品だから余計に美味しいだろう。美味しいからってね。」
「5本も食べるのはよくないと思うよ?って?叔父さん。」
「それもあるけど、食べるのに夢中で叔父さんの呼びかけを無視するのもよくないなあ。少尉同志」
「叔父さん怒りで立場設定がごっちゃになってますよ。」
「あとね、セっちゃん。バスの中でも言ったし、何回目かわからないけど。本当にその服で山に入るの?」
「え、可愛くないですか?」
「叔父さんは可愛いと思うよ。白いワンピースに麦わら帽子、一見して安物だけど機能的でおしゃれなハンドバッグ。いで立ちは可愛いね。中身が若干微妙だが、まあそこも若さでカバーしている。」
「でも山に入るのにその恰好はないだろう?ですか、叔父さん。」
カンは鳥打帽を目深にかぶってベンチに深く座って小さくため息をついた。
「お二人さん、ふふふ」
しばらくすると一人の男性が近寄ってきた。
イルはアイスキャンディをなめつつわずかに顔をこわばらせた。
「今日は天気がいいですね。」
「もうすぐ嵐になるんじゃないですか。」
カンと男性が挨拶を交わす。カンは鳥打帽のひさしをわずかにあげ、男性を観察した。
「他部中さん、お久しぶりです。」
「島烏こそ、ひさしぶり。」
島烏と呼ばれた男性は30代中肉中背
若干タレ目気味で農作業の服装をしている。佐津浜の大根農家と言えばとおる服装だ。
「そちらのお嬢さんは?」
「姪で節花といいます。」
島烏は顔を二人に近づける。「そういう設定にしましたか。久しぶりだな節花ちゃん。」
「あなた・・・あーあのときの!」
「こら、セっちゃん声が大きいよ。」
イルは思い出した。この男はソン大尉にはぐれたあとに接触した人物だ。
本国で言われた通り、都内は志布谷駅にある有名な犬の巨像(20mはある)の下でうずくまっていたら声をかけてきてくれたのだ。
第一声は「どこからどうみても迷子の共和国人だぞ。立て。」だった。
その後イルは、ソン大尉が雑踏に消えた話やら、不安やらをぶちまけた。
イルがはっきり覚えている男性の第二声は「おまえ俺が如月の私服警官だったらどうするつもりだ。」というものだった。その時の男の苦笑の表情は忘れられない。
島烏は如月の潜入諜報員のハブ的存在である。
入国した共和国の「任務持ち」の最初の世話をする係だ。
島烏は追加の路銀をイルに渡し、カンのアパートを教えた。イルはメモを所望したが、記憶しろと一蹴された。
「これからフネでも見るんですか、他部中さん。」
「子供のころからフネが好きでね。いい場所あるんだろ。」
「案内しましょう。」
歩いて10分、地元民たちがよく使う農道からやや寂しげな小道に入る。
傾斜は上がったり下がったり。
太陽が南中を過ぎ、傾き始めるのがわかった。
開けた野原から林に入るとほどなく都湾が一望できる断崖に出た。
島烏が振り向く。
「フネ、みえますね。」
カンは頷いた。「子供の頃からの夢がかなったよ。」
イルもうなづいた、というよりうなだれた。ワンピースにトゲ付きの植物が大量についてしまい、ちょっとした偽装になってしまったからだ。
「セっちゃん、見えるか。あれだ、あれが「きさらぎ」だ。」
イルは目を凝らして都湾に浮かぶ数隻の船を見た。
ひとめでわかる如月海軍だが、素人目にも一隻異様な船が混じっている。
「俺たちの共和国を脅かす船だ。」
「きさらぎ型戦艦きさらぎ」
島烏の目に憎悪の炎がともったのがわかる。
その船は3門の46センチ主砲5基を誇る
平和のためのネットワーク23が保有する最大級の艦艇で、如月側呼称は
「ピースボートきさらぎ」
「さてと、ピクニックで船も見える。天気もいい。スケッチでもするか。」
3人はカメラと帳面を取り出し、作業にかかった。