インターネットときらきら星
「少尉同志、そろそろ切り抜きも飽きてきただろう。」
イルが目を輝かせて振り向いた。肩にかかる髪の毛がなびく。あまりに期待が膨らみすぎ、髪の毛からキラキラ星がこぼれるエフェクトが見えるようであった。
「少尉同志、やり方を教えるからお前は午後いっぱいネットニュース係だ。」
あまりに期待がしぼみすぎ髪の毛から艶が消え、白髪になるエフェクトが見えるようだった。
「イル少尉、引き続き切り抜き作業を継続いたします。」
「抗命は軍法会議だぞ!」切り抜き作業に執着するイルの襟首をつかんで強引にパソコンの前に座らせる。
「イル少尉同志、如月で生きていくためにはインターネットの使い方を学ばねばならない。
ここ如月では幼稚園児すら使いこなし、子供向けの動画を視聴している。」
「このテレビ画面を見ると、その、カン同志少校殿、めまいがするであります。」
「テレビじゃない。モニタと言え。復唱!」
「はい、モニタ、であります!同志少校殿」
イルは共和国では幼少の頃より野原を駆け巡り、長じて学校でも野原を駆け巡る女子であった。共和国での数少ない娯楽であるテレビもろくに見ず、共和国同世代と比べてもアナログな人生を送ってきていた。女兵士官学校時代でもコンピュータ課目はあの手この手で忌避し、なんとかやり過ごしてきたのだ。
「お前の半生についてはこの間よおっく聞かせてもらった。しかしこれはいわゆる一つの人頭税の納め時という奴だ。」
「それは麗藩王国時代にできた諺ですね、同志少校殿」
「はい、そうです。ではお手元のキーボードとマウスをご覧ください。」
イルの時間稼ぎは流された。
それから無慈悲で徹底した時間がたち、イルはかろうじて複数のニュースサイトにアクセスする要領を覚えた。
「ぜぇぜぇ」
「インターネットを使ったくらいでなぜ息が切れるんだ。」
「はい、同志少校殿。人間は生理的な制限から肉体を使ったときに限らず、精神を酷使した際も動悸めまい、息切れを起こすものである、と軍教務令「人体生理」第2項人間の精神にその旨の記載が」
「わかったわかった。俺が息切れしたいよ全く。その暗記力がなぜパソコン作業に一切活かされないのかは教務令に書いてないのか。」
「ぜぇぜぇ」
「ごまかすな。」
「おや。」
「今度はどんなネタで時間稼ぎだ。」
「こちらをご覧ください、同志少校殿」
さて、今度はどんなくだらない時間稼ぎかと思いきや
「海軍が演習、今日、都湾で。参加艦艇にきさらぎ型が!」
「同志少校殿!憎き共和国の敵きさらぎ型を探るチャンスでありますよ!」
カンは一瞬迷った。
イルがパソコン操作を離れるのが癪に障ったのだ。
が、演習に参加するきさらぎ型を調査できるのは貴重な機会である。
露骨に不満な顔でカンは命ずる。
「命令!イル少尉同志、1時間後ピクニック服装で集合。撮影器具一式を携行せよ。佐津浜の丘陵から都湾を航行する艦艇を偵察する。細部についてはカン支隊長が指示する。」
イルは満面の笑みで復唱する。キラキラ星がぱぁっと放射線状にイルの顔から飛び散るのをカンは確かに見た。