ここに謹んで申告いたします
コンコン
如月名、他部中恭のアパートのドアにノックが響いた。
緊張が走る。
「如月の官憲ではあるまいな。」
他部中は警戒を解かず様子を見る。出ないでもよいが、如月官憲に突入されてもまずい。
応対してやり過ごすこともこの際の選択肢である。
しばし迷ったのち他部中はあくびをしながらドアを開けた。あくまでだらしない塗装工として、面倒くさそうに。
「誰だい。」
そこに共和国語が飛び込んできた。
「軍情報隊歩兵少尉イル・ミィヒンここに謹んで申告いたします!省令第48号により・・・」
共和国語の主はあっという間に口をふさがれ他部中に部屋に引っ張り込まれた。
「おめーあの時のパブの女かよ!如月語じゃねえとわかんねえよ!でも要は俺と一発やりにきたんだろ!?」
他部中は大笑いしながら大声で野卑な台詞を口にした。
他部中の手をなんとか払いのけた共和国語の主は若い女性だった。
「違います!あれ、私犯されちゃうんですか!?民主警察呼びますよ・・・あ、ここ如月だ!」
ここで再び女は他部中の手で口をふさがれた。
女はもがもがと暴れながら声にならない声で叫んだ「犯されるー!」
他部中は小声で女にささやいた。共和国語で。
「申告は謹んで承った。ばかたれが、とりあえずだまらんか。」
女はキョトンとし、こわばらせた体から緊張を解いた。
「あ、間違ってなかったんですね。」
「ああ、大正解だ。おまえの行動は大間違いだがな。」
「はい、自分は!」
他部中が目をむいてしぃー!っとジェスチャーをした。
「・・・はい、自分は申告受理本日付で軍情報B教案カン支隊に配置となりました。」
「お前ひとりか?」
女・・・イルはそう問われ、うるうると目に涙を浮かべ始める。
「大尉が・・・ソン大尉が・・・二人で来たんですが」
他部中の背中に戦慄が走った。
軍情報隊がこんなド素人の少尉を一人で潜入に寄こすはずがない。
かならず手練れのベテランをつけてくるはずである。しかしいない。どこかではぐれた?
いや、はぐれるなどありえない。すると如月官憲もしくは如月軍の情報隊の手に落ちたか。
とすると、このド素人女がつけられていないはずがない。
つまり・・・
と、思考を進めたが、であるならば今、すでに如月のいずれかの部隊とコンニチワしているはずである。間抜け女の申告なぞ最後まで聞けているはずがない。
「そのソン大尉がどうした。」
「はい、形田空港からバスに乗るときに大尉は「俺はもう共和国には未練はない。俺は如月人として生きていく。イル少尉も共和国なんか捨てて如月人として生きろ。」とおっしゃいまして。私は意味が分からず、そういう符合かなにかなのだとばかり思っていましたが、ソン大尉は到着した都心の雑踏に「じゃ、元気でな。」とひとこと私に言って消えて行きました。」
「マジかよ、ガチかよ・・・これで5人目だよ。」
「5人目?」
「挨拶と自己紹介が遅れたが、俺はカン・クッツン。軍情報隊B教案の少校だ。まあ、それは知っているだろうが。如月勤務は9年目だ。よろしくな。」
「9年目ですか?随分長いようで・・・」
「そうだ、普通なら4年で交代なのだが、いかんせん来る後任来る後任、一人残らず如月に亡命しやがってな。だから5人目だと言ったんだ。」
「な!そんな、軍情報隊は愛国精神精旺盛なエリートが勤務するところなのではないのですか?」
「お前の認識は20年前のイメージだな。」
「・・・そんな。」
「親衛情報隊が幅を利かせてはや10年、これはという人材は全部根こそぎとっていかれる。」
「なにかの間違いです。」
「お前みたいなド素人が来てるのがその証拠だよ。」
他部中、カン少校は小声で笑った。
「いや、いくらなんでもですよ、よりによって如月にですよ、亡命?ありえません!」
「なんでか教えてやろうか、イル少尉同志」
「是非、同志少校」
「如月は・・・そりゃあいい国なんだ。」