事件
「ティルダちゃん!」
お昼休み。秘密の場所へ向かおうと広場を通り抜けようとしていたティルダに話そうと思っていたミアの方から声をかけられた。
「ミア。昨日は怒鳴ったりしてごめん」
ティルダは頭を下げて謝った。魔力が漏れ出すほど怒鳴るなどするべきではなかったのだ。
「ティルダちゃんずるいよ!そうやって軽い罪だけ謝って全部うやむやにしようとしてるんだ!」
ティルダはミアの言っている意味がわからなかった。
「みなさん聞いてください!ここにいるティルダちゃんは陰で私に暴言を吐いたり暴力を振るったりします!怖いけど私はこの事実を告発します!これが証拠です!」
くつろいでいた生徒たちがなんだなんだと集まってくる。
ミアが公衆の面前だというのに胸元のリボンをとり襟を広げる。そこには大きな痛々しい切り傷があった。
今までのミアの主張は、ティルダとしても「ミアの視点から見れば私の行いはそう見えたのだろう」と事実との合致している部分があったから否定せずにいた。
ただこれはあまりにひどい冤罪だった。
「違う!」
落ち着こうと思っても怒りに意識が持っていかれそうだった。
第三者からみれば背も高く威圧的で人を射るような鋭い目線の男装した人間と
小さく線が細くぷるぷると体も声も震えながらも懸命に訴えかける少女
どちらが正義に見えるかなど愚問にも等しかった。
わざわざ肌をさらしたこともそれだけの決意を持っての行動のように思えた。
周りの気持ちを肌で感じるティルダはどんどんと追い詰められて言った。
(助けてルカ)
ティルダの気持ちを読んでるかのようにミアは言い募る。
「ルカ先輩もこのことは知ってます。昨日見てもらったから」
ざわつく周囲。それはそうだろう痣のある場所が場所だ。これは二人がただならぬ事を周りに印象付けるためだろう。
「ティルダちゃんには罰を。ルカ先輩には責任は取ってもらわないと。私…私…」
(卑怯者!)
「ルカ先輩だって本当は私を望んでくれてます!いじめをするティルダちゃんなんてルカ先輩にふさわしくない!」
パン!とティルダがミアを叩く音が響く。
後悔しても遅い。ミアの瞳には涙がたまっていく。
「ティルダ」
そこにはルカが驚いた表情で立っていた。
それはそうだ。きのういじめてないといったのにミアに暴力を振るってしまった。
力加減はした。でもそれは言い訳でしかない。
ミアに謝りたいのに喉につっかえて何も言えなくなってしまった。
「ルカ先輩!これでわかってくれましたか?この傷も。私辛かった」
駆け寄ってルカに抱きつくミアに胸が軋む。
ルカは立ったままミアを拒否する様子もない。見ていられなくて顔を伏せる。
「ティルダ」
ルカの呼びかけに目線を上げるとルカは困ったように笑っていた。
「反省文はふたりで一緒に、だからね」
そういうと魔法でミアのことを拘束した。地上に足をつけられずミアがばたばたともがく
「ちょっとなに?こわい!下ろしてよ」
「僕このまま君のこと空の彼方までぶっ飛ばしたいくらいだけど、さすがに犯罪者になったらティルダのそばにいられないし…」
「痛い!痛いってば!」
「これなにかわかる?診断書。昨日見せられたその傷さ、街で暮らしてた頃の事故でできた傷でしょ。ちゃんと記録残ってたよ」
「な!なんでそんなもの!」
「元からある傷で人のこと陥れようなんて相当恐ろしい人だよね。また先生に泣きつくの?これまでのことだってさ、君がティルダにされたことが本当にいじめって思ってたとしたら、ティルダだってずっと君にいじめられてたよ。人のこと馬鹿にするのもいい加減にしろ」
「わたしいじめなんかしてない!ティルダちゃんそうでしょ?」
「わ、わたしはいじめられたとは思ってない」
「ほら!」
「でも嫌だった。無理に似合わないものをお揃いにしてミアと比べられるのも、可愛いものを好きなのを馬鹿にされるのも、友人の悪口を言われるのも全部全部嫌だった」
「そ、そんなことくらいでいじめだなんておかしいわ!」
「私もそう思う。でもこうして無実の罪をきせようとされて納得した。ミアは最初から私を見下して馬鹿にしてた。自分の都合だけで利用してただろう。そんなのは友達とは言わないんだよ」
「だってそうしなきゃ。だって」
「私を踏み台にしたくらいじゃルカは手に入らない。ルカは自由でかっこよくて素晴らしい人間なんだから。ミアの卑怯な手になんかかからない」
「ティルダったら可愛いこと言うのは後でだよ。それじゃ君にはいつでもトドメ刺せるって忘れないでね」
ビリビリと拘束に雷が流れ消えた。
その痛みに怯え尻餅をつきながら後ずさる。ミアは恐怖の色を乗せルカをみている。
「はー。ま、人を利用しようとする人は結局人に利用されちゃうからね。そうなる前に反省してくれることを祈るよ。2度と関わることもないだろうけど。ティルダ行こう」
「待って。ミア!叩いてごめん」
ミアは謝罪に驚いたようだが何も返さず目をそらした。ルカはティルダの手を引き呆気にとられてる周囲をかき分けその場を抜け出した。
「はー。学園で許可なく魔法使うのは禁止なんだよ。今から説明して謝りにいくの一緒に来て」
「もちろんだ!この騒動は元はと言えば私のせいだ。ルカのおかげで助かった。なんと言ったらいいか」
「ティルダのせいじゃないよ。昨日謝りに行けずごめん。言い訳だけどあの傷のことを調べてたんだ。証明できてよかったよ」
「あれがなければ私は本当に犯人とされていた。ありがとう」
「よかった。これで仲直りでいい?」
「やきもちを焼いただけだったんだ。ミアを叩いたのもルカをとられたくなくて。私はくだらない」
「くだらなくない!ふふ。うれしいよやきもちなんてかわいいなあ」
軽く唇を触れ合わせにこにことしてるルカを見て、ようやくティルダの顔にも笑顔が戻った。
「騒ぎを起こしたのは私だ。事情をしっかり説明してルカの正当性を訴え、ミアを叩いてしまったことと、ただ胸元の傷は私ではないということをわかってもらおう」
「本当に僕のティルダはいい子だな。いい子すぎてさっきみたいなやつが寄ってくるんだから、気をつけてよ」
「いい子じゃない。本当はミアを疎ましいと思ってた。それでも性善説を信じていたがそれが全てだと思って生きていてはいけないんだな。自分にも相手にも醜い感情はあるのは当然なんだ」
ふたりが訪れる前に騒ぎを聞きつけた教師達に取り囲まれた。
ルカもティルダも事情を説明し自分の非を謝罪した。
初めは怒っていた教師達も話を聞くうちに、落ち着いて来たのかミアも連れて来ての話になった。
ミアはティルダとルカに対して決して目を合わそうとせず震えるだけだった。
傷のことを聞かれても何も答えなかった。
以前ティルダを呼び出した教師は、今回のことは確かにミアに非があるが、それ以前のティルダに対してミアを無視しいじめた件があることを言って冤罪をかけられたティルダにも問題があったのではと教師陣に訴えかけた。
「おかしくないですか?」
「ルカ、いい。私が話す。私は確かにミアさんに対していい感情を持てませんでした。いじめてるつもりはありませんでしたが、距離は置きたかったです」
「ほら。ミアさんはお前しか仲良くできる人はいないと言ってたんだぞ?その気持ちをくんでやれなかったのか」
「ミアさんにされた事は些細な事です。好きなものを馬鹿にされたり、男装している私の今の立場を憐れまれたり。好意でやっているとは私にはどうしても思えませんでした。好意を言い訳にした嫌がらせのように思えたのです」
「ならなんで1度目の呼び出しの時にそれを言わなかったんだ!」
「先生は一方的にミアさんのことを信じてました。ミアさんの言った事はミアさんの事実で、私が否定できるものではありません。それぞれの立場で感じる事は別々で、それぞれが真実で。別にミアさんを否定してほしいわけじゃないけど私の立場からの意見を、責める前に、中立的な立場で聞いて欲しかった」
普段ルカ達以外の前ではほとんど話さないティルダの想いを聞いて教師は次の言葉を紡げないようだった。
たしかにミアは勝手だし自分さえ良ければいいと思ってる節がある。それでもそのミアが問題提起をした時に当事者じゃない人たちが起った出来事を中立的な目で様々な角度の意見を聞き、考え、見定める必要があると思ったのだ。あの時こんがらがっていた気持ちはこれだったのだと思う。
この件は教師の中で話し合いが行われることになった。
英雄の子供で、誰もが恐れる顔をして、ルカに大切にされて来たティルダにとって初めての一大事だった。