ティルダとルカ
(やってしまった!)
頬を抑え、瞳に涙をためる圧倒的に可愛い小動物系令嬢ミア
対するは眼光鋭く一見男か女かわからない猛禽類系令嬢ティルダ
そしてそこに現れたのはティルダの婚約者である飄々とした魔法少年ルカだ。
学園の昼休み。みんなの憩いの場の広場で
ティルダが気持ちを抑えられずか弱い女の子を叩いてしまったのは事実だ。そしてその瞬間をルカに見られてしまった。
「ティルダ」
ルカの凍りついた顔を見て心臓が小さく握りつぶされるようだ。
「ティルダちゃんの悪意にはもう屈しない!」
(どうしてこんなことに)
「ティルダちゃんはルカ先輩にふさわしくない!」
先ほども言われてかっとなってしまった言葉が再び聞こえてティルダの意識は怒りで真っ赤に染まった。
ティルダは魔獣からこの国を守った騎士団の英雄オルの子供だった。
一躍有名になった父が望んだのは国で一番と言われる美しい母ティアとの結婚だった。
父は母の家に仕える家の者でふたりは幼馴染であった。
身分差から諦めていた想いが叶えられるかもしれないと父はなりふり構わず母に求婚し、
実は両思いだった2人は夫婦になった。
そうして生まれた愛の結晶のティルダは驚くほど父に似ていた。
真紅の髪に、見るものを震え上がらせる鋭い赤味がかった茶色の瞳。そしてその性格も。母に似たのは性別だけだった。
英雄というと聞こえはいいオルがはとんでもない馬鹿力の単純男だった。
寡黙と言えば聞こえがいいが口下手であった。
ティアはティルダを産んだ時生死を彷徨ったらしく夫婦は子はティルダだけと決めたそうだ。
そうして大切に育てられた幼女ティルダをみて
父は男児ができたら常々自らの剣技を教えたいという欲望を抑えきれずティルダに剣を持たせた。
そうしてみればさすが英雄の子供。素質はばっちりだったのだ。
それからティアの目を盗み鍛錬に励んでいたふたりだったが、ついにティアに見つかってしまう。
女の子になんてことを。と怒られるかと思ったが
「まあさすがティルダ!大好きなオルそっくりよ」
なんて女神の微笑みでいうものだからオルとティルダはそれはもう喜んだ。
ふたりは似ている。ティアが大好きでたまらない所も。
もっと褒めてもっと褒めてとティアの前で稽古するふたりはご主人を愛する忠犬ようだった。
その表情が怖すぎて喜ぶのはティアだけだったが。
剣技を学ぶ子供達の集まりの中でも英雄の子として特例でティルダひとりが令嬢での参加者だった。
だが同じ年の子達の中では負けなしの無敵女子となったのは一瞬だった。
成長していけば男の子に力で敵わない。
ティルダの初めての挫折だった。
落ち込んだティルダにティアは今度はお母さんの特技を伝授しましょうとティルダと一緒に家事を行うようになった。
お嬢様だったティアはオルとの結婚を機に家事を覚えた。
英雄といえど報奨金とその身分を一代限り保証してもらったが基本は騎士団からの給料で生活をしている。
通いのお手伝いさんはいるが特に調理場は母の持ち場だった。
オルに栄養満点の食事を作るために。そして騎士という体が資本のオルがもし傷ついても自分が働いて家族を支えられるように。
ティルダは見た目は女神で透けてしまいそうなほどの華奢さと透明感をもった母のこのかっこよさも大好きで尊敬していた。そしてめきめきと家事能力を身につけた。
そうしていくうちに泥だらけだった頃には全く興味のなかったふんわりとしたお人形だったり。可愛らしい小物や洋服が好きになった。
ただ自分が身につけた瞬間、痩せた父が女装をしてるようにしか見えず萎えるので眺めるだけで良かった。
「ティルダちゃんのお顔怖いから一緒に居たくない!!」
「お前はそんな顔でも女だろー?」
ティルダは女の子からは怖がられ、男の子から女だからと弾かれた。
口下手だったも原因の一つだろう。
そうやって暖かい家族以外ではティルダの居場所はどこにもなかった。
そして出会った運命の人。それがルカだった。
母が女神だとしたらルカは天使のような神々しい美しさをもった美少年だった。
父の職場の大事な仲間の子供らしい。
父母と友人夫婦、大人たちが楽しげに話してると自然とルカとティルダのふたりきりになった。
「はー。疲れた」
人見知りなティルダが何を話そうかともじもじしてる間に
ルカは芝生に腰を下ろした。
「君も座れば?」
「う。うん」
「僕はルカだよ。君は?」
「ティルダ」
「よろしくね。ティルダ剣がすっごい得意なんでしょ?見せてみてよ」
ティルダは動揺しながらも型をやってみせた
「すごい荒々しくて綺麗だね!僕がみた中で君が一番実践的で美しいよ!」
誉め言葉らしきことを屈託のない笑顔で言われたものだからティルダは真っ赤になってしまった。
するとそれをみたルカは「そんな顔もするんだ」とティルダに聞こえない程の声で呟き
「もう一度こっちに来て。話そう」
そう言って笑った。サラサラの蜂蜜色の髪と葡萄色の瞳がきらきらと輝いた気がした。
ルカは魔法使いだった。小さい頃から膨れ上がる魔力に振り回されてきた。
強すぎる魔力は子供の体には耐えきれず彼の感情によって暴走したりしていて大変だったそうだ。
成長するにつれて落ち着いて来たが、常に力を抑えねばならぬ為疲れやすいらしい。
「強力な力は器を選ぶ。あの大男の父さんでも大変そうだ。ルカはすごいな」
魔法使いはこの国でもほんの一握りで英雄オルもその一人だ。
ティルダも多少魔法は使えるが小さな火、小さな風。どれも手のひら規模のものだった。
ティルダは指先に水の塊をつくった。するとルカがそれをうさぎの形にして固めた。
「うわあ!」
ティルダは驚きと興奮で感嘆の声をあげた。
「あげるよ」
「いいのか!ありがとう!ありがとう!!」
そういって笑うティルダは間違いなく一人の女の子で心からの笑顔はとってもかわいい笑顔だった。
それから毎週末ルカは遊びに来るようになった。ティルダは嬉しくて焼き菓子を振舞ったり、ルカの出来る範囲で剣技の稽古をしたり、逆に勉強が得意のルカにわからないところを色々教えてもらったりした。
「ティルダ!こっちにきてこれ見て!」
「ティルダー。眠いよー」
ルカといると嬉しくて、楽しくて、何より呼吸ががしやすかった。
顔は怖いままだがそんなの関係なくティルダはティルダとしていられた。
母が嬉しそうに父との話をする時に、「あなたにもきっと素敵な人と結婚するわ」と言われる時に
ティルダはルカのことを考えるようになった。
(これが恋)
気付いた時には恥ずかしくてたまらなかった。ルカに伝える気にはなれなかった。
伝えることによって起こる変化が怖かった。だから自分の想いは伝えずに毎週末のルカとの時間を大切にしていた。
一つ年上のルカが先に学園に入学する。寮生活になるので今ままでのようには遊べなくなる。
そう聞いてティルダは思わず泣いてしまった。
必死にこらえようとするものだから険しい顔になって鬼が泣いてるみたいだった。
しかしそれをみたルカは「かわいいなあ」とつぶやき、ティルダの前に跪いた。
「ティルダが好きだよ。お互いが学園を卒業したら結婚してください」
ティルダはもう周りなんて見えなくてこの世界でルカしか見えなくなってしまった。
呆然とするティルダにルカは優しく微笑んだ。
ティルダは涙を流しながらルカに抱きついた。ルカはしっかりと抱きとめ髪を撫でた。
「ティルダ返事は?」
「よどじくおでがいじまず。ルカがずき。だいすきだ」
涙と鼻水でぼろぼろだったけどなんとかできた返事を聞いてるルカが幸せそうに笑ったのを感じた。
それを彼の胸の中で感じてティルダはまた泣いた。