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第9話「天使と人間の戦い」

「あなたたちがコラボしている神様は、約束を反故にするどころか、用が済めば存在ごと抹消してしまうような危険な相手なんです」


「はぁ……」


「最初のコラボ先だった新興宗教は今、建物も更地になっているしネットで名前が1件もヒットしません。70億のお金を集めるようなところが跡形もないんですよ。あなたたちもこうなってしまっていいんですか?」



 奈央子は新興宗教『高裁会』の受付の男に、事前調査した資料をノートPCで見せながら言った。


「そうは言われましても、コラボは教祖様がお決めになったことで、我々にはどうしようもありません」


「じゃあ、直接その教祖さまに説明するから、取り次いでください」


「申し訳ございません。教祖様はたいへんご多忙なお方ですので、改めてアポイントメントを取っていただいたとしても、いつになるかは……」


「こっちは一刻を争っているんですけど……分かりました、今日は帰ります。あ、トイレ貸してもらえますか?」




 15分後、奈央子はトイレに来たスタッフの服とIDカードを拝借して、教祖のいる『光の間』の部屋へと向かっていた。


 トイレの個室の中、あの女が猿ぐつわで縛られた状態で発見されるまで、どれだけ時間が稼げるかは分からない。できるだけ早くけりをつけなければならない。


 教祖がいる『光の間』への道筋は途中までは、何の問題もなかった。しかし、最奥の区画に通じるドアに入ろうとした時、カードリーダーがエラー音を出した。



「カードを見せてみろ。この先に何の用だ」


 エラー音を聞きつけたガードマンが、奈央子の方に歩いてくる。


「渡されたカードが間違ってたみたいなんです。教祖様からのお呼び出しに急いで行かなくちゃならないのに、どうしよう……」


 奈央子がそう言って困ったような顔をすると、男は奈央子の体を上から下まで舐めるように見つめた。


「おかしいな。コラボが終わるまでは、怪しいものは誰も通すなと厳命を受けている……だが、ボディチェックを受けてもらって怪しくないことが証明できたら、通してやることができるかもしれないなぁ」


「……分かりました。急いでますから、手短にお願いします」



 彼は奈央子の返答に満足すると、彼女の体をいやらしい手つきで撫でようとした。


 奈央子は気がそれている隙に、男の背にスタンガンを打った。しかし、男は高圧電流をまるで意に介すことなく、壁にある警報スイッチを押した。


「やはりお前は招かれざる客、ミケケの手先のようだな……これならお前を触るだけでなく、骨身まで味わうことができる……」


 けたたましい音が鳴り響く中、男の体が天井に届くほど大きくなっていく。


 裂けた服から硬いうろこに覆われた肌と翼が現れ、爬虫類のような顔つきへと変わる。本来の姿であるドラゴンへと変貌を遂げた男は、鼻腔から炎を吹き出しながらゆっくりとにじり寄った。



「あわわわ……青汁仮面さん、助けてくださーい!」


 突然の異形の化け物の登場に、奈央子は情けない声をあげた。


「分かった、約束どおり手を貸そう。青汁があるなら、あのドラゴンに浴びせかけるのだ」


 カメラを構えたままの青汁仮面は、こともなく言った。


「あるにはありますけど……でもこれ本当にただの青汁ですよ。スタンガンがまったく効かなかった相手に通じるんですか?!」


 ドラゴンは喉をふくらませると、炎のブレスを吹いた。


 対する奈央子も急いで青汁のパックを取り出すと、箱を押しつぶすようにして青汁を飛ばした。


 すると、青汁は灼熱の炎を相殺するどころか、ドラゴンの存在までもあとかたもなく消し去った。



「す、すごい……CMの演出上の誇張じゃなくて、本当にこんな効き目があるなんて」


 奈央子は青汁の効能に目を丸くした。


「二つの世界は青汁で繋がっている。つまり、青汁をかければ元の世界に帰すことも可能なのだ。これは強烈なセールスポイントになるな」


 自分に向けられたカメラに気づいた奈央子は、あわてて調子を合わせた。


「そう! いつ何時、異世界からの脅威があなたの家に迫ってくるか分かりません! でも、この青汁さえあれば、さっきのように非力な私でもドラゴンを倒せちゃうんですよ。本日限りの特別価格の発表は番組の後半でするから、チャンネルはそのまま!」


 彼女が銃でドアを破壊して最奥の区画に侵入すると、警報を聞きつけた無数のドラゴンやガーゴイルが通路の壁を破壊しながら飛んでくるのが見えた。


「え、ちょっと……いくら何でも多すぎない?」


「心配ない。青汁の前に敵はないことを教えてやれ」


 青汁仮面は奈央子の前に、ガトリングタイプの巨大な水鉄砲を召喚した。


「ブルースプラッシュM134……B級映画でマッチョマンがよくぶっ放しているミニガンを模した水鉄砲だ。やつらに分発4000発の青汁をお見舞いしてやれ」



 うなりをあげてまわるガトリング。


 緑色に染められていく廊下と、消滅していく異形のモンスターたち。


 青汁のしぶきを浴びながら、奈央子は雄叫びをあげて廊下を突き進んだ。




「……ここが、教祖さまがいる『光の間』ね」


 奈央子は息を整えると、ドアを蹴り開けた。


 天井が一際高く、大きな天窓から日光が降り注ぐ部屋の中央に、白い法衣を着たスキンヘッドの男と、背中に翼を生やしたスーツ姿の女性が対面になって立っていた。


「ロウベリーさん……今すぐその人を解放して、コラボを中止してください!」


「私の名前を知ってるとは……そうか、ミケケ様のCMを見たのね。しかし、もうすぐ勝負は決します。死にたくないのなら、そこで大人しくしておいた方が身のためですよ」


 あっさり交渉が決裂したので、奈央子はロウベリーに向かって青汁を乱射した。


 しかし、その水弾は見えない壁に当たって届かない。壁の向こうでは冷静な顔をしたロウベリーと、焦点の定まらない目をした教祖が、何事もないように立っていた。



 奈央子は近くで映像を撮っている青汁仮面に向かって小声で呼びかけた。


「ねぇ、青汁仮面さん。そもそもあの人って私が勝てる相手なの?」


「むずかしいかもしれんな。いくらブルースプラッシュM134があるとはいえ、ただの人間と天使では差があり過ぎる……だが、策がないわけじゃない」


「なんだ、あるんじゃないですか。早く教えてくださいよ」


「要はスケールアップだ。ミニガンで倒せないのなら、もっと強力な武器を使えばいい。例えばそうだな……これくらいならいけるだろう」


 奈央子の前に手のひらサイズのスイッチが出現した。


「なにこれ」


「ICBM……つまり大陸間弾道ミサイルならぬ、異世界間弾道ミサイルの発射スイッチだ」


「……いくら何でも被害が出過ぎる気がするんで、その方法はやめておきましょう……他に天使に対抗できる方法はないんですか?」


「あるにはある……しかし、この手は……」


 珍しく言いよどむ青汁仮面に向かって、奈央子は大声で言った。


「ここまで来たんです。教えてください!」


「ならば教えよう。天使に対抗するには、天使を上回る存在……すなわち神になればいい!」


 青汁仮面の突飛な発言に、奈央子の思考が一瞬止まった。


「……は? 確かに神様になれればいいですけど、実質不可能レベルなハードルの高さじゃないですか。いや、ひょっとして青汁飲むだけで神様になれるとか、そういう簡単な方法があったりするんですか?」


「いや、いくら青汁を飲んでもそれは無理だ」


 当たり前のように答えたので、奈央子は抗議しようとした。


「最後まで聞け。神は自らなるのではなく、周囲に神だと認知されることによってなるものなのだ。幸い、今これはCMで中継されている。奈央子本人が神だと崇められる以外にも、このCMが視聴者に神回だと称えられたなら、一時的にではあるが神と同等の力を得ることができるかもしれん」


「でも、そんなのいきなり言われても、どうやったらいいか……」


「神回など狙って作れるものではない。しかし、作り手の純粋な思いが視聴者の心を打つのは確かだろう。そのためには、持てるすべての力をふり絞ってあの天使に戦いを挑むしかない」


「……分かったわ。それしか方法がないなら、それに賭けてみるしかないってことよね」



 奈央子はブルースプラッシュM134を構えると、雄叫びをあげながら乱射した。


 見えない壁に阻まれ、跳ね返った青汁を浴びてずぶ濡れになりながらも、彼女は少しずつにじり寄ろうとする。


「うるさいので、もう少し静かにしてもらえませんか」


 ロウベリーが手をかざすと、奈央子は部屋の入口まで吹き飛んだ。しかし、すかさず立ち上がってくるのを見ると、彼女は少し本気の顔になった。


「やれやれ、もう少し痛い目に遭わないと、理解してもらえないようですね」




 衝撃波を立て続けにくらった奈央子は、力なく床に倒れていた。


「ま、まだよ……こんなことで倒れるわけには……」


 水鉄砲を杖代わりにしてなおも立とうとしたが、ロウベリーが放った衝撃波によって水鉄砲はバラバラに破壊され、彼女は緑色の水たまりに顔を突っ伏した。


 その様子を見たロウベリーは、教祖のマインドコントロールに意識を集中しようとした。しかし、視界の端でなおも立ち上がる姿を見ると、少し苛立たしげに口元を歪めた。


「肉体的なダメージでは、歯止めにならないということですか……では、これではどうでしょうか」


 ロウベリーが指をはじくと、真空波が放たれ、奈央子の服をズタズタに切り裂いた。


「きゃああああああ!」


 奈央子は青汁仮面のカメラに気づくと、あわてて局部を両手で隠す。


 下着は全て切り取られ、わずかに残った衣服もヒラヒラの短冊状になって、かろうじて体にへばりついている状態だった。もはや両手のガードなくしては動くこともままならない。



 顔を真っ赤にして座り込んでしまった奈央子は、青汁仮面のかすれるような声を聞いた。


「これは確かに視聴者サービスな映像ではあるが……あの天使を倒すにはまだ弱い。神回認定されるには、これ以上の何かが必要なのだ……」


「これ以上の何か……は、半裸でダメなら、全裸になれということなの?」


 しかし、青汁仮面はそんな奈央子の考えを否定するように、強い語気で言った。


「脱げばいいというものではない。ある男が言っていた。『恥じらいのないモロ』より『恥じらいのあるチラリズム』だと。しかし、キラーコンテンツはもう一つある。つまり草太のように本物の愛を見せることができたなら、より強く視聴者の共感を得ることができるはずだ」


「草太のように……?」


 奈央子はその言葉の意味を問い返そうとしたが、今はそんな場合ではないことを思い出した。


 今は一刻も早くあの天使を倒しコラボを止めること以外に、草太に報いるすべはない。


 それには、体だけでは足りない……私のこの精神、そして魂までも全てあの女にぶつけるのだ。




「うおおおおおおおおお!」


 奈央子はロウベリーめがけて、己の全てを賭けてぶつかった。


 ロウベリーは奈央子の鬼気迫る表情にたじろいだが、見えない壁には何のダメージもないことを確認すると、余裕を取り戻した。


「何かと思えば自己陶酔の果ての特攻ですか。水鉄砲もないあなたは、もう完全に無力なのを忘れていました……いいでしょう。そこで見苦しく泣きわめきながら、ザラメル様の勝利を見届けなさい」


「うるさい! 今度は私が草太を助ける番なのよ。あんたみたいな性悪天使に負けるもんですか!」



 二度、三度、奈央子の激しいショルダータックルが見えない壁に激突するも、そこから一歩も先に進むことができない。


 五度目になるタックルを放った奈央子は、ついに尻もちをついて地面に倒れこんでしまった。


 万策尽きたかに思えた奈央子が上を見上げると、今まで呆けたような顔をしていた教祖が彼女の方を食い入るように見ていた。


「お、おお……」


 教祖が自分の支配を逃れて、何かを言いたげに口を動かしているのを見て、ロウベリーは驚いた。


「馬鹿な! あんな体当たりくらいで、私の洗脳が解けるはずがない……ん?」


 ロウベリーはそう言って、教祖の視線の先を追った。


 奈央子も教祖とロウベリーの視線の先を追った。それは大胆なM字開脚であらわになった自らの股間の先に集中する。


「きゃああああああああ、見ないでぇ!」


 奈央子は急いで脚を閉じたが、大事なところは既に全国に放送されてしまっていた。


「か、観音様じゃあ……」


 教祖はありがたいものを拝むように両手をすり合わせた。


 そして、全国の視聴者も、教祖と同じようにその神々しい映像を拝んだ。



「まさか『恥じらいのあるモロ』の手があるとはな……これなら神回どころか、奈央子自身が神となることができる。今ならあの壁を突破できるはずだ!」


 青汁仮面の声に青ざめたロウベリーの顔を見て、奈央子は再び突進した。


 一時的にではあるが神と同等の力を得た奈央子は、見えない壁があった場所を何の抵抗もなく通り過ぎると、ロウベリーの前に迫った。


「まさかあんなハレンチな方法で壁を攻略するとは……しかし、残念でしたね。水鉄砲もない今のあなたでは、私に勝つことはできません」


 ロウベリーは片手をあげて衝撃波を放った。


 奈央子はそれを避けようともせず、口に隠し含んでいた青汁を吹き付けた。


 神の力を得て霧散した青汁は、見事ロウベリーを衝撃波ごと元の世界へと送り帰した。




「お嬢ちゃん、よくわしをあの女から救ってくれた……礼を言わせてくれ」


 意識を取り戻した教祖は、自らの法衣を脱いで奈央子にかけながら言った。


「お礼はいいんです。それより、ザラメルとのコラボをストップしてください」


「承知した。まさかあんな女を寄越してくることが分かってたら、わしも最初からコラボなんぞせんかったわい」


 教祖は内線で部下に指示を送り始めた。


 奈央子も青汁携帯電話で、潜入中のジェノサイドプログラムボット・マークIVに連絡を取る。


「もしもし、マークIVさん? コラボはストップしたわ。間に合った?」


『こちらマークIV。今、こちらの世界に戻ったロウベリーが状況をザラメルに報告していマス……彼女から告げられた数字は99億8000万円。どうやらギリギリで間に合ったみたいデスね」



 奈央子は大きく安堵のため息をつくと、床にへたりこんだ。


 しばらくの間、喜びを噛みしめていた奈央子は、青汁仮面のカメラに気づくと、ピースして言った。


「草太、見てるでしょ。私やったよ! TVの前のみんなも力を貸してくれてありがとう! そのお礼に今日は青汁を何と、通常の半額、特別価格の5000円で販売するよ!」


「それなら、私もブルースプラッシュM134を10台寄付しよう。抽選で10名の人に当たるプレゼントにすればいい」


「青汁仮面さん、ありがとう!」


「せめてもの礼だ。わしも向こう10年分の青汁を買わせてもらおう。それだけじゃない、これからは、青汁の素晴らしさを伝える宗教を立ち上げることにするよ。これで少しは売上の足しになるじゃろう」


「教祖さまも、ありがとう!」


「気にせんでもいい。あんたがこうまでして青汁を売るのは、余程の事情があるのじゃろう。草太とやらも、あんな美しい観音様を独り占めできるとは、つくづく幸せなやつよ」


「あ、あれはもう忘れてくださいよ! もう!」



 教祖たちの笑い声と奈央子の照れた顔、そして画面右下の『つづく』という文字で深夜番組は終わり、その後には『試験電波発射中』の文字とカラーバーの画面が映し出された。


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