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第7話「あのバカあらわる(2)」

「ジェノ! 早くあのスライムをフリーズドライにするんだ」


「了解デス」


 草太の指示によって、ジェノは両腕を砲身に変形させた。左手から冷凍光線、立て続けに右手からは真空弾を発射すると、みるみるうちに巨大スライムは緑色の乾いた粉になった。


「ミケケ様、大丈夫ですか」


 草太は粉まみれになって地面に座り込むミケケの元に走った。


「……草太……これ……これよ」


 ミケケは呆けたように腕をさすっている。草太の声もまるで耳に届いてない。


「遅かったか。ぐっ……俺がもう少し早く対処していれば……」


「……遅くなんかない。これなら十分に巻き返すことができるわ」


 ミケケは草太の手を取ると自分の腕に押し付けた。


「どう?」


「どうって……柔らかですべすべで……」


「そう! あたしたちは青汁は飲むものとばかり思っていた。でも、入浴剤としても売り出せるのよ。このスライムは危険だけど、普通のスライムに青汁を混ぜて今みたいに乾燥させれば、弱酸性のちょうどいい薬湯の素になると思わない?」


「確かに……スライムを使うっていうのが異世界ならではっぽくっていいですね! さすがミケケ様。転んでもタダじゃ起きませんね」


「でしょ! このお肌すべすべ効果ならきっと大ヒットするに違いないわ」


 二人は手を取り合うと、飛び上がって喜んだ。


「そうだ。青汁仮面に助けてくれたお礼を……」


 草太は辺りを見渡したが、彼の姿はもうどこにもなかった。


「誰よ、そのうさんくさい名前の人は」


「ミケケ様を救う方法を教えてくれた人です。さっきまでいたんだけど、おかしいな……ジェノ、青汁仮面がどこに行ったか見てないか?」


「彼なら私に伝言を残して去っていきまシタ。『青汁にふさわしい喉の渇き。それが人生には必要だ』と」


「……何言ってるのかいまいちよく分からないけど、まぁいいか。あの人にはまた会えるような気がするしな。それより、俺たちにはやらなければならないことがある……!」


「ええ、一刻も早く商品開発とCM撮影の準備を進めるわよ!」


「「「おー!」」」


 草太とミケケとジェノの三人は、確かな手ごたえと共に腕を突き上げた。




♦♦♦


 サラリーマン風の格好とメイクをした草太が、デスクワークに忙殺され、満員電車に乗っている。


『ストレスの多い現代社会。せめて家に帰った後は、ゆっくり休んで疲れを癒したい』


 ユニットバスの前で、草太は満面の笑みで入浴剤を指差す。


『そんな時には「女神の青き秘湯めぐり」。この一袋で、何もかも忘れて異世界に行ったような気分にひたれます』


 湯舟の中に入浴剤を入れると、湯煙と共にめくるめく異世界のイメージが浮かぶ。


『異世界に生息する多種多様なスライムのエキスと滋養に富んだ青汁が、あなたのお肌と心を信じられないくらいスベスベにしてくれます』


 湯煙が晴れると、タオルを巻いた半裸のミケケとジェノが恥ずかしそうな視線で見つめてくる。


「今日もお仕事ごくろうさま。お背中流した後は、一緒にお風呂に入りましょ」


 草太は湯舟の中で両腕に彼女たちを抱きかかえると、満面の笑みを浮かべた。


『今なら何と「女神ミケケ様の入ったお湯をフリーズドライした特製入浴剤」が激レア確率で入って、お値段たったの9800円! 電話番号はフリーダイアル0120-35530-00-5959(ミケケ様のお湯ゴクゴク)。期間限定のこのチャンスをお見逃しなく!! 』


「「お電話、お待ちしていま~す」」


♦♦♦




 ミケケたちの予想通り、青汁の入浴剤は大ヒット商品になった。


 異世界テイストの癒しを前面に打ち出した商品の説明や、ミケケとジェノのちょっとHな入浴シーンが視聴者の心に刺さりまくり、生産が追いつかないほど売れに売れまくった。


 草太は今 、嬉々として増産の手伝いにまわっていた。


 彼はジェノと共に工場の中で、クーリングオフや欠品扱いで戻ってきた商品の中から問題のないものを選別して、薬湯の素に再利用する作業を行っていた。



「いや~しかし、ついにミケケ様の売上が相手を上回るとはなぁ。70億対80億……俺が自由の身になるまで、あと20億か……」


「どうしまシタ、草太サン」


ジェノは押し黙ったままの草太に向かって言った。


「いや、この勝負が終わった後はどうなるんだろうって思っただけさ」


「草太サンは元の世界に戻るんデスか?」


「戻れるかどうかなんて分からないけど、帰りたいっていう気持ちはあるよ。でも、住めば都って言うように、最近はここでの暮らしも悪くないって思えてきてるんだ。毎日ミケケ様の手作りのサンドイッチも食べれるしな」


「草太サンが最初青汁入りって勘違いした食べ物デスね」


「ああ、毎日色んな具材で作ってくれるのは嬉しいよ。そのうちバリエーションが尽きて、本当に青汁のサンドイッチが出てくるかもしれないけどな」


「それなら私でも食べられそうなので、是非味見させてくだサイ」


「冗談だよ、冗談。まぁ、オートマタに人間のユーモアを理解してもらおうって方が無理……」


 笑いながら作業を再開した草太の手が、不意に止まる。


「……な、なぁ、ジェノ。この箱ってクーリングオフで戻ってきたやつだよな?」


「ハイ」


 彼が手にした箱の蓋の裏には、奈央子から草太に向けたメッセージが書かれていた。




『※ もし、誰かこのメッセージに気づいたら、「青木草太」に届けてほしいです。

  お礼は草太ができる範囲ですると思います(草太ゴメン、お願いね)


草太へ


 草太が異世界に行ってからの出来事は、すべて青汁のCMで見ています。


 青汁を100億円売らないといけないみたいなので、私も微力ながら青汁を買ったり、知り合いに進めたりして宣伝活動をしています。


 もしこのメッセージを読んだら、CM中に私に呼びかけてみてください。


 お互いの世界でやり取りができるなら、もっと効率的に売る方法があるかもしれません。


 最後に、私の命を救ってくれてありがとう。草太が生きていてくれて本当に良かった。いつか面と向かってお礼を言える日を、楽しみに待っています。


 奈央子 』




 草太の脳裏に、幼馴染との思い出が次々とよみがえる。


 お互いのことを何でも話し合える仲だったのに、高校に入ってから少しずつ距離が離れていった。些細なことで喧嘩をしてから話もしなくなったけど、仲直りのきっかけをずっと探していた。


 でも、元の関係に戻れないまま、俺は死んでしまった。



 あれから色んなことがあり過ぎて、その時のことが随分遠い昔に思える。


 お互いの気まずさが薄れた今なら、昔のような関係に戻れるのだろうか。



「ん? 今までのことを全部見てたってことは、冬美とのあのイチャイチャプレイも見てたのか? いや、それは置いとこう……ひょっとして今でも俺たちのことを見てるのか?」


 草太は立ち上がると、カメラを探しながら叫んだ。


「奈央子、お前が青汁の箱に書いたメッセージは読んだぞ! そっちの世界ともっと連携できるなら、確かに可能性は広がる。テレビの通販番組だけじゃなくて、ネットや即売会で売ることも可能かもしれない……」


 草太の口調が熱を帯びていく。


「今までも色々と手助けをしてくれたことは感謝する。残り20億、もし良かったらラストスパートまで力を貸してほしい。当面の連絡は青汁の箱に書いた筆談で行うしかないみたいだけど、他に何か方法がないか探してみるよ!」


 草太はアイデアと連絡方法を模索するために、さっそくジェノと話し合いを始めた。





 その頃、ミケケはザラメルの書室を訪れていた。


「どこかのバカがつまらない小細工をしたようだけど、おかげで素晴らしい新商品が生まれたわ。今日はそのお礼と売上を追い抜いちゃった報告に来たんだけど、もしかしてお邪魔だった?」


 彼女の嫌味たっぷりな態度に、ザラメルは顔をしかめた。


「なぁに、独走状態でつまらない勝負を盛り上げてやっただけだ。我の勝利はゆるぎはしない」


「減らず口をたたけるのも今のうちよ」


「減らず口などではない。あの入浴剤で勝負を決められなかったのは致命的だったと言わざるを得ない。こっちは新しいコラボ先が決まれば、一か月で50億稼げるのだぞ」


「くっ……」


 そのことはミケケも薄々気づいていた。すっかり勢いを失った彼女を見て、ザラメルは少し溜飲を下げた。



「アホのお前でもようやく状況を理解できたようだな。10億のリードなどないに等しいのだということを」


「ふん、何を言おうが、ゴールに近いのはあたしたちなのよ。残り20億、もう一つヒット商品を考えればいいだけよ」


「ない頭を絞ってあれこれ考えるのは構わんが、負けた時の約束は覚えておろうな」


「天界における実権を譲り渡し、さらに相手の言うことを何でも一つ聞く、でしょ」


「ここらで先に、お前に何を聞かせるか言っておこう。その方が危機感も出て、よりやる気になるだろうしな。もし、お前が負けたら神の力を失い、奴隷として我に永遠に仕えてもらうぞ」


 ミケケは、おぞましい未来を想像して青ざめた。


「へ~、じゃあ、こっちは何にしようかしら。あんたみたいなバカは何の価値もなさそうだけど……永遠に青汁を手作業で作り続けて、少しは世の中の役に立ってもらうっていうのはどう?」


「くだらぬ。奉仕を受ける存在が逆に奉仕するなど、柄の短い高枝切りバサミのようにありえぬことよ」


 にらみあって火花を散らす二人の顔のアップと画面右下の『つづく』という文字で深夜番組は終わり、その後には『試験電波発射中』の文字とカラーバーの画面が映し出された。



―――


「やった! 気づいてくれた!」


 草太の幼馴染の白部奈央子しらべなおこは、TVの前で小躍りしていた。


 ようやく草太とコンタクトを取ることができた。今まで何百個という箱にメッセージを書いて送り返したことは無駄ではなかった。



「売上もいい感じで伸びてるみたいだし、この調子でいけばきっと勝てるとは思うけど、相手のコラボの破壊力は侮れないわね」


 売上に貢献する宣伝活動も大事だが、相手に逆転を許さないための妨害工作も重要だ。


「次にザラメルたちがコラボしそうな新興宗教か……」


 奈央子は自分にできる限りのことをするために、ノートPCのブラウザを立ち上げた。


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