第5話「封印を解く者」
草太たちは魔王城の結界を守る妖術師との闘いの場にいた。
「勇者の血筋を引くものよ、よくぞここまで来た。まずはさすがと褒めておこうか」
「なぁに、凄いのは俺じゃなくてこの青汁さ」
草太は高々と青汁の入ったボトルを掲げた。
「無農薬なのに高品質、各種ビタミン・ミネラルをバランス良く配合したヘルシーな完全飲料。毎日飲むだけで、お手軽に世界を救うこともできる優れモノなんだぜ(個人の感想であり、効果・効能を保証するものではありません)」
「クッ……知ってるわい。ヴァンパイアロードたちも、それでやられてしもうた。だが、ワシが何の備えもないと思うたか!」
妖術師は床の魔法陣から漆黒の狼のような魔物を召喚した。
「何をけしかけようが無駄だ。この青汁を飲んで健康にならないやつがいないように、これで倒せない魔物がいないのも自明の理だ」
草太は魔物に向かって、ボトルの中の液体を浴びせかけた。しかし、青汁は魔物を素通りして何のダメージも与えることができなかった。
「クックック……ワシが召喚したのは亜空間に巣食う次元獣『ディメンション・ビースト』じゃよ。いくら効能が凄くても、当たらなければ無意味。今度こそ勝負あったようじゃな」
妖術師の勝ちを確信した態度を見て、草太は苦笑した。
「な、なにがおかしい!」
「確かに青汁は次元を超えてまで影響を及ぼすことはできない。いくら何でもそこまで万能じゃないことは認めよう。でも、直接的に当てることができないのなら、間接的に当てればいいだけのこと……おい、出番がきたぞ」
「了解デス」
草太の声に応じて、石膏のような白い肌をした小柄な少女が前に出た。
「この時のために失われた古代遺跡から発掘したオートマタだ。そして、こいつの動力はもちろんこれさ」
草太からトスされたボトルを器用にキャッチすると、その少女は中身を一気に飲んだ。ガラスのような瞳が緑色に輝くと、彼女は妖術師と次元獣に向かって深々と頭を下げた。
「私の名前はジェノサイドプログラムボット・マークIII。気軽にジェノって呼んでくださいネ」
ジェノが右手を突き出すと、たちまち腕が変形して砲身に変わる。
低い電子音に続いて黒い塊のようなものが発射された。それは前方の空間を飲み込むと、不協和音と共に消え去った。
「ブラックホール・ブラスター……あなたの次元獣は空間ごとまとめて消滅させまシタ。これが最終警告デス。ただちに結界を解除しなサイ」
「ぐっ……」
妖術師は後ずさった。あのオートマタは相手にするにはあまりにも強すぎるが、結界を守護する者として逃げるわけにもいかない。
彼が立往生していると、後ろから威厳のある声が響いた。
「何とも、これはとんだ骨董品を掘り出してきたものだ」
「魔王様! どうしてここに!?」
「……お前が魔王か。結界を壊さずともわざわざ出向いてくれるのなら、手間がはぶけて助かるよ」
草太は剣を構えると、白い長髪の男に向けて攻撃の体勢をとった。
「結界が破られるのを、ただ看過するわけにもいかぬだろう。しかし、あの最終兵器に対抗するすべは我でさえ持たぬ……草太とやら、過ぎたる力は身を亡ぼすぞ」
「確かにそうかもしれない。だが、今の優先事項はお前を倒すことだ。覚悟しろ!」
草太の剣の一閃が魔王を見事に切り裂いた。しかし、そのあまりのあっけなさに彼は違和感を覚えた。
「おい、何を考えている。魔王ともあろうものが、こんなに簡単にやられるはずがないだろ」
「どうせ勝てぬのなら、道連れにする方がましというもの」
魔王は素早くジェノの背後へとまわり込むと、彼女の両耳に人差し指を突き入れた。
「我が命と引き換えに、破滅の封印を解除してやろう……すべては我とともに殉死するのだ」
ジェノの最終コード解除によって、古代遺跡よりさらに深くに保管されていた反物質爆弾が爆発し、地球はあとかたもなく消え去った。
すべてを粉々に吹き飛ばす爆発が収まった後、宇宙空間に女神が姿を現した。
「小さきものたちよ。お前たちの愚かな行いは見届けました。しかし、これも運命だったのでしょう。もう一度与えられたチャンスで、今度はより良き選択をすることを願っています」
そういうと女神は数滴の青汁を、かつて地球のあった場所に垂らした。
長い長い年月をかけて、青汁は質量と体積を増していき、その表面に大気と生命をはぐくんでいった。緑効成分は大地を覆う草木へと変わり、各種ビタミン・ミネラルを含んだ水分は母なる海へと溶け込んでいった。
40億年も経てばカンブリア大爆発が起こり、再び人類が誕生するのだろう。
女神はそのことを思いながら、永い眠りに……
「ちょ、ちょっと待って。カット! カット!!」
女神役として出演していたミケケは、声を張り上げて撮影をストップさせた。
「……こ、これって、地球創生?」
「……はい」
「はいじゃないわよ。青汁の凄さは十分に伝わったけど、スケールが大きすぎて一般人には縁のないレベルでしょ……これを見て視聴者が『まぁ!いざという時には地球のコアにもなるから青汁買おっと』とか考えるとでも思ってるの?」
「……やっぱダメですかね?」
「ダメに決まってるでしょ。だいたい、その前の青汁で動くやたらと物騒なオートマタから突っ込みどころが多すぎるんだけど……」
ミケケはあまりのバカバカしさに頭を押さえながらフラついた。
「大丈夫ですか、ミケケ様」
草太はミケケの腕をつかむと、抱きかかえるようにして支える。
「あ、ありがと……」
顔をあげたミケケのすぐ目の前に草太の顔があった。
「草太……」
息がかかりそうなほど近い距離で、二人は見つめ合う。
ミケケは視線を外そうとしたが、かつて育んだ愛の記憶がそれを拒否した。何度となく交わした甘いキスを思い出した彼女は、無意識に目を瞑ると軽く顎を上げた。
「ミ、ミケケ様……?!」
草太の動揺しまくった声で、ミケケは我を取り戻した。
「はっ……! ご、ごめん。もう立てるから離して……」
草太の腕から素早くすり抜けた彼女は、真っ赤になった顔を悟られないように、後ろ向きのまま初めて別れの言葉を言った。
「そ、それじゃまた明日ね……」
何が起こったのか理解できない草太の顔のアップと画面右下の『つづく』という文字で深夜番組は終わり、その後には『試験電波発射中』の文字とカラーバーの画面が映し出された。
―――
「……あれ? 二人の距離感少し変わってない?」
草太の幼馴染の白部奈央子は、TVの前で首をかしげていた。
「いつもだったら、あの女神が理不尽にキレてつづくのがお決まりのパターンなのに、昨日見逃した回で何かあったのかな……まぁ、今はいいか」
奈央子は草太と連絡を取る一つの方法をずっと試していた。
今日の放送じゃ、まだ草太が気づいた様子はない。
でも、もし気づいたなら、必ず番組内でそのことに触れるはずだ。それまで今はサインを送り続けるしかない。
奈央子は眠気覚ましのコーヒーをすすると、気合いを入れ直して作業に戻った。