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第15話「長き戦いの果てに」

 壊れた窓から入り込んでくる冷たい風で、草太は意識を取り戻した。


 エア草太の放つ奥義でトドメを刺されたのではなかったのか。意識を失っていた時間はわずか数十秒くらいだと思うが、その間どうやって攻撃を防いでいたのだろう。



「ようやく目を覚ましたようだな。売上目標を達成したことで、少し気が緩んでいるんじゃないのか」


 聞き覚えのある声に飛び起きると、そこには仮面をつけた男がエア草太と互角に渡り合っていた。


「……もしかして本物の青汁仮面? ザラメルに殺されたんじゃなかったのか!?」


「ああ、不覚ながらな。しかし、守護霊としてお前をサポートすることはできる。無限のパワーはなくとも、魔王が……いや青飲拳創始者がエア如きに負けるわけにはいかんからな」


 嵐のような連撃をいとも簡単にさばく青汁仮面の頼もしさに、草太の心は熱くなった。


「すまない、助かる。このままエアを喰いとめてくれ。俺は奈央子を正気に戻す!」



―――



 異世界に戻ったニセ青汁仮面ことザラメルは、首都にある庭師ギルドから出てきたジェノの前に現れた。


「どうだ? ザラメルの行方はつかめたか?」


「成果なしデス。今からおびき寄せるための罠を作ろうとしてまシタ。こうやってザルの下に高級砥石を置いておけば、バカ面下げてのこのこ出て来るはずデス」


 ザルとつっかい棒を使った単純な罠の仕掛けを説明すると、彼は仮面の下で顔を引きつらせた。


「よくもそこまで愚弄……」


「え、何か言いまシタか?」


「……いや、何でもない。だが、あの男は中々の切れ者だし、侮らない方がいいぞ」


「やけに肩を持つじゃないデスか。青汁仮面サンもザラメルのことバカだって言ってマシタよね?」


 いぶかしげな視線を向けられたため、彼は仕方なく調子を合わせた。


「思い違いをしていた。あの男はミケケ様に盾突く、どうしようもないバカだった」


「デスよねー」


 軽い口調とは裏腹にザラメルのはらわたは煮えくり返っていた。殺す、このポンコツは人目につかない場所ですぐ殺す。



「いつもの青汁仮面サンで良かったデス。そう言えば、奈央子サンの方はどうでシタ?」


「単に寝てただけで何も問題はなかった。今は草太と久しぶりの再会を楽しんでいるところだ」


「それは何よりデス。なら、後はザラメルを捕まえるだけデスね」


「その罠を設置するなら、いい場所を知っている。ついてきてくれ」



 二人は大通りから路地裏へと移動した。日光が差さないため昼間でも薄暗く、人の気配はまったくない。


「ここらでいいか……」


 ザラメルは高枝切りバサミを手にすると、いきなりジェノの首めがけて襲いかかった。


 瞬きする間もなく、ジェノの首は胴体と切り離されるはずだった。


 しかし、ハサミの両刃が閉じられても、彼女は何事もなかったかのように立っていた。水を切るような手ごたえのなさに、ザラメルは戦慄した。


「幻影!? いや……お前はミケケか!」


「草太が戻れないように青汁の繋がりを切ったのは悪手だったわね。青汁の女神たる私が、異常に気づかないとでも思ったの?」


                              

 二人の神は互いに元の姿に戻ると、最終対決に備えて精神を集中した。


「勝負はついたわ。大人しく負けを認めて、取り決めを守りなさい……といっても、あんたが素直に従うならこうはなってないわよね。いいわよ、売上勝負に続いてガチバトルでも負ければ、さすがに屈服せざるを得ないでしょうしね」


「ほざけ。言ったはずだ、最終的に勝つのは我であると。天界の覇権は誰にも渡さぬ!」


「まだ勝てるとでも思ってるの? 仕方ない……私の本気見せてあげるわ」


 ミケケの背後からダムが決壊したような勢いで青汁が流れ込んでくる。


 ザラメルは高枝切りバサミを構えて、激流を真っ二つに切り裂く。


「我がハサミに切れぬものなどないわ!」


 ザラメルの声と共に、一瞬で柄が1kmほどの長さまで伸びる。


 それはミケケの遥か後ろ、路地の突き当たりの建物を数十軒ほど貫通し、城壁をバターのように切り落とした。しかし、とらえたはずの手ごたえがまるで感じられない。


「どこだ、どこに逃げた!?」


 素早く左右に目を走らせるザラメルの頭に、ミケケの手が置かれた。


「これで終わりよ」


 ミケケが手から念を送ると、ザラメルの全身が鉄のように硬直した。


「ぐぐぐ……」


 束縛から逃れようと全身に力を込める。血走った目からは緑色の涙が流れていた。


「中々根性あるじゃない……これなら、約束した青汁生産の手作業、頑張れそうね」


 ザラメルはその声を聞くことなく、すでに意識を失っていた。



―――



「だめだ……全然元に戻ってくれないぞ」


 気付け薬、くすぐり、関節技、冷水を浴びせる、青汁やコーヒーを飲ませる。ありとあらゆる方法を試した草太は、汗だくになってへたり込んだ。



「私が見るに、奈央子はお前に気があると思う。ここはひとつ、愛の力を試してみてはどうだ?」


 エア草太の攻撃を受け流しながら、青汁仮面が見かねたように口をはさんだ。


「何だ、その愛の力って」


「美女の意識を取り戻すのは接吻だと、古来より決まっているだろう」


「で、でも、俺にはすでに心に決めた人が……」


「ここにはミケケ様はいない。安心しろ」


「ん~、でも何かこういう時にタイミング良く来そうな気もするんだけど……」


「これは人助けだ。ためらってどうする」


 今もなお放心したままの奈央子を見て、草太は意を決した。


「……分かったよ。他に打つ手はなさそうだしな」



 草太は奈央子の両肩に手を置き、唇を重ねた。


「それじゃ姫の目は覚めない。もっと口から生気を流し込むような、情熱的なキスをするんだ」


「こ、こうか……?」


「もっと強くだ」


 試行錯誤の末、気疲れした草太はソファーに腰を下ろした。


「ダメだ……確実性もないのに、これ以上女の子の唇を奪い続けるのは罪悪感が……」


「仕方ない、私にキスしてみろ。レクチャーしてやる」


「いきなり何言ってんの!? 俺にそんな趣味はないぞ!」



 勢いよくソファーの後ろに隠れる草太を見て、青汁仮面はやれやれといった感じで首を振った。


「実体のない守護霊に何をためらうことがある。空気をなめるのと変わらないし、罪悪感も覚えずに済むだろう。正気を取り戻させるためには、何よりインパクトのある舌使いが必要なのだ」


「……わ、分かった。青飲拳の習得で、あんたの教え方の上手さは知っている。奈央子を救うために、本物のキスの仕方を教えてくれ」


「承知した。では、エアの方を何とかするか……青飲拳奥義 黒虚砲ブラックホール・ブラスター


 手から放たれた黒い塊のようなものが、エア草太を空間ごと削り取って消滅させた。


「一時的に消したが、時間稼ぎにしかならんだろう。さっそくやるぞ」


 青汁仮面はマスクを取ると、草太を抱き寄せて激しいキスをした。




「草太ー、ザラメルを捕まえたから助けに来たわよ。大丈夫だった?」


 青汁の繋がりを回復させたミケケが、リビングルームに現れる。



 彼女の目の前では、二人の男が過激に舌を絡め合っていた。


 しばらく固まっていたミケケは、無言で二人を壁際まで吹き飛ばした後、一気にまくし立てた。



「何してるのよ! 男同士で信じられない!! あんたたちいつからそういう関係だったのよ!!?」


「ご、誤解です! これは奈央子を目覚めさせるための練習で……」


「随分苦しい言い訳ね。どこの世界にキスの練習を男同士でする人がいるのよ!」


「だから、経験の少ない俺じゃ、奈央子を目覚めさせるだけのキスができなかったからで……ほら、魔王からも何とか言ってくれ」


「草太は、奈央子より私とキスする方が罪悪感を覚えないタチらしくてな……」


「誤解を深めるような言い方をするな! 俺だって気は進まなかったんです。でも、奈央子を助けられるならって……」


「気が進まないのにそこまでやるなんて、あんたやっぱりその子のことまだ好きなんでしょ……いいわよ、もういい。あんたなんかもう知らない!」


 目に涙を浮かべたミケケは、かき消すように二人の前から消えた。



「ミケケ様! ちゃんと話を聞いてください!」


「……む、この気配は……ぐおっ!?」


 草太の叫びに紛れて、復活したエア草太が魔王を死角から打ち据えた。かろうじて致命傷は避けたものの、魔王の体はピントの合わない写真のように大きくぼやけ出した。



「……そ、草太、今は奈央子を救う方が先だ。彼女を救いたいと思う願いや、先程伝授したテクニック、ミケケ様に誤解されたことへのいきどおり……全てを込めて、もう一度キスをするのだ」


「分かった……」


 草太は再び奈央子の肩を引き寄せると、生気の消えそうな目を見て語りかけた。


「奈央子……エアは便利だけど、やっぱり代替にしかならないんだ。俺は異世界でミケケ様と共に生きる。だからお前も……お前もこんな身勝手な男のことなんか早く見切りをつけて、本物の幸せを掴んでくれ」



 草太が唇を重ねると、奈央子の目にようやく生気が戻り始めた。


「え……本物の草太? どうしてここに」


「奈央子……良かった。よし、魔王、後は頼む。俺はミケケ様を追……」


 奈央子の必死の抱擁が、草太の言葉を止めた。


「何でまたあっちの世界に行っちゃうの? せっかく生きて戻ってこれたんだから、前と同じように……ううん、気まずくなった関係だってやり直せるじゃない……」


「お前の気持ちはうれしい。だけど、俺はあのそそっかしくて、わがままな女神様を放っておくことはできないんだ……だから、俺が行ってしまっても大丈夫か?」


「無理……だって、草太のことエアになるくらい好きだったんだよ。簡単に立ち直れるわけないじゃない……」



 草太は涙ぐむ奈央子を前にして、どうすればいいのか知恵を絞った。しかし、結局いい案は思い浮かばなかったらしく、微妙そうな顔をしながら話を切り出した。


「傷心の女の子を慰められるような気の利いた言葉が出てこないけど、これでも飲めよ……元気が出るかどうかは分からないけど、健康にはなると思うぜ」


 草太が懐から取り出した青汁の箱を見て、奈央子はすっとんきょうな声をあげた。


「こんな時にまで青汁!? ……はぁ~あんた、すっかり青汁脳になっちゃったのね。いいわ……私の方は大丈夫だから、早く女神様のところに行ってあげて」


「……いいのか?」


「いいんだって……あ、待って。せめて、当初の願いはちゃんと叶えさせて」


 奈央子は涙をふいてかしこまると、精一杯の笑顔を作った。


「あの時、暴走車から助けてくれてありがとう。草太は私の命の恩人だよ。何か困ったことがあったら、いつでも言ってね」


「ああ。これが今生の別れってわけでもないしな。青汁が二つの世界を繋いでいる限り、会いたくなったら、またいつでも会えるさ」



―――



 ミケケは天界を一望できる塔の上で、風に吹かれていた。


「天界の覇権を握ったってことは、ここから見える場所は全てミケケ様が統治することになるんですか?」


 ミケケの横に来た草太は、手すりから眼下に広がる景色を眺めた。


「そんな面倒なことやらないわよ。あのバカの暴走を止めただけだから。昔はあーじゃなかったのに、いつしか権力に魅せられて変わってしまって……幼馴染ならやっぱり放っておけないじゃない」


「はい……俺にも分かります」


「あの後、結局どうなったの?」


「ちゃんと俺の気持ちを伝えました。その後、青汁を渡して慰めようとしたら、あきれ返ってました」


「そりゃそうでしょうね……青汁をそんなふうに使った人、多分あんたが初めてよ」


 ミケケはその様子を想像して苦笑した。


「それで……ミケケ様は今更言わなくていいって言ってましたけど、やっぱりちゃんと言わせてください」


 草太は真面目な顔をして、ミケケを見つめた。


「俺はミケケ様のことを愛しています。一生かけて大切にします。だから……」


「私のこと愛してるのに、魔王とキスしたの?」


「あれは相手が霊体だから、実際に唇が触れ合うわけじゃないからいいかなって……」


「じゃあ、魔王が霊体じゃなくなったら、もうキスしない?」


「はい!」


 ミケケがポンと手を叩くと、実体を取り戻した魔王が草太の側に降り立った。彼は甦った力を確かめると、ミケケに礼を述べた。そして、二人の顔を交互に見て微笑むと、風のように消え去った。



「……あと、いくら練習だからって、他の人とキスするのもなしよ」


「はい! 練習が必要な時はミケケ様にお願いします!」


 ミケケはクスクス笑う。


「練習なんか必要なくなるくらいにうまくなるわよ。だって、これからいっぱいキスするんだから」


「それもそうですね。じゃあ仲直りの記念ってことで」



 二人はしばらく見つめあった後、もう待ちきれないといった感じで、激しく唇を重ね合った。





「……かくして、二人は掟を乗り超えて結ばれ、二つの世界を舞台にした恋の物語は神話になった……っと」


 二人の様子をずっと見守っていたモーティエルは、満足そうに筆を置いた。


「その顔だと、いいものが書けたようだな」


 モーティエルは転移してきた魔王に、書きたての原稿を見せた。


「これはヒットの予感がするよ。さっそく映画の撮影に取りかかるとして……主役はやっぱり本人たちにやってもらった方がいいよね」


「ああ、あの二人以外のキャスティングは考えられないしな……まぁ、今晩は新たな神話の誕生に乾杯といこうじゃないか」


 魔王は緑色の液体の入った盃を手渡した。


「青汁を焼酎で割った青ハイだ。青汁好きの教祖に教えてもらった飲み方だけど、なかなかいけるぞ」


「おお、まさにこの作品にふさわしい酒だな。それじゃ……乾杯!」





 健康を願うとき


 大切な人を救うとき


 巨大な悪と戦うとき


 恋人や友と喜びを分かつとき


 人は青汁を飲む



 思いが紡がれていく限り

 

 青汁は人を勇気づけてくれるだろう


 世界を救ったあの二人のように






「ミケケ様、ちょっと思ったんですけど……」


「なに?」


「ミケケ様のキスって青汁の味がするんですね」


「うそ!? いくらあたしが青汁の女神だからってそんなわけ……」


「あれ、気のせいかなー。それじゃもう一度確かめさせてください」


「ちょっと! 草太ったら……もう」




―完―


この小説を読んで青汁を飲みたくなった人は、評価よろしくお願いします。

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