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第14話「暴君と勇者」

「お前が勇者か、よく来てくれた。この世界を救ってくれた礼を述べようと思ってな。何か欲しいものがあれば、遠慮なく言ってみるがいい」



 広々とした謁見の間で、草太は小太りな王と対峙していた。


「その必要はありません。世界の脅威と戦うのは、勇者として当然の義務ですから」


「そうは言っても、王としてはそなたの功績に報いなければならん。何が欲しい? 金か、女か、それとも……わしが座るこの王座か?」



 王が指を鳴らすと、槍を構えた衛兵が二重三重に草太を囲んだ。


「城下では、わしに代わってお前を新たな王に推す声もあがるほどと聞いておる。世界を救うのは結構だが、ちとやり過ぎたようだな」


 この部屋に通す前に全ての武器は取り上げてある。これだけの数で囲めば、いくら勇者でも打つ手はないだろう。若くして王となった男は、笑いながら玉座のひじ掛けを叩いた。



「……この国は賢王が治めていると聞いていたが、どうやらそれは先代までの話だったようだな。無用な保身に走る暇があるなら、もっと国の発展を考えるべきじゃないのか」


 無数の穂先を突き付けられながらも、草太は王をさとすように言った。


「その発言、王に対する侮辱として十分死に値する……地下牢へ連れていけ。明日の朝、勇者の死刑を執り行う!」




 草太が薄暗い牢屋の中で目を閉じていると、眼鏡をかけた妙齢の女性が現れた。


「この者と話がしたい。少しの間外してくれないか」


 牢番は何も見なかったというように黙って詰所に戻っていく。彼女は周りに誰もいないことを確認すると、草太の前まで歩み寄った。



「私はこの国の大臣でレフラと申します。世界を救っていただいた勇者様にあんまりな仕打ち、誠に申し訳ございません。さぁ、この転移の巻物を使って、一刻も早く脱出してください」


 草太は目を開けて彼女の顔を見た。心から勇者のことを案じている気持ちに嘘はないように見えた。



「……申し出はありがたいが、それは受けられない」


「し、しかし、このままでは死刑になってしまうのですよ」


「俺が逃げれば、牢番やあなたが逃がした罪を問われるだろうし、あの王も変わらない。ここは俺にまかせてくれないか」


 死刑を翌朝に控えていてもまったく揺るがない草太の胆力に、レフラは折れざるを得なかった。


「その代わりと言っては何だが、一つ提案があるんだ。明日のことについてだが……」




 次の日の朝、処刑場のギロチンの前に大人しく座っている草太を見て、王は意外そうな顔をした。


「ここまで往生際が良い男は初めて見た。何か最後に言いたいことがあれば、聞いてやろう」


「そうだな……それじゃ喉が渇いたから、青汁を一杯飲ませてくれないか?」


「喉が渇いたなら、ただの水で十分であろう」


「最期のお願いだと思って頼むよ。青汁は体に良いんだ」


「体に良い? もうすぐ首をねられるのに健康のことを気にするとは、とんだ大馬鹿者よ」


 ひとしきり腹を抱えて笑った後、王はその申し出を受け入れて青汁を運ばせた。すると、側近の一人が近寄って進言した。


「恐れながら、あの勇者は青汁の力で世界を救ったと聞きます。今与えるのは危険かもしれませんぞ」


「よいよい。たかが青汁一杯で何ができる。それに1万の軍で処刑場を囲んでいるんだ。何が起ころうとも悪あがきにすらならんよ」



 両手を後ろでしっかりと縛られている草太は、青汁を運んできた男にグラスを口まで近づけてくれるように頼んだ。


 そして、喉を鳴らして青汁を飲み終わると、ゆっくりと王のいる高台の方を振り返った。



「あんたは知る由もないが、俺の好きな戦国武将に石田三成っていう人がいてね。その人も処刑前に命を惜しんで同じように笑われた逸話があるんだ。いや~、一度やってみたかったんだよな」


 深く息を吐いて全身に力を込めると、草太を縛っていた縄はバラバラになった。再び捕えようと近づいてきた警備兵に当て身をくらわせると、草太は詩を吟じながら型を披露し始めた。



千軍萬馬 一旗の風

宿星傾き 荒涼に死を決す

沈思丹誠 遙かに青飲すれば

我が心は 雪後の空よりも青なり



「何をしておる。さっさと取り押さえろ!」


 王の命令を受けて、1万の軍隊による処刑場の包囲が狭まっていく。


 草太は周囲を見渡すと静かに構えた。たちまち全身が緑色の光に包まれる。


「青飲拳奥義 緑閃光りょくせんこう


 その眩しさに目がくらんだ王が再び目を開けると、見渡す限りの兵がすべて地面に倒れていた。



「ば、馬鹿な……あれだけの兵を一瞬で倒しただと……?」


「これでお前を守る者はいなくなったぞ。神や天使とも渡り合った男を……いや、青汁の力を過小評価し過ぎていたようだな」


 ゆっくりと高台の階段を上ってくる草太を見て、王は腰を抜かしてへたり込んだ。


「頼む、わしが悪かった……どうか、どうか許してくれ!」


「もし俺がそうやって命乞いしても、お前は許したとは思えないな。まぁ、因果応報と思って、潔く覚悟を決めるんだな」


「ひいいいいい! そんな、そんなぁあああああああ!」



 王は失禁しながら、高台の上をみじめに這い回った。無力な背に必殺の拳が振り下ろされようとした時、素早く駆け寄ってきた一人の女性がそれを制した。


「勇者様。お怒りは至極当然ではありますが、どうか拳をお収めください」


「こんな愚鈍な王を生かす価値があるというのか?」


「今はありません……しかし、研鑽を重ねれば歴代の賢王に並ぶ器へと変わるかもしれません。少しの間だけでも、それを証明する猶予を与えていただけないでしょうか」


 草太はレフラの影で震える男に向かって言った。


「お前の命、しばらくこの人に預けておく。これからは心を入れ替えて国のために尽くせ。もし、その約束を違えた時は、今度こそ命をもらい受けるぞ」


「へ、へへぇ~~」


 必死に平伏する王を見た二人は無言でうなずき合った。牢で打ち合わせた作戦は全てうまくいった。これからはこの国もよくなるに違いない。



「もう一つ言いたいことがある。今回のことは、お前が青汁のことをよく知らなかったことにも原因がある。これからは国策として青汁を広め、平和と民の健康を守るのだ。安定した供給を確保するには、青汁仮面という男が相談に乗ってくれるだろう。さっそく連絡を取るがいい」


 草太はカメラ目線になると、満面の笑みを浮かべた。


「この番組を見ている人は、もちろん電話一本ですぐ注文可能だ。フリーダイヤル0120-1026-8-504-0-495(青汁はこの世を救う)。今なら60日分1箱が何と1980円だ。今日こそ、俺たちはこの特別価格で勝負を決めてみせる!」




 草太はカメラ横でメガホンを構えるミケケを見た。


 二人は無言で視線を交わした後、ノートPCで注文状況を見守るジェノの一言を待つ。


「……70万、80万、90万……今100万箱を超えまシタ。つまり、今回の20億がプラスされ、総売上100億円達成デス……!」



「やった……勝った……!」


「やりましたね、ミケケ様……!」


 スタッフの歓声があがる中、草太とミケケはしっかりと抱き合って喜びを噛み締めた。


「ありがとう。草太のおかげよ」


「そんな……ミケケ様がいたから頑張れたんです……ところで、地底湖でした約束覚えてますか? 決着がついたら、その……」


 ミケケは少し緊張している草太を、おかしそうに見つめた。


「今更、気持ちを伝える必要なんてないわよ……これからもずっと私の側にいて」


「ミケケ様……」



 ほほを赤らめた二人の顔が近づき、唇が触れ合おうとした時、不意に青汁仮面が現れた。


「盛り上がってるところすまないが、悪い知らせがある……ザラメルが逃げた」


「そんな! 青汁を1万杯飲まないと出れない部屋にいるんじゃないんですか?」


「腹をたぽんたぽんに膨らませたロウベリーが転がっているだけで、あそこにザラメルの姿はなかった……嫌な予感がする。やつが行きそうな場所に心当たりはないか?」



 ミケケは顔に怒りの青筋を立てながら、両手の指をバキボキと鳴らした。


「あのバカ……負けそうになったから逃亡って、どこまで性根が腐ってるのよ。必ず見つけておしおきを受けさせてやるわ」


「どうしたんだろう……奈央子と電話が繋がらない。何事もなければいいんだけど……」


 草太は青汁携帯電話を耳に当てて、不安そうな表情を浮かべていた。


「この時間は私たちの番組を見るためにいつも起きてるんでしょ。確かに心配ね……草太、念のために行ってあげて。今ならまだ青汁の繋がりが残ってるはずよ。私はこれから天界の方を探してみるわ」


「分かりました。こんな形で里帰りするなんて思いもしませんでしたけど、ちょっといってきます。ミケケ様もくれぐれも気をつけて下さい」


「あんたの方こそ無理は禁物よ。いくら青汁の力があるとはいっても、人間がまともに神とやり合おうなんて思わない方がいいわ」


「ええ。一度戦ってザラメルの強さは知っているから大丈夫です……それじゃ、青汁仮面、頼めるか?」


「承知した」




 青汁仮面が草太の肩に手を置くと、二人は奈央子の家のリビングルームに立っていた。


 ソファーには奈央子の姿があった。しかし、彼女は膝を抱えたまま、ぶつぶつと独り言を喋っている。


「なんだ、いるなら電話に出てくれよ。大変なんだ、ザラメルが逃げ出しちゃって……」



 青白い顔をした奈央子が振り返ると、心こころあらずといった感じで首をかしげた。


「あなた……だれ……?」


「な、何言ってるんだ……忘れたのかよ、草太だよ!」


「あなたが草太のわけないじゃない……だって、草太はここにいるんだもの……」


 奈央子は何もない空間に手を置いた。笑顔を浮かべていても、目からは生気が失せかけている。


「俺はここにいるじゃないか! 一体どうしたっていうんだよ……ぐっ!?」


 奈央子の両肩を揺さぶっていた草太は、突然の横からの衝撃に吹き飛ばされた。


 困惑する草太の目の前で、何もない空間の中から、拳を突きだして構える自分の姿が浮かび上がっていく。


狩有無カリウム王葉道図オーバードーズ……』


「そんな馬鹿な……俺が二人いる!?」




「なるほど、確かに人間の想像力というのは恐ろしいものだ。少し力を貸してやるだけで、エア彼氏ならぬエア草太をここまで作り上げるとはな」


 草太は聞き覚えのある冷たい声にすくみ上がった。しかし、部屋の中には、奈央子と青汁仮面しかいない。


「まさか……まさか、お前は……」


 青汁仮面が仮面を取ると、そこには冷たい笑みを浮かべるザラメルの顔があった。



「あの邪魔者は斬首の刑に処した。しかし、衣装と仮面を拝借して声色を変えただけでこうもあっさり騙されるとは、我には役者の才能もあるのかもしれんな」


「ふざけるな!」


 草太はザラメルに殴りかかろうとした。しかし、彼の手足はしびれ、心臓の鼓動が胸を突き破らんばかりに大きくなっていく。


「自らの奥義を喰らった気分はどうだ? 想像力が生む力は無限、しかもエアの実体はないゆえ無敵。お前の始末には十分すぎるほどだが、念のために戻れないようにしておくか」


 ザラメルは高枝切りバサミを取り出すと、二つの世界の青汁の繋がりを断ち切った。


「あのアホはまだ我の正体に気づいてはおらん。残りのポンコツ人形もキッチリと排除した後、今度こそ確実に消してやろう」


 ザラメルは空間を切り裂くと、その歪みの中に消えた。


「……ミケケ様! ミケケ様!!」



 ザラメルが消えた場所をむなしく探る草太の背に半透明の拳が振り降ろされると、奈央子の家の窓は、絶叫と緑色の光で粉々に吹き飛んだ。


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