第13話「世界から青汁がなくなる日(2)」
草太は流れるような動きで二人の波状攻撃を避け、双拳を叩き込んだ。
「ザラメル様、ここは私が!」
ロウベリーは前に出ると、アサイースムージーを飲み干したグラスを指ではじいた。
増幅された音が草太の頭の中で響き渡り、耐え難いほどの苦しみをもたらす。間髪入れずに、ロウベリーは衝撃波の乱れ撃ちを放った。
しかし、草太はそのすべてをすり抜けて距離を詰めると、緑色に輝く拳を脇腹に撃ち込んだ。
「青飲拳奥義 狩有無・王葉道図!」
「ぐふっ……なに、このけだるさは……」
「青汁に多く含まれるカリウムは、人体に必要な元素だ。しかし、過剰に摂取すると手足がしびれ、最悪の場合は心停止をまねく恐れがある。この奥義はその危険性に匹敵する破壊力があるのさ」
ロウベリーは両足のしびれに耐え切れず、ガックリと膝をついた。
「そんな……私が……アサイースムージーが負けるなんて……」
「敗因を教えてやるよ……あんたはアサイースムージーばかり作って飲み過ぎたんだ。いくら健康に良くても、偏った摂取は体に悪い。過ぎたるは及ばざるがごとしってやつだ」
「あなただって青汁ばかり飲んでたんじゃ……」
「俺はエア青汁と合わせて、工場で作ったアサイースムージーも飲んでいたからな」
「それなら、実質アサイースムージーばかり飲んでたのと変わらないんじゃ……納得いかな……い」
ロウベリーがばたりと倒れて意識を失う。草太は振り返りざまに、ザラメルの顔面めがけて必殺の拳を叩き込んだ。
しかし、顔色一つ変えずに払いのけたザラメルは、刃物のように冷たい目で草太をにらんだ。
「調子に乗るな……我の力を見るがいい」
ザラメルが念を込めると、手にした高枝切りバサミの先が異空間に消える。
嫌な予感がした草太は、大きく距離をとって様子を見ようとした。
しかし、飛びのく先々で草太の周りの空間が歪み、無数の刃先が出現する。それらは意思を持った蛇のように、防御の手をかいくぐりながら襲いかかってきた。
「我が高枝切りバサミの射程は無限。空間を歪めれば柄の長さにとらわれずに、どんな場所にある枝でも切り落とすことができる……どうだ、便利であろう?」
「ぐっ……!」
急所をガードして致命傷は防いだものの、全身に切り傷を負った草太の体が真っ赤に染まる。
「所詮はエア。本物もなしに渡り合おうなどお笑い草よ……何だ、何がおかしい!?」
「『草』という言葉を使うなんて、青汁に気圧されていると告白するようなもんだぜ……事実、俺たちの作戦は大成功っていうわけだ」
草太の笑みを見たザラメルは、もう一人の男、青汁仮面を探した。
「私を探しているのか? だがもう遅い」
青汁仮面は祭壇の上で、すり鉢を手にしていた。すりこぎ棒で青汁の材料をまとめてすり潰しながら、口早に呪文を唱える。
「万物の創造主よ。青汁の顕現をこの世に認め、神格を授けたまえ」
すり鉢の中に緑色の液体が満ちていく。その液体から発する緑色の光が、神殿の中を照らした。
「ぐっ……しまった……」
すり鉢の中から立ちのぼるようにして、一人の少女が現れた。
「私の名はミケケ。新たに八百万の末席に加えられし、青汁の女神……」
「やった……ミケケ様が甦った……!」
実体化を終えたミケケは、祭壇から降りてザラメルを見た。
「私の存在ごと消して勝負をなかったことにしようなんて、卑怯すぎてあきれるわ。やっぱりバカにはおしおきが必要なようね……」
女神の殺気だった視線は、ザラメルを金縛りにした。
「逃げようとしても無駄よ。今の私は創造主の代理として、あんたを断罪する許可をもらってるから」
「ふっ……どうやら今回は我の負けのようだ」
「ザラメル様、格好つけてる場合ですか。早く逃げないと!」
意識を取り戻したロウベリーが、せかすように腕を引っ張る。
「我の辞書に逃げるという文字はない。今回は甘んじて負けを受け入れよう」
「し、しかしこのままでは、どんな罰を受けるか……」
「ロウベリー、あなたも少し大人しくして」
天使を金縛りにしたミケケは、草太の容体をみた。草太の体に優しく触れると、ザラメルとの戦いの傷がたちまち癒えた。
「ミケケ様……俺……」
ミケケは手を突き出して、感極まる草太の言葉を制した。
「話は後よ。ちょっと片づけてくるから待ってて」
ゆっくりと近寄ってくるミケケに向かって、ザラメルは余裕の笑みを浮かべた。
「分かっているとは思うが、100億の勝負はまだ終わってはおらんぞ。我は必ずこの敗北を乗り越える。最終的に勝つのは我の方だ! ははははは!」
ザラメルの高笑いが響く中、ミケケは二人の肩に手を置くと、どこかに転移して連れ去った。
ミケケが再び祭壇の前に姿を表すと、草太は待ちかねたように駆け寄った。
「青汁を1万杯飲むまで出れない部屋に閉じ込めてきたわ。出てきた頃には身も心も健康になって……たらいいんだけど、あのバカがそう簡単に改心するわけないか」
草太は何も言わずに、懐かしいミケケの顔を見つめていた。
「そんなに見ないでよ……そうだ、青汁仮面に甦らせてくれたお礼を言おうと思ったんだけど、どこ行ったか知らない?」
「あの人なら伝言を残して去っていきました。『青汁が結ぶ春と書いて青春と読む。人生の輝かしい時を共に生きよ』と」
「ははっ、何それ……変なの」
ミケケが軽く笑い飛ばすと、草太もつられて笑った。
「変だと言えば、青汁がなくなっただけなのに、何故か終末世界みたいに荒廃してるわね」
「ええ、やはりこの世界にはミケケ様が……青汁の神様が必要なんですよ」
「そんなにおだてなくてもいいわよ。そういや、あんたうさん臭い拳法を身につけてたわね。何なのよ、青飲拳って……」
「青汁仮面のもとで修業を積んだんです。モヒカンが跋扈する世界を生き抜くには、やっぱり一子相伝の必殺の拳法が必要ですよね」
「う、う~ん、そうなのかなぁ……あと、エア青汁とかもあったわね。あんなことできるんだったら、もう青汁買う人いなくなるじゃない」
「誰にでもできるってわけじゃないです。心の底から青汁とミケケ様を思う気持ちがなければ、できない技です」
「草太……」
二人はうるんだ瞳で見つめあった。
「ミ、ミケケ様……」
いい雰囲気になりかけたところで、ミケケはハッと我に返った。
「そ、そうだ! あのバカが戻ってくる前に、さっさと100億の勝負の決着を付けないと……ほら、早く注文先のフリーダイヤルを言いなさいよ」
しかし、草太はそれを無視して、ミケケを抱きしめた。
「……ザラメルたちはすぐには戻ってこれないんですよね。なら、今回くらい、いいじゃないですか。ミケケ様がいなくなってから、いろんなことがあったんですよ……俺、また大切な人を守れなかったのかって、すごく落ち込んで……」
ミケケは感情が溢れ出そうな草太の背中に、優しく手をまわした。
「うん……わかった……あたしも会いたかったよ」
草太は強くミケケを抱きしめた。
「……おかえりなさい……ミケケ様」
「ただいま……ありがとう、草太」
二人が抱き合ったまま、画面右下の『つづく』という文字で深夜番組は終わり、その後には『試験電波発射中』の文字とカラーバーの画面が映し出された。
―――
「はぁ~~~」
草太の幼馴染の白部奈央子は、TVの前でため息をついた。
「いいところで終わっちゃった……同じ思いに気づいた二人がこの後どうなったのか、すごく気になるんだけど~~!」
奈央子はあぐらをかいたまま、クッションを床にバシバシと叩きつけていた。やがてそれに飽きると、部屋に戻って布団にもぐりこんだ。
「あ~あ、私もエア彼氏でも作ろっかな~」




