第11話「不変の摂理」
「ロン、緑一色。親の役満で48000点だ」
草太が手牌を倒すと、彼を囲む30人以上のギャラリーが歓声をあげた。
彼は今、首都で最も大きい雀荘で麻雀を打っていた。
「何なんだ、その手は! 5巡前に索子の清一色であがってるじゃねぇか!」
対面に座っていた狼男は草太の捨牌を確認すると、点棒を卓上に叩きつけた。
「俺は勇者だ。青汁を体現する『緑一色』の役以外であがるわけにはいかないんでね」
「くそっ! 次だ。今度こそお前のイカサマを暴いてやる!」
草太は狼男の言葉に目を細めながら言った。
「あの引きをイカサマ呼ばわりするなら、今日限り麻雀をやめたほうがいい」
「うるせぇ! 俺様が本気モードになればお前なんか……」
「それじゃ次の戦いは、座る場所もサイコロの出目もあんたが自由に決めていい。その上、最初から手牌をオープンにしたままで打ってやるよ。俺がイカサマをしているかどうか、本気モードとやらでよく見ておくんだな」
勝負が始まると、草太は配牌をオープンした。
いたって平凡な手牌だったので、狼男は鼻で笑った。しかし、次々と引き入れていく牌を見て、その笑いは凍り付いた。
「二索、三索、發、八索……全部、緑一色の構成牌しかツモってきてないじゃねぇか。いったい、どうなってんだ……」
「俺は特別なことは何もしちゃいない。ただ、ツモる前に青汁を飲んでいるだけだ」
草太は青汁のグラスをあおると、いともたやすく最後の六索をツモってテンパイした。
文字通り緑一色に染まった草太の手牌を見て、狼男は額から滝のような汗を流した。
「バ、バカな……ありえねぇ。一枚の無駄ヅモなしに緑一色の牌を引きやがった。こうなったら鳴いてツモの順番を変えるぐらいしか……」
狼男は上家の捨牌をチーして、何とかツモをずらすことに成功する。しかし、そんな彼の最後の抵抗を見て、草太は悲しげに首を振った。
「まだわからないのか。あんたが何をしようが、青汁を飲めば必ず索子を引いてくる。それが麻雀の、いや、大宇宙を構成する不変の摂理だ」
「まさか、そんな……」
ゆっくりと青汁を飲んだ草太は、確かな手ごたえと共に牌をツモった。
「ツモ、緑一色。役満」
最速の手であざやかに役満を完成させると、同卓に座っていたジェノが草太を称えた。
「絶好調デスね。今の草太サンに勝てる人は、誰もいないんじゃないデスか?」
「うかれるのはまだ早い。ここに来たのは、この前のリベンジをするためだからな……そうだろう? ロウベリー!」
草太は狼男の後ろで観戦していた天使に向かって言った。
「麻雀で勝負とは、中々面白い趣向ですね。私としてはあなたたちの妨害ができるのなら、何でも構いませんよ」
「ルールは役満縛り(※1)で、トビなし(※2)。半荘1回でどちらが点棒を多く集めるかの勝負でどうだ?」
※1:役満でしかあがれないルール
※2:点数が0以下になっても、ゲームを続行するルール
「それでいいですよ。どんなルールだろうと、私とアサイーの勝ちは揺るぎません」
彼女は余裕の笑みを浮かべると、優雅に草太の対面に座った。
ロウベリーと草太の麻雀バトルが幕を開けた。
卓を囲む面子は、草太、ジェノ、ロウベリー、狼男の4人。
東一局の配牌は、草太とロウベリーどちらも凡庸だった。しかし、両者はここから驚異的なツモを続ける。
「どうなってんだ……さっきの戦いで勇者が索子を引くのは分かっていたけど、あの天使も筒子しか引いてこないぜ」
ギャラリーの声に答えるように、ロウベリーはグラスに入ったアサイースムージーを掲げた。
「皆さんは知らないでしょうけど、麻雀牌の筒子はアサイーの粒を表しているのです。つまり、アサイースムージーを飲めば必ず筒子を引いてくる。それが麻雀の、いや、大宇宙を構成する不変の摂理なんですよ」
「マジかよ……異世界から伝えられた麻雀に、そんな秘密が隠されていたなんて……じゃあ、勇者の言う摂理と天使の言う摂理、どっちが正しいんだ……?」
草太もギャラリーの質問に答えながら、緑一色の構成牌をツモる。
「どちらも正しい。つまり、麻雀は異世界……俺がいた世界での、青汁とアサイースムージーの健康飲料業界の覇権争いをゲームに落とし込んだものなんだ」
「そういう意味では、麻雀ほど私たちの決着をつけるのにふさわしい戦いはないかもしれませんね……おっと、リーチです」
ロウベリーの先制リーチに、ギャラリーがどよめいた。
「リーチをしたからには役満確定……先制は天使の方か?」
「ぐっ……」
動揺した草太は、はじめて索子以外の牌、二筒を引いた。
「おそらくこの牌は99%当たり……でも、これを切らなければ緑一色は完成しない」
ロウベリーは眉間に皺を寄せる草太を楽しそうに見た。
「さぁ、どうします? 振り込むか私がツモるか……どちらでも構いませんよ」
「……じゃあ、俺は降りるよ」
草太が發を捨てると、次巡ロウベリーはあっさりと二筒を引いた。
「ツモ、大車輪……役満です」
いきなりの大物手にギャラリーが沸く中、草太は雀荘の壁に貼ってある麻雀役一覧の紙を指差した。
「あの貼り紙を確認してなかったのか? 大車輪は一般的にはローカル役扱い。そして、この雀荘でも役満とは認められていない」
「天界ルールじゃアリなんですけどね……しかし、まぁ同じこと」
手役の無効を知らされても、ロウベリーは余裕の表情を崩さない。
「この手はリーチ一発ツモタンヤオ平和清一色二盃口で14翻。裏ドラを確認するまでもなく、数え役満が成立ですよね」
「……ああ。さすがに楽には勝たせてもらえないらしいな」
点棒を支払いながら、ジェノは草太に声をかけた。
「大丈夫デスか、草太サン」
「心配するな。最後に勝つのは俺たちだ」
東一局の数え役満を皮切りに、両者は互いに役満をツモり続けた。
「しぶといですね……それでは、こういうのはどうでしょうか」
南一局、ロウベリーはアサイースムージーを一気飲みした。深い息を吐きながら配牌を整理すると、いきなりアガリを宣言する。
「天和、四暗刻。ダブル役満で96000点は32000オールです」
「……やるじゃないか。それなら俺も本腰を入れるとするか」
ギャラリーの嵐のようなどよめきを受けても、草太は動じない。
次局、青汁を一気飲みした草太が、最初のツモ牌を卓に叩きつけた。
「ツモ、地和、緑一色、四暗刻単騎待ち。四倍役満で128000点は64000、32000」
「ぐっ……そうか、そういうことですか……」
草太のアガリを見たロウベリーは、はじめて苦悩に顔をゆがめた。
「ようやく気付いたようだな。どれだけ筒子を引けても、最大でトリプル役満どまり。しかし、索子には緑一色があるおかげで、四倍役満まで手が届く……つまり、この勝負、お前に勝ち目はない」
「……それでも私は負けません。最大手は作れずとも、あなたより多くあがればいいだけのこと!」
草太とロウベリーは卓上で殺気立った視線を交わした。
「やってみろよ。今度こそ全力で青汁の力を思い知らせてやる」
30分後、ロウベリーのアガリで半荘の勝負が終わると、精魂尽き果てた二人はドッと椅子の背もたれに身を預けた。
しかし、激闘が終わっても、勝負の行方は点棒を数え終わるまでは分からない。
「1万、2万、3万……」
運動会の玉入れ競争の集計のように、二人の点棒を同時に取り除く様を見ながら、ギャラリーはざわめきあった。
「お、おい。どっちが勝ったんだ?」
「分からねぇ……アガリの大きさは勇者に分が、アガリの回数は天使が上ってとこだけど、トータルだとどうだろう……」
「正確に数えたわけじゃないけど、俺は僅差で天使の方が多い気がするな……」
その会話を聞いていたロウベリーの顔から笑みがこぼれた。
「その通り。改めて数えるまでもなく、3000点差で私の勝ちです」
「……なら、その計算は間違ってるんだろう。自分の目で結果を見てみるんだな」
ロウベリーが卓上を見ると、7000点差で草太の勝利が決まっていた。
「バ、バカな……どうしてこんな……」
「やりまシタね、草太サン!」
ジェノとギャラリーの祝福を受けながら、草太は高々とボトルを天に掲げた。
「ああ、まさに青汁と俺たちの完全勝利だ!」
「俺じゃなくて俺たち? ま、まさか……」
ロウベリーが卓の下を覗き込むと、彼女の点棒入れの底は綺麗な円形状にえぐり取られていて、僅かな穴が開いていた。
「その穴は草太サンの四倍役満が注目を集めている間に、私のブラックホール・ブラスターで空けまシタ。そこからこぼれた1万点棒を1本消滅させたというわけデス」
「バカな……お前のその危険な武器はミケケ様に取り除かれたはずでは……」
「それはマークIIIの方デス。同じジェノでも、私はジェノサイドプログラムボット・マークIV。隠密行動を旨とする私には改造は施されていまセン」
「ぐっ……しかし、それなら点棒がないだけで、実際は得点が多い私の方が勝ちのはずだ」
「……思い出すんだ。俺は勝負を決める時にこう言ったはずだ。『どちらが点棒を多く集めるかの勝負』だと。つまり、いくら得点を重ねようが、ない点棒はカウントされないのさ」
ロウベリーはしばらくうつむいていたが、やがて納得したように顔をあげた。
「この勝負は青汁とアサイースムージーの頂上バトル。それなら、青汁で動くオートマタのことも考慮に入れて戦うべきだったということですね……今回はいさぎよく私の負けを認めましょう。しかし、次はこうはいきませんよ」
「ああ、今回の勝負は青汁のいい宣伝になった。お前たちが正々堂々とくるなら、いつでも受けて立とう」
草太はカメラ目線になると、青汁を手にして言った。
「TVの前のみんなには、勝負に勝った記念として青汁を特別価格で提供するよ。注文はフリーダイヤル0120-02828-1026(麻雀には青汁)。さぁ、これを飲んでキミも役満をあがろう!」
ロウベリーが姿を消すと、女神ミケケが待ちきれないといった感じで、草太のもとに駆け寄ってきた。
「すごいじゃない! これでこの前の分と合わせると100億いったんじゃない?」
「え、この前って飛行船の回ですか?」
「いや、奈央子って子があの天使と戦った回よ。視聴率もかなり高かったみたいだし、あの回だけで15億くらい売っててもおかしくないでしょ」
「いや~それが全然で……具体的には0箱でした」
「ウソ!? 青汁仮面の水鉄砲のおまけとかもあったのに、ゼロ!?」
「俺も後で気が付いたんですけど、奈央子は番組の最後に注文先のフリーダイヤルを言うのを忘れてたんですよ。だから、いくら視聴者が買いたいと思っても注文先が分からなかったわけで……」
「はぁ~~~~!? なによそれ!」
「ははは……」
「はははじゃないわよ。売れてないのが分かってたなら、なんでロウベリーをあっさり帰したのよ。あたしにしたみたいな辱めを使って、もっと青汁を売れば良かったじゃない」
「あ、言われてみれば、確かに。あと、麻雀回にするならいっそ脱衣麻雀にしても良かったかもしれませんね」
「今頃、気づくなぁ~~!!」
ミケケのすっとんきょうな声と顔のアップ、画面右下の『つづく』という文字で深夜番組は終わり、その後には『試験電波発射中』の文字とカラーバーの画面が映し出された。
―――
「そういえば、忘れてたぁ~~~~!?」
ミケケと同じくすっとんきょうな声を出して、奈央子は頭をかかえた。
「草太、ごめ~~~ん!!」
深夜の住宅街に奈央子の叫び声が、こだまのように響き渡った。




