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第10話「青と紫の狭間で」

 魔王が姿を消して平和な世の中になっても、問題の種は尽きることはない。


 首都へ向かう巨大飛行船の中で、客室乗務員は切羽詰まった声をあげた。


「お客様の中に、青汁をお持ちの方はいらっしゃいませんか!」



 快適な空の旅を楽しんでいた乗客たちがざわめく中、一人の男が手をあげた。


「俺が持っている。案内してくれ」


 悠々と青汁のボトルを取り出す男を見て、乗客たちは歓声をあげた。


「あ、あのお方は、勇者様! まさか、こんなところでお目にかかれるなんて……」


「道を開けてください。何が起こったのかはまだ分かりませんが、皆さんが談笑している間に、パパっと解決してきますよ」


 草太は爽やかな笑顔で約束すると、客室乗務員の先導で医務室へと向かった。




「これはどういうことなんだ……?」


 15分後、草太は額にしわを寄せて、客室に座っていた。


 船内で立て続けに起こった事件、「急病人の発生」「燃料の不足」「ハイジャック犯の襲撃」は、草太が現場にたどり着く前にすべて解決されていた。


「いったい誰が先回りしたんだ? でも、さっきの事件をすべて青汁なしで解決できるなんて……」


 椅子に深く腰かけて思案する草太の前に、紫色の液体の入ったグラスが置かれた。


「気分が悪そうですね。良かったらどうぞ」


「どうもすいません、いただきます……こ、これは!」


 グラスの中身を見た草太の目が驚きで見開かれる。目の前の女性の顔と見比べると、草太は紫色の液体に指をつっこんでひと舐めした。


「お目にかかるのは初めてだけど、先週の放送を見てたからあんたが誰かは知ってるよ。まさか、こんな方法で妨害しにくるとはな……ロウベリー!」


「あの女に邪魔された後、色々考えたんですよ……どうすれば最も効果的に青汁を売ることを防げるか。その答えがこの『アサイースムージー』のプロモーションです」



 翼を生やした白いスーツ姿の女は、手に持っていたグラスを揺らしながら言った。


「アサイーは、ポリフェノール、鉄分、カルシウム、ビタミンEなどの栄養素を豊富に含むスーパーフルーツ。その効能の凄さはこの飛行船の中で既に実証済みでもあるし、今更説明する必要もないでしょう」


「……知っているさ。しかも、アサイースムージーは旨い。何せウチの家では箱買いして冷蔵庫に常備してあったくらいだ。俺もこっちの世界に来るまでは、アサイースムージーの方が断然好きだった。でも、今は違う」


「それはあなたの状況が変化したせいですよ。でも、一般消費者たちはどうでしょう。青汁と同等の効能を持つのに、青汁よりもおいしくて安いのなら、アサイースムージーの方を選ばない理由はありません。ほら、ここのみなさんも、もう夢中で飲んでますよ」


 ロウベリーの声に、客室の中にいた乗客はグラスを掲げて答えた。



「みんな、しっかりしてくれ。確かにアサイースムージーが旨いのは認める。しかし、青汁には青汁の良さがあるはずだ!」


「え~でも、『汁』より『スムージー』の方がオシャレだし~」


「ぐっ……一見頭の悪そうな指摘だけど、商品名を変えただけで販売数が倍増した例もあるくらいだし、確かにネーミングの重要さはある……」


 貴族の女性の一言に打ちのめされた草太は、ガックリと膝をついた。


「ふふふ、TVの前のみなさん。今日は私がCMをジャックして、アサイースムージーを特別価格で販売します。30箱入りで3000円。たったこれだけのお値段で1か月の健康があなたのものです。フリーダイヤルは0120-3630-7453150(ザラメル様超最高)。さぁ、お電話お待ちしています」


「うぅ……そんな無理やりな語呂合わせにツッコむ気力も、今の俺には湧かない……」


 うなだれる草太と、勝ち誇るロウベリー。


 勝負が決したと思われたその瞬間、鼓膜を破らんほどの爆発音が響き渡り、船体が大きく揺れた。




「た、大変です! ハイジャック犯が残した爆弾が、船の後方と魔動力炉を丸ごと吹き飛ばしたみたいです。このままでは墜落は免れません……どうか、助けてください!」


 駆け付けた客室乗務員に、ロウベリーは笑顔で言った。


「心配ありません。アサイースムージーに不可能はありません。みなさんはここを離れないでくだ……」


 立て続けに起こった爆発の振動に、ロウベリーを除く全員が体勢を崩して床に倒れた。


 翼を広げて宙に浮いたままのロウベリーは、眉間に人差し指を当てて目を閉じた。視界を外に飛ばして船体の状況を確認し終わると、ひとつ大きなため息をついた。


「……なるほど、船の半分以上が破損していては、もうどうしようもないですね……まぁ当初の目的は達成しましたし、私は帰るとしましょう」



 ロウベリーがかき消すように消えた後、客室内はパニックになった。


「勝手なこと言って、勝手に消えやがって……ふざけるなってんだ」


 ロウベリーと客室乗務員のやり取りを見ていた草太は、ボトルを掲げて立ち上がった。


「落ち着いてくれ、みんなは俺が救う。俺にはこの青汁がある!」


「おお……私たちには、勇者様が、そして青汁があった……!」


 乗客はさっきまでアサイースムージーを飲んでいたことを忘れて歓声をあげた。彼らは、さらに起こった爆発で大きく傾いた床の上を転げまわりながら言った。


「勇者様、早くしてください。このままでは長くは持ちません」


 素早く立ち上がった草太は、声高に言った。


「みんな、衝撃で吹き飛ばされないように、何かで体を固定するんだ。急いでくれ!」




 ロープを探して散らばる乗客を見ていると、草太の脳内にミケケが語りかけてきた。


(このまま撮影続けてて大丈夫なの? ちゃんと策はあるんでしょうね)


「青汁を飲んで衝撃波を出して、その反動で船体を持ち上げてみようかなって……」


(勇者の得意分野じゃないから、その案はやめといた方が無難ね。他にないの?)


「他ですか、そうですね……青汁を外に撒いて、虹をかけて滑り降りるとか?」


(へぇ、草太って案外メルヘンチックな発想するんだ……って、それも無理でしょ)


「じゃあもう神に祈るしか……ミケケ様助けてください!」


(あっさり白旗をあげたわね。でも、イレギュラーな乱入もあったし、仕方ないか……)



 草太はほっと胸を撫でおろした。しかし、ミケケの救援は中々こない。


「ミケケ様? もしもーし、聞こえてますか?」


(……助けるのはいいんだけど、その前に一つ教えて。さっきあんた、青汁よりアサイースムージーの方が好きって言ってた?)


「うっ……確かに言いましたけど、今は違うってちゃんと否定しましたよ」


(本当? 箱買いして常備してたくらいなのに、好みなんかすぐ変わらないでしょ)


「箱買いしてたのは親の方ですよ。高校生の財力で買えるわけないじゃないですか……あの、そろそろ急いだ方が良くないですか?」


(はぐらかさないで。大事なことなんだから)


「はぁ……」


(あと、ネーミングが悪いとも言ってたわよね。どういうことなのか説明しなさいよ)


「常々思ってたことなんですけど、『汁』はやっぱりないと思うんですよ。それに、緑色なのに青っていうのも変じゃないですか。英語だとそのまま『green juice』なのに」


(何よ、そこまで言わなくてもいいじゃない。あんたに青汁の何が分かるっていうのよ)


「すいません……え、えーと、だいぶ地表が近づいてきたんですけど……」


(大事なことだって言ったでしょ。あんた青汁より自分の命の方が大事だっていうの?)


「……たぶん、青汁農家の人でも、自分の命を選ぶと思いますよ」


(そこは嘘でも青汁の方が大事だって言いなさいよ……いや、前言撤回。やっぱり嘘はよくないわ。嘘なんかつかないに越したことはないって、こないだ実感したばかりだったの忘れてた)




「ミケケ様でも嘘をつくんですね……ん? ひょっとして、それって地底湖で俺のことを何とも思ってないって言ったことに関係してますか?」


(うっ……そのことじゃないし、むしろ迷惑してるって言ったでしょ)


「本当ですか? もし迷惑に思ってるなら、自分のことをどう思ってるのか、あんなじれったそうに聞いてこないでしょ」


(あれは、あんたが落ち込んでたから励ましてあげようとしただけだし……そうだ、そろそろ、救出の転移魔法をかけてあげるから……)


「はぐらかさないでください。大事なことなんです」


(はぁ……)


「あと、人間に恋愛感情なんか抱くわけないって言ってたじゃないですか。それってどういうことなのか、説明してくださいよ」


(神と人間は住む世界が違いすぎるのよ。お互い不幸になるだけだから、掟で禁止もされてるし……)


「やってもみないで何が分かるっていうんですか。少なくても俺は実際に同じ時を過ごして、とても幸せでした」


(その子は神じゃないじゃない……もういいでしょ、転移させるわよ)


「大事なことだっていったじゃないですか。ミケケ様は俺のことより掟の方が大事なんですか?」


(いや、あんただけじゃなくて、他の乗客もいるし……)


「あ」


 草太が振り返ると、柱に体をくくりつけた乗客たちが、半狂乱になって呼びかけているのが見えた。



 墜落直前で大慌ての草太たちのアップと画面右下の『つづく』という文字で深夜番組は終わった。その後は『試験電波発射中』の文字とカラーバーの画面が映し出された。


―――


「なによ、これ……まるっきりギャグじゃない」


 白部奈央子しらべなおこは、ソファーの上で両膝を抱えた。


 こうして離れた場所から見てると、よく分かる。


 あの二人は両想いなのだ。ただ、少しすれ違ってるだけ。


「あ~あ、あんな恥ずかしい思いまでしたのに……いや、命を救ってくれた借りは返せたんだし、それだけでもいっか」


 奈央子は大きなため息をつくと、膝の上に顔をうずめて体を丸めた。


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