少女から大人へ
いくらデート紛いのことを繰り返してきたライヤとアンであってもライヤの家に泊まるという事はなかった。
そもそも、第一王女のような存在が外泊するなんてよほどのことがない限りないだろう。
ライヤが城に引っ張り込まれて謎の好待遇を受けるというのは間々あったが。
「いや……、ダメだろ」
「いいのよ。何のために許可貰ったと思ってるの?」
顔を赤くしながらも覚悟の決まった顔をしているアンに今までにない困り顔を披露するライヤ。
「お姫様がド庶民の家に泊まるなんて許されないだろ。だから今までそれだけはなかったじゃないか」
「だ・か・ら! それを許してもらったって言ってるの!」
バタバタと暴れるアン。
「……誰に?」
「お父様に」
「こ、くおう……」
あまりの事態に言葉に詰まる。
王妃に関しては多少なりとも自分が認められているという実感があったライヤ。
そして「娘をいつもらってくれるのかしら」と冗談も言われ、トーンがガチだったためこれはまずいと受け流していたのだ。
それも国王が良識ある人で暴走を止めてくれると信じていたからだった。
ライヤは客観的に見ても主観的に見ても、アンのことが好きである。
友人としてももちろんだが、異性としてここまで魅力的な人がいて意識するなというほうが酷だろう。
だが、ライヤにとって17歳は未成年で収入も安定していない。
なにより教師になるという夢と、なってから慣れるためにリソースを割くために考えてこなかったのだ。
そこに現実を叩きつけられた。
顔面にドロップキックをもらった心持ちである。
まぁ、とにかく。
ナニモしないという自信が無かったのだ。
「今日! ライヤのところに泊まれなかったら私泊まるところないんだからね!? 王女を一人で外に放り出すつもり!?」
「どんな脅しだよ! 城に帰れ!」
「やだ!」
幸い草原には誰もいなかったので事なきを得たが、もし人がいたら「なんだあの乱痴気カップルは」と言われたに違いない。
「それはもう決定事項なの! それで、体育祭はどうなの? 勝てそう?」
「決定事項……。体育祭については何とも言えない。教師の介入が禁止されてるのは知ってるだろ?」
「それでもライヤ個人の見解くらい聞けるでしょ?」
「そうだな、難しいかもな」
「へぇー、ウィルがいても難しいのね」
意外だというように頷くアンだが、単純に勝率4分の1と考えたらそれなりに低いだろう。
「理由は?」
「まずは1年生だから実力に開きがないことだな。S級とはいえ魔力も発展途上だし魔力制御がしっかりしていないから大技を出来ない。そして、全く魔法を使えないF級が味方であること。数の力は偉大だが、それを覆すためにあるのが魔法だ」
戦闘用の魔法に関しては現代における銃器のイメージと大差ない。
少し訓練した兵が銃を持てば相手が格闘術の達人であれ正面から向き合ってまず負けることはない。
「でも、私の時は勝てたわよ?」
「……アンはもう少し自分が異常だというのを自覚した方がいい」
S・F級は1,2年生の時は苦労するものなのだ。
上級生になればS級が力を持ち、F級は実用可能な魔法を覚えてくるのでやりようはいくらでも出てくるのだが、普通は厳しい。
それを苦にしなかった俺たちの代はS級のみならずF級もとても優秀だったと言えるだろう。
「でも、体育祭もやり方次第、でしょう?」
「それもそうだ。だけどやっぱ難しいとは思うよ。雰囲気とかも初めてだし、何より本気で勝とうとしているのなんて何人いるか」
ライヤも当時は勝とうという意識は薄かった。
アンと関わりを持ってから師匠として一度は勝っておかないとという気持ちが芽生えて頑張ったが、それでも初めて勝ったのは4年の時である。
7連覇が期待されていただけに非難轟々であったが。
「お父様たちも見に行くらしいわよ」
「あの噂は本当だったのか……。なぜ今になって?」
「周辺諸国との関係が落ち着いているからっていうのもあるでしょうけど、一番はウィルが断らなかったからじゃないかしら」
「今まで兄弟姉妹全員断ってたのか?」
「カムイは知らないけど、ほとんどはそうじゃないかしら。王家がくるだけでかしこまっちゃうもの」
それはそうかもしれない。
王の目の前でその子供に勝ってしまっていいのかという考えが浮かぶ可能性はある。
「だけど、ウィルは本気で勝とうとしているようだから、それも利用するんじゃないかしら」
その辺りはウィルは強かである。
「あら、もうこんな時間ね」
太陽が沈み始め、夕暮れ時が始まる。
夜は魔物も活発になるし、わざわざ外に留まる理由もない。
夜桜というのもまたオツではあるが。
「さ、次はディナーよ。その前にちょっと付き合いなさい?」
「はいはい……」
ちゃんと片づけをして、桜の大樹を瞼に焼き付けてから王都内へと向かう。
件の桜はライヤが訪れた次の日には忽然と姿を消していたという。
ちょっと待っていなさいと置いていかれたのは王家御用達の衣服店のVIPルーム。
可憐なワンピース姿のアンとは違い、いつもの教師用白ローブのライヤにとっては居心地の悪いことこの上ない。
何度かアンに引きずり込まれて訪れてはいるのだが、庶民には格が高すぎる。
「お待たせ」
ドアを開けて入ってきたアンは紫のドレスを着ていた。
先ほどまでの可愛げのある少女というイメージとはかけ離れた妖艶な大人の女性の雰囲気を纏っている。
健康的な脚を惜しげもなくさらす短いタイトスカートに目を奪われ、そのまま女性らしいシルエットに目をくぎ付けにされる。
「ライヤのはこれよ。着替えてきて?」
どうやら、自分の分も用意されているようだ。
今日のアンは下準備が凄い。
デートの夜は、終わらない。
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